スーパーで買い物中の野球帽を被った男のポケベルが爆発。ポケベルは腰の辺りのバッグに入っていた(写真:Balkis Press/ABACA/共同通信イメージズ 「ABACAPRESS.COM」) スーパーで買い物中の野球帽を被った男のポケベルが爆発。ポケベルは腰の辺りのバッグに入っていた(写真:Balkis Press/ABACA/共同通信イメージズ 「ABACAPRESS.COM」)
イスラムのシーア派武装組織・ヒズボラに不可解な事件が起きている。

9月17日にレバノンで、ヒズボラのメンバーが使用していたポケベルが一斉に爆発。レバノン保健省によると、この爆発で9が死亡し、約2800人が負傷。さらに翌日、今度はトランシーバーが爆発し20人が死亡、450人以上が負傷した。

ここからイスラエル空軍のヒズボラへの猛爆撃が開始された。この端緒となったポケベル/トランシーバー爆発事件の謎解きを試みてみよう。

国際政治アナリストの菅原出氏はこう話す。

「数千人を同時に狙ったということで、このケースにインパクトはあります。

ヒズボラはガザ戦争開始以降、エスカレートしたイスラエルとの紛争の初期段階で、自分たちの通信ネットワークの脆弱性を認識していたといいます。イスラエルはヒズボラの戦闘員が持つスマートフォンを使って彼等を監視し、攻撃の際の標的設定に利用する技術を持っていたからです。

そこで、ヒズボラの指導者のハッサン・ナスララ師は今年の2月に戦闘員たちにスマートフォンを処分するように命令していました。代わりに導入されたのが、よりローテクのポケベルです」(菅原氏)

ポケベルがヒズボラの一般戦士への連絡手段ならば、その戦士たちに命令を下し、統率する指揮官クラスはトランシーバーを持つ。トランシーバーで、司令部、別の部隊の指揮官と連絡を取って戦うのだ。

しかし、そのトランシーバーが500台、翌日の9月20日に爆発した。これらはなぜ今、爆破したのだろうか。

「これはイスラエルのネタニヤフ首相が、米国が11月5日の大統領選までイスラエルに圧力をかけられないと判断してやった可能性が高いです。基本的に米国が動けないので、このタイミングでどんどんと現状変更を進めてしまおうという思惑が、十分にあると思います」(菅原氏)

なぜ米国は、イスラエルに圧力がかけられないのだろうか。

「大統領選挙戦で一番重要ともいえるペンシルバニア州は、イスラエル系・ユダヤ系が多い。ここで票を取るには、イスラエル寄りの姿勢を見せないと難しいということです。

このタイミングで武器を渡さないとか、あからさまにイスラエルが嫌がるような圧力をバイデン政権は掛けにくいという状況です」(菅原氏)

しかし、数千個単位のポケベルを同時多発で爆発させ、その翌日にさらに数百台のトランシーバーを爆破させたら、それはどのように実行したのだろうか?

ハッカーで防衛技術コンサル会社技術顧問、現代戦研究会幹事を務め、国内外でドローンやAIなどを使った課題解決の実績がある量産型カスタム師はこう言う。

「環境にもよるが、ポケベルでメッセージを受け取る為には常時、電波の圏内でなければならない。圏内であれば完全に受け身なわけで、ある意味、無防備。ポケベルの番号を知っている人は、電話さえあればポケベルを鳴らすことが出来る。

今回関与が疑われているイスラエルの対外情報機関・モサドは、元々USBで充電する電子タバコをハッキングツール化したりと身近な電子機器を使う印象がある。今や小型ガジェットの充電方法としては当たり前になったUSBを介して、情報を抜き取ったりしていると報道された事がある。

そもそも、ヒズボラのナスララ師含め組織の上層部が『スマホが危ない』という考えを、どのような経緯で抱いたのか、について考える必要がある。

昨年末くらいからウクライナの前線ではスマホのSIM通信によって周波数帯とおよその位置情報が検知され、爆撃されるという情報がメディアを通じて伝えられてきた。すると、当然ヒズボラとしては、気を付けなければ、となるのは当然の事のように感じる」(量産型カスタム師)

強権的な組織であるヒズボラとしてはナスララ師が大々的に主張すれば、当然スマホを捨てて、ポケベルに切り替える。

「ここがポイントで、スマホと違い、ポケベルは流通量も機種も限られている」(量産型カスタム師)

例えば、ヒズボラの上層部から「ポケベルを調達するように」と命令されたとき、選択肢が限られる。それで「ここしか買える会社はないです」となる......。

「さらにメンバーの数だけ必要となるわけで、ここの流れは実に自然。仮に、意図的にこの時点まで導いたとするなら、まず公開情報による認知戦から始まって、電子戦を仕掛けて爆破させて、今度は電波を使う電子機器そのものが危ない、という認知戦で終わる。この流れを見ても"The諜報機関"の仕事としか見えない」(量産型カスタム師)

そして、数千台のポケットベルを同時多発で爆発させた。では、トランシーバーはどうやって爆発させたのだろう?

「今回は少量の爆発物がバッテリーの近くに仕掛けられ、バッテリーと共に爆発した。実はバッテリーだけでも発火性があり、扱いを間違えると破裂や火災の原因となり危ない。民間の航空機に乗る時は、各社でバッテリーの持ち込みなどの制約があったり、航空便で荷物にバッテリーを含む場合には申請が必要になる。航空会社や運送会社では、バッテリーは危険物扱いという認識なんでしょう。

そして、今回のポケベルもトランシーバーも、爆発しているのはバッテリー付近と共通している」(量産型カスタム師)

そこに何かが仕掛けられていたと......。

「ポケベルは恐らくほぼ同時に爆発したとされているが、トランシーバーも同時に爆発したかどうかが重要。

ポケベルに比べてトランシーバーを爆発させるのは手間がかかる。というか、同じようにはいかない気がする。ポケベルに比べてトランシーバーの電波到達距離は限られる上に、ポケベルと違いメッセージではなく電波による音声の送受信が可能だ。

仮に電波による起爆だと想定した場合には、電波の受信状況が悪ければ爆発しない事になる。明らかにトランシーバーの爆発の方が不確定要素含め、難易度が高いと思う。仮に電波を使って寸分狂わず同時に爆発させるとした場合、無線機が受信しない電波周波数帯を受信出来る受信機を起爆装置と連動させ、トランシーバーに仕込んだ可能性も否定出来ない。

その方法だとした場合、ヘリや航空機などを使い、上空やある程度離れた見通しの良い所から、起爆専用の電波を送信して起爆する事も技術的には可能だ。ただし、この方法を行うためには、受信するトランシーバーの電波受信状態が良好である必要がある」(量産型カスタム師)

少なくともポケベル、無線機共に、製造、修理のような段階で、起爆する仕組みを仕掛けたと思われる。

これだけ手の込んだ秘密作戦を今、発動した理由は、米国が現状でイスラエルに圧力を掛けられないこと以外に考えられないだろうか?

「今年の2月には、全面的に携帯スマホからポケベルに切り替えろと言ってきたわけです。それくらいから大量発注して、数千個が届き、夏ぐらいからヒズボラ戦士たちが皆持ち始めた。

しかし、バレる可能性もあるわけです。爆発物がポケベルには入っているので、犬ならば嗅ぎ分けられます。実際に、バレ始めたのかもしれません。なので、もうそろそろ実行しなければならないとなった可能性はあったのではないでしょうか」(菅原氏)

そして、ポケベル/トランシーバーによる突然爆発奇襲が行われた。

ポケベルを受信したヒズボラ戦士は、当然それを手で掴んで表示を見る。その瞬間、爆発。だから、指と目を負傷した者が多数いる。これは、AK自動小銃を撃てなくなった戦士が多数出たということになる。さらにその戦士を指揮する指揮官クラス500人のトランシーバーが爆発して、死傷している。

死傷者数の累計は少なくとも3200人を超える。推定されるヒズボラの戦闘員総数は2~5万人と開きがあるが、仮に最小の2万人とすると死傷率は16%となる。

戦争の最前線では30%の死傷率でその部隊は全滅と判断されて、後方に下がる。すると、今回のボケベル/トランシーバー奇襲で、半滅以上の損害を与えたことになる。

「本来ならば、イスラエル軍は今が最大のチャンスなので地上侵攻するべきです。しかし、それが出来ていません。やはり、早まった形でポケベル爆発をしなければいけない事情があったと推測できます」(菅原氏)

そのイスラエルが設定しているヒズボラ戦争でのゴールはどこなのだろうか。

「目標は明確です。現在、イスラエル北部から6万7000人の国民が国内避難しており、政治問題となっています。なので、彼らを帰還させることが目標です。

そのためには、ヒズボラを物理的に国境から遠ざけたい。具体的には、この地域に潜入しているヒズボラの特殊部隊・ラドワン部隊を、国境から北に30kmのレバノン領にあるリタニ川の北側まで追い返して、緩衝地帯を作るのが目標です」(菅原氏)

ポケベル/トランシーバーという連絡手段を破壊された翌々日の20日、そのラドワン部隊のイブラヒム・アキル司令官が、同部隊幹部、ヒズボラ幹部と共にレバノンの首都・ベイルートに集った。

そして、イスラエル空軍はそこを空爆し、アキル司令官を含めた複数のヒズボラ幹部を殺害。イスラエル軍は歩兵部隊の地上侵攻以外の任務は着実に進めている。

「ヒズボラも相当の衝撃を受けて、非常に混乱してパニックに陥っています。ただし、何年もの間、イスラエルから色々と攻撃されていますから、年内は難しいものの、しばらくしたら立て直してくると思います。

ポケベル/トランシーバーが無ければ連絡はさらにアナログで、バイクの伝令でやるんじゃないでしょうか。そして、すでにイラクのシーア派民兵は『助けに行く』と発表していますから、シリアからの支援を合わせて、数万人単位で戦闘員を送ってくる可能性はありますね」(菅原氏)

イスラエル軍はリタニ川まで歩兵を入れた地上侵攻をすぐにでも始めなければ、ポケベル/トランシーバー爆破奇襲で得たアドバンテージを失う。しかし、ガザ地区の激戦は1年もの間続いている。すぐにレバノン南部のさらなる激戦地帯に転戦させるには、イスラエル軍歩兵たちの疲労は激し過ぎる。

「ヒズボラが立て直す前に地上侵攻を進めないと厳しいです。米ウォールストリート・ジャーナル紙によると、イスラエル軍は数ヵ月にわたってガザで活動した後、過去数日間に南部から北部に軍の特殊部隊と空挺部隊からなる一個師団を移動させたと言います」(菅原氏)

9月25日、イスラエル軍のヘルジ・ハレビ参謀総長は予備役二旅団に対して、招集命令を出したと報道されている。

「イスラエル軍のレバノン南部への地上侵攻は想定通りです。ヒズボラは立て直してくるでしょうし、さらにイラク、シリアからの応援も来ます。戦争は泥沼になっていく可能性がありますね」(菅原氏)

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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