佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――8月、佐藤さんはモスクワに滞在されていましたが、そこで2024年版の「シン世界地図」が見えたとのことですが?
佐藤 はい。過去、ロシアの近代化は3回ありました。
――1回目がピョートル大帝、次がスターリン。3回目がいまだと。
佐藤 そうです。ピョートル大帝、スターリンのときもものすごい弾圧で犠牲者が出ました。プーチンの課題は、それを極小化することです。
結局、レーニンとスターリンは違います。レーニンが行なったのは大混乱であり、それをスターリンが立て直しました。そして、フルシチョフはスターリン批判により権力基盤を強化しました。しかし、スターリンはむしろ部下たちによる粛清を抑えていたくらいで、フルシチョフは一番粛清に積極的だったんです。
――すると、プーチンは3度目の改革で、日本風に言うと「三度目の正直」にあたると?
佐藤 だから、その改革で犠牲者を極力出さないためにどのようにしていくかが問題です。そうした時に、生成AIを含めて、近代化の流れの中に組み込んでいく必要があります。
いま、広告代理店を中心に商品が人為的に作られています。そして、それによって生産が必要以上に過剰になり、生態系を壊しています。
――そこでロシアはまず、その広告を除去した。
佐藤 そうです。そして、特に西側の考えている地球温暖化は生ぬるいと考えています。なぜなら、価値観や経済による移民のほかに、いま気候移民が発生しているからです。灼熱の下で住めなくなっていますからね。
――氷河期が終わって以来の、新たな民族大移動が始まるのですか?
佐藤 その可能性があります。現代の民族大移動ですよ。我々がそこで考えなければならないのは、地球の灼熱化によって、どこに人間が流れていくかです。
理屈は簡単で、暑くて住めないということであれば寒冷地に流れます。その大きな流れは阻止できません。このものすごい民族大移動は、ロシア、シベリア方面、カナダ方面に向かってくる可能性が高いでしょう。
――対テロ作戦のように、皆殺しでいくのですか?
佐藤 それはできません。
――では、受け入れるんですか?
佐藤 それも無理ですね。だから、システムが必要です。移民がヨーロッパで留まってもらうシステムを作らなければなりません。
――なんで、ロシアはそのような事を考え始めたんですか?
佐藤 アフリカとの関係が深まったから、地球灼熱化が見えてきました。この異常な暑さだと、そのうちもう人が住めなくなるんじゃないかということです。
――なるほど。
佐藤 また、イスラエルに関しては、ロシア人は私よりはるかにラジカルな思考実験をしていました。
――どういう思考実験ですか?
佐藤 ユダヤ人国家・イスラエルの滅亡とユダヤ人の追放は、リアリティがあるということです。
――それはまた、なぜ?
佐藤 イスラエルは、いま3つの点で間違いを犯しています。
まず、自分たちの地政学的な状況です。周りが敵に囲まれていて、ヨーロッパとアメリカの支持が無ければ生き残れません。にもかかわらず、ハマスとの戦いであれだけパレスチナ人を殺して、ヨーロッパの支持を完全に失いました。同時にアメリカの支持も半分ぐらい失っています。
二番目は軍事力への過信です。イスラエルは周辺諸国との関係で、圧倒的に軍事力が強くなりました。そのため外交努力をせず、全ての問題を軍事力で解決できると過信しています。
かつてのイスラエルは、もう少し柔軟性がありました。しかし、以前の連載で話したネタニヤフのガラスの均衡(参考:【#佐藤優のシン世界地図探索69】イスラエルはいま建国以来の危機)なども含めて、イスラエルのエリート全体が軍事力への過信を持っています。
三番目が、核兵器への依存です。ヒズボラとイラン、シリア連合軍が自国領土に侵攻してきた場合、イスラエル軍は地上戦だったら勝てません。それは人員数の話です。そしてその場合、イスラエルは核兵器を使えば済むと思っています。
しかし、核兵器を使った瞬間、アメリカもヨーロッパもイスラエルの存在を認めません。要するに、長崎以降、核兵器を使ったアメリカ以外の国の存在を認めないということです。だから、核兵器を使った国は消滅します。
――恐ろしい論考ですが、すさまじくリアリティがあります。
佐藤 消滅させなければ、アメリカとヨ―ロッパが傾きます。すると、我々が心配しないとならないのは、700万人のユダヤ人の行方だとロシア人は言うのです。
再び離散が始まりますが、ヨーロッパは受け入れません。中東にも行き場はありません。一部はアメリカに行きますが、そのような事態になれば北米でのユダヤ人に対する抵抗感が強まります。すると、中南米とロシアに流れることになります。
――でもロシアは、気候温暖化移民は受け入れないと......。
佐藤 ロシアはユダヤ人を受け入れます。となると、ロシアはイスラエル国家の消滅を視野に入れて、国家戦略を組まないと言うのです。こうした話は、イスラエル人やアメリカ人からは出てきません。これはロシア人の見方です。
――視点と視野が、欧米と全く異なるのがロシア。
佐藤 要するに、イスラエルが核を使うところまでで、私の頭は止まっていたんです。だから、イスラエルが核を使った後、どうなるかをモスクワで考ざるを得なくなりました。このアメリカに対するロシアの分析をどう思いますか?
――合っていると思います。
佐藤 核を使って自国の意志を通す国が、アメリカ以外に出てくることをアメリカは絶対に許しません。核を使った国は存在できなくなります。
――ロシアはチャンスですね。頭が良く、技術力を持ったユダヤ人がアメリカに行かないのならば、ぜひ来て欲しい。
佐藤 アメリカは世論対策で入れられないし、ヨーロッパは受け入れません。一方、ロシアは受け入れます。
――中南米はブラジルですか?
佐藤 そうです。だから、そのような形で、ロシア人はイスラエルを見ている。
――すると、中国の習近平はプーチンのロシアに国家経営を学ぶべきではないでしょうか。
佐藤 習近平にしても、インドのモティにしても、ロシアに比べてスケールが小さいです。やはり世界全体、地球儀を見渡す感覚にはなっていません。中国とインドは国益の枠から外に出ませんからね。
――すると、中国の世界制覇は不可能ですね。
佐藤 だから、中国は世界制覇の野望をそもそも持っていません。
――えっ! そうなんですか?
佐藤 いままで欧米に余りにもいじめられてきたから、そのお返しで「てめぇこの野郎!」とやっているうちに、過剰防衛になっているくらいです。
――分かりやすいです。
佐藤 それからロシアも世界制覇は考えていません。要するに、ユーラシア地域の自分たちの領土で、とにかく生き残らせて下さいというのがロシアの目的です。
中央アジアなどかつてのソ連の勢力圏に関しては、やはり自分たちの影響下に置いておきたいわけです。経済的、文化的には自由ですが、軍事政治的にはロシアに抗う事はできない状態ですね。その条件の下で、後はどうぞという考えです。なので、一種の保護国とも言える帝国的な発想です。
――「21世紀帝国主義」における棲み分けですね。
佐藤 そういうことです。
次回へ続く。次回の配信は2024年10月11日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。