イスラエル空軍は、ヒズボラ本部を空爆。ヒズボラ指導者ナスララ師を殺害した(写真:ロイター=共同) イスラエル空軍は、ヒズボラ本部を空爆。ヒズボラ指導者ナスララ師を殺害した(写真:ロイター=共同)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――9月17日、ヒズボラの戦士たちが使うポケベルが同時連続爆発、そして翌日にはトランシーバーが相次いで爆発し、この連続爆破で数千人が死傷しました。これは、イスラエルのインテリジェンス戦史上、最大で最高の作戦となるのですか?

佐藤 最大で最高かどうかは分かりませんが、歴史に残る作戦ですね。イスラエルの情報機関である「モサド」と軍の情報機関である「アガフ・モディーン(通称:アマン)」の共同作戦ですよね。

――佐藤さんからいただいた参考資料では、ポケベルは5000個作って、3000個が爆発したとありました。過半数が作動している兵器です。

佐藤 最初から機械に爆発物が埋め込まれていたのでしょう。

――この携帯兵器のすごい点は負傷のさせ方です。ポケベルが鳴るとそちらに視線が向かい、両手で操作しますね。そこで爆破すると両目と両手をやられる。負傷したヒズボラ戦士たちは、AKM自動小銃など扱えなくなるし、ロケット弾の発射ができなくなります。

佐藤 その代わり、その負傷者たちを戦線から離脱させた上で、その後ずっと食わせていかなければなりません。その意味では、これはすごく大きな戦果です。殺してしまえば、見舞金を支払って終わりですからね。

――ジュネーブ条約で決められたフルメタルジャケット弾は、兵士に当たると炸裂せずに通過するだけで、戦死することはなく負傷兵となる。これを最前線から後方に下げるとなると、兵が2名必要。すると、最前線から3名の兵力が減る。これと同じで、ヒズボラにはとても負担になります。

佐藤 その通りです。

――翌日に発生したトランシーバー爆破。武装勢力の場合、トランシーバーは権力の象徴なんですよ。だから、ポケベル爆破で死んだ戦士の葬式で、霊柩車の一番近くにいる男が腰辺りに付けたトランシーバーが爆発し、吹き飛んだ。これは、霊柩車の傍にいて、現場を仕切る指揮官クラスだと推定されます。だから、トランシーバーを持っている。これは驚愕する出来事ですよ。

佐藤 その後、23日にイスラエル軍はレバノン南部などを空爆しましたね。ヒズボラが民家などに隠しているようなロケットランチャーやミサイルを全て吹き飛ばしました。この1年で、ヒズボラの持つ武器を80~90%を壊したといっています。

――砂漠の中に立つ3、4階建ての民家。その壁の一部がパカッと開くと、中から地対地ミサイルが発射される。この映像を見てぶっ飛びましたが、発射される寸前に空爆で全破壊。さらにぶっ飛びました。

佐藤 しかし、そうした情報をどうして知っているかというと、やはりヒューミント(人的情報収集)ですよね。

――モサド、アマン、すごいですね。これまで持っていたこの切り札を、いま使った。

佐藤 その通りです。最後のカードを切って、ヒズボラを本当に皆殺しにしようとしているわけです。

――イスラエルはヒズボラを殲滅するまで、攻撃はやめないですね。

佐藤 そう思います。同時に、イスラエルはイランは出て来ないと読んでいます。

――そ、それは! イランの大統領が穏健派に変わったからですか?

佐藤 イスラエルは、その根拠となる情報を持っているのだと思います。

――それって、最大に危険な賭けではないですか?

佐藤 もしイランが出て来るということだったら、できないゲームです。イランが出て来ないのは、イスラエルの強がりなのか、根拠があるのか、分かりません。しかし、イスラエルはイランが出て来ないと読んで、この作戦を実行したはずです。

――すさまじい決断です。

佐藤 もしイランが出て来たら、第三次世界大戦ですからね。

――すると、佐藤さんがかねてから言っていた「ガラスの均衡」(参考:【#佐藤優のシン世界地図探索69】イスラエルはいま建国以来の危機)が......。

佐藤 その均衡が崩れましたね。

――その割った中から、もうひとつの小さな「ガラスの均衡」が出て来たとは考えられませんか?

佐藤 均衡になっているかはわかりませんが、少なくともイランが地上戦に踏み切っていない現状を見ると、イスラエルの予測が正しかったと、いまの段階ではそう言えますね。

イスラエルは、イランの核開発施設がどこにあるかを正確に把握している。そして、それを破壊する能力を持っている。そのことを複数のチャネルを通じてイラン指導部に伝えていると私は見ています。イランは、核開発能力とヒズボラのどちらを守るかという選択を迫られている。イスラエルはイランが核開発能力を選ぶと見ている。

しかし、僕が一番心配なのは、イランがヒズボラを見捨てるという意思決定が100%確実なのかということです。それが僕には分かりません。だけど、その確証をイスラエルはどこかで掴んだのでしょうね。

――米国が教えた可能性は?

佐藤 米国のインテリジェンス能力はそこまで高くないと思います。

――イスラエルの諜報網ですね。

佐藤 そういうことでしょう。ただ、イランが意思を変えないと言えるのか。ここには確証を持てません。イランがレバノンに地上軍を派遣すれば、情勢が一変してしまいます。

――イランからすれば、自分の舎弟の武装勢力、つまりイスラエルから見るとテロリストたちが総舐めにされています。

佐藤 現状ではイランは、それを全て見捨てているわけですね。

――そういえばヒズボラは、必殺兵器である射程500kmのミサイルをテルアビブに撃ち込みましたね。

佐藤 ただアンチミサイルシステムで落としているので、被害はほぼありません。ヒズボラは、イスラエルが迎撃で打ち落とせるくらいの数を撃ってきているということです。

――ヒズボラがどこかで全面戦争はやりたくない、という証ですか?

佐藤 それはあると思います。全面戦争になると、本当に皆殺しになりますから。

――イランが出て来る前にヒズボラは「やるやる」と言っていますが、スーッと引いていくことはありますか?

佐藤 そのシナリオはあり得ます。しかし、イスラエルがこの機会にヒズボラの壊滅戦に踏み込んだので、もはや戦争の拡大を避けることはできません。

――イスラエル軍はいま、レバノンへ地上侵攻しました。

佐藤 空爆でやれるところまでやったので、地上戦に踏み込んだということなのでしょう。

――イスラエル軍地上部隊は、ガザ紛争で疲れ切っています。

佐藤 ただし、イランが地上軍を派遣しない限り、ハマスとヒズボラの二正面作戦で勝利することが可能と考えているのでしょう。

――シリア、イラクの反イスラエル武装組織が、相次いで「自分たちの兵士を送る」と言ってます。すると、ヒズボラは南下しますね。

佐藤 しますね。一緒に入って来ます。そこにシリア軍も入れば、イスラエル軍は兵力が足りなくなります。

――ネットに公開された数字ですが、イスラエル軍は陸軍現役が16万9500人、陸軍の予備役が40万人。総兵力約67万人。

現在、ガザ地区の戦闘で、予備役36万人を招集しています。報道だとガザに4万人の兵力を投入しています。

ガザのハマスはいまでも1万5000人の構成員がいて、戦闘は続いています。ヒズボラは、トップのハメネイ師が総兵力10万人を投入。そこに、援軍の数万人が加わって10数万人がイスラエル北部に侵入してくる。

佐藤 だから、イスラエルは無理なんですよ。ガザのハマス民兵とヒズボラではレベルが違います。なので、イスラエル軍はボロ負けです。そうなると米軍が介入します。

――米軍は空爆はしませんか?

佐藤 空母打撃群はやってくると思います。

――そこには米海兵隊の乗った強襲揚陸艦隊を付随しているはずです。米海兵隊の地上兵力を送って来ることは?

佐藤 そうなれば第三次世界大戦に発展しかねません。米国は相当慎重に判断するでしょう。

――イスラエルは完璧に綱渡りではないですか。

佐藤 そう、危ないですよ。

――ヤバいです。

佐藤 シリア、イラクの反イスラエル武装組織が兵員を送ってきた場合は、対応のしようがありません。

――武装組織から大量の援軍が到着して、行くの、行かないのになる。その時、ヒズボラがケツをまくったとみられるのはダメ。すると、広域暴力団、ヤクザの掟から考えると、面子に関わりますから、来ますね。

佐藤 はい。そして、イスラエルの地上兵力が足りなれば、核兵器使用の危機になります。地上戦に移行するけど、核兵器と併用することになってしまいます。地上戦だけでは勝てませんから。

――と、考察していた矢先、9月28日にはイスラエル空軍がベイルートのヒズボラ本部を空爆して、80発の爆弾を投下。地下にいたヒズボラ指導者、ハッサン・ナスララ師を殺害しました。こうなると、イランが出て来ませんか?

佐藤 それは本当に第三次世界大戦の始まりです。

――となりますね。

佐藤 だから、日本の報道は緩くて、第三次世界大戦直前だっていうことが伝わっていません。あんなところで世界戦争となれば、石油が日本に入って来なくなります。

――イランはペルシャ湾北部を全部、占めてますからね。

佐藤 そう、ペルシャ湾を石油が通らなくなります。

――日本は寒い冬。さらにゴラン高原でイスラエルの核兵器が使われれば、核の冬も到来しますよね。

佐藤 そうですね。

次回へ続く。次回の配信は2024年10月25日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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