「住民のペットをハイチ移民が食べた」というトランプの(トンデモ)発言を生成AIでイラスト化し、集会に持ち込むトランプ支持者 「住民のペットをハイチ移民が食べた」というトランプの(トンデモ)発言を生成AIでイラスト化し、集会に持ち込むトランプ支持者

約1ヵ月後に迫るアメリカの大統領選挙。勝つのは共和党のドナルド・トランプか? 民主党のカマラ・ハリスか?

両陣営が選挙戦終盤で狙うのは、7つの激戦州の票の掘り起こし。有権者の目の前やスマホの中で、どんな戦いが繰り広げられるのか?【トラ・ハリ決戦迫る! 米大統領選の行方②】

■世論調査の数字にあまり意味はない

選挙戦が進むにつれ、報道などで「激戦州(スイングステート)」という言葉の登場頻度が増している。なぜかというと、もはや勝負の行方は激戦州の結果のみにかかっているからだ。

米大統領選は、全米50州と首都ワシントンDCに割り振られた「選挙人」を、各州で1票でも多く取った側が総取りする仕組みだ。制度の詳細な説明は省くが、取りあえずは「人口比に応じたポイント」だと思ってもらえればいい。このポイントは総計538で、過半数の270以上を獲得したほうが勝者となる。

ただし、そのうち43州とワシントンDCでは世論調査である程度以上の差がついており、すでに事実上、勝敗は決している。その確定分のポイントを計算すると、ハリス226対トランプ219。ほぼ互角の大接戦だ。

そこで両陣営は、どちらに転ぶかわからない7つの激戦州の、合計93の選挙人獲得を目指し、資金と人員を集中投下。11月5日の投票日まで、仁義なき票獲り合戦が続く。

比較政治・アメリカ政治が専門の成蹊大学教授・西山隆行氏が解説する。

「もともとはノースカロライナ州は共和党が取る公算が大きく、激戦州は6州といわれていたのですが、民主党候補がハリスに代わったことなどから僅差になってきました。

基本的に、共和党はそのノースカロライナに加えてペンシルベニア、ジョージアを押さえたい(これで合計270となり過半数を確保)。それに対して民主党は、ウィスコンシンとミシガン、ペンシルベニアを取りたい(同じくこれで270)というところだと思います。

そのため、両陣営の思惑が重なるペンシルベニアが最重要州といわれるのですが、実際のところ7つの激戦州はどれも僅差。勝敗の予想はなかなか立てられません」

メディアは激戦州の世論調査の結果を盛んに報じるが、西山氏は「今出てくる数字をあまり重視すべきではない」と指摘する。

「調査で出るのはあくまでも『支持率』であって、実際に投票するかどうかは別問題。これから1ヵ月の間に、両陣営がどれだけ動員をかけられるか、つまり投票をしてもらうために有権者に直接働きかけられるかが勝負です。

さらに言えば、激戦州の中でも基本的に都市部は民主党、農村部は共和党が優勢で、そこは大きく揺るぎません。両陣営が特に力を入れるのは、その間にある郊外地域。そこでひとりひとりの有権者への戸別訪問という"地上戦"や、個人を狙ったターゲティング広告で、どれだけ票を掘り起こせるかが問われるのです」

■クレカの履歴や過去の投票も丸裸に

その選挙戦の基礎となるのは、極めて詳細な有権者の個人データだ。現代アメリカ政治・外交が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏が解説する。

「メディアなどではよく、激戦州の無党派層の有権者50万人の動向で勝負が決まるといわれます。しかし先日、民主党陣営の関係者は『実際には5万人程度だ』と言っていました。それほど詳細なレベルで、狙うべき有権者を割り出しているということです。

例えば、ある州の有権者Aさんについて。当然、居住地からある程度の『属性』がわかりますし、SNSの書き込みやブローカーから購入できるクレジットヒストリー(カードの支払い履歴)なども合わせると、かなり詳細な情報がわかります。

所得水準や職歴、家族構成や離婚歴の有無、家庭は円満かどうか、どんな雑誌を読んでいるか、趣味は何か......。それらの情報を基に、ラップが好きだから黒人の可能性が高いとか、銃規制反対の書き込みをしているから共和党に投票する可能性があるとか、あらゆる方向から属性を絞り込んでいくわけです」

当然、その属性に応じて、戸別訪問で伝えるメッセージも変わる。例えばある家では「このままでは人工妊娠中絶が全米で合法になってしまう」、別の家では「不法移民を止めるのはトランプしかいない」、といった具合だ。

「もうひとつ重要なのが過去の投票動向です。直近5回の選挙で一度も投票していないなら、戸別訪問してもムダでしょう。逆に5回ともすべて同じ党に投票している人にも、いまさら働きかける意味はありません。重点的に狙うのは、5回のうち1回だけ投票に行ったような人たちです。

こうして有権者個人の属性を割り出していくマイクロターゲティングの手法は、2012年頃までに民主党がある程度完成させ、同年の大統領選で大きな成果を上げました。

アメリカの面積は日本の26倍もあり、やみくもに戸別訪問をしてもキリがないのですが、この手法によって相当効率的な票の掘り起こしが可能になったのです。

一方、後れを取っていた共和党も、16年の大統領選ではあのケンブリッジ・アナリティカ(後にロシアの選挙介入に関連していた疑惑が浮上した選挙コンサルティング会社)を起用するなどして巻き返しました。

例えば激戦州のペンシルベニアでは、黒人有権者を狙い撃ちして『(16年の民主党候補の)ヒラリー・クリントンは黒人のために何もしてこなかった』というターゲティング広告を打ち、効果を上げたといわれています」

こうして近年では、両陣営が莫大な資金をデータ収集・分析、ターゲティング広告、戸別訪問に投入。その結果、1996年に50%程度だった大統領選の投票率は、2020年にはなんと66%まで上昇している。

■「移民が犬を食べた」トンデモ発言の意味

ただし、この投票率の大幅上昇は、政治意識が高い人が増えたことを意味しているとは限らないという。

「アメリカでは、政治意識が高い人はほぼ支持政党が決まっており、無党派層の大半は政治や社会問題について深く考えない"無関心層"です。この層に半ば無理やり投票させる技術や戦術が発達したことで投票率が上がったわけですが、それは接戦になればなるほど、無関心層が勝敗を決する存在になってしまうことを意味します。

そう考えると、トランプの"謎の言動"にも理由があることがわかります。ハイチ移民がペットの犬や猫を食べたとか、ハリスは突然黒人になったとか、物事をよく知っている人からすると『何を言ってるんだ』という話ではありますが、共和党寄りの無関心層"にはそれなりに刺さる可能性がある内容なのです」

もちろんこれは、程度の差こそあれ民主党側にも言えることだ。前出の西山氏が言う。

「ハリスは銃規制強化に賛成の立場ですが、最近はスピーチの中で、『まあ、私も銃を持っているけど』という話をさらっと入れ込むことがあります。これは例えばペンシルベニアの郊外地域などで、治安問題、特に子供の安全に強い関心を持っている母親層を安心させるメッセージになっています」

では、この先、両陣営の動員はどこがポイントになるのか。西山氏が続ける。

「ここから先は、陣営の盛り上がりや熱が重要です。その点でハリスのほうが少し有利だといわれているのは、共和党側の動員で最も重要な役割を果たすキリスト教右派の人たちの盛り上がりが、やや弱めだとみられているからです。

ただ逆に、これから世論調査やブックメーカーのオッズなどでハリス有利の数字が出続けると、民主党側にも不安要素が出てきます。

民主党支持層のうち経済左派といわれる層はハリスを積極的には支持しておらず、『どうせ勝てるなら自分はわざわざ投票しない』という流れが生まれかねない。一方で、劣勢が伝えられればトランプ支持者たちはこぞって投票に行くからです。これは16年の大統領選でヒラリーに起きたことです」

やはり、最後の最後までわからない戦いになりそうだ。前出の前嶋氏はこう言う。

「これからどちらかの陣営に強い"風"が吹いて差がつくことは考えにくい。フロリダ州での再集計の結果、わずか537票差で決着した2000年の大統領選と同じくらいの接戦になる可能性もあります。20年は投票日の4日後に勝敗が決しましたが、今年は開票にもっと時間がかかるかもしれません」

これから1ヵ月少々の間、世界の目が7つの激戦州に注がれることになる。