(上)現職バイデンの撤退を受け、急遽民主党の大統領候補となったハリス。バイデンと比べ選挙における支持率は上昇したが、仮に政権が発足した場合、外交・安全保障に関しては不安が山積。(下)イスラエルには「イランの核施設攻撃はやるべきだ」、ウクライナについては「すぐに戦争を終わらせる」など、相変わらず過激な発言が目立つ共和党の大統領候補トランプ。その現実度は?
誰も結果が読めない大接戦だからこそ、「どっちが勝ったらどうなるか」が気になるところ。アメリカの支援なしでは戦えないという共通点を持ちながら、置かれた状況は大きく違うウクライナとイスラエル。そして、背後のアメリカの存在をにらみながら両国と戦うロシア、イラン。ふたつの戦争はいったいどうなっていくのか?
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■トランプが当選すれば、イスラエルは一気呵成
11月5日に行なわれるアメリカ大統領選挙の結果、来年1月に民主党カマラ・ハリス政権、共和党ドナルド・トランプ政権のどちらが誕生するかは、まさに「フタを開けてみないとわからない」大接戦になりそうだ。
その勝敗はアメリカの内政のみならず、国際社会にも大きな影響を与える。その最たるものが、ウクライナとロシア、イスラエルとイラン(ハマス、ヒズボラ)の戦争だろう。
現在進行形の戦争に対し、次期大統領がどんな手を打つかは、もちろんそのときになってみないとわからない。しかし、両候補のバックグラウンド(政権公約や過去の言動、政策アドバイザーの動向、党内情勢や議会との関係など)を分析すれば、ある程度確度の高い予測を立てることは可能だ。
まず、トランプが勝利した場合の対イスラエル政策について、米政界に幅広いコネクションを持つ政治アナリストの渡瀬裕哉氏が解説する。
「トランプを全面支援する政策研究機関『AFPI』(米国第一政策研究所)は今年5月、『アメリカ・ファースト・アプローチとナショナル・セキュリティ』という政策集を発表しています。
通底するコンセプトは〝アンチ中国〟ですが、イスラエルに関しては基本的に共和党の政策に近く、『イスラエル側に立つ』『イランを封じ込める』の2点が大前提です」
トランプの政策アドバイザーを務めるシンクタンク「AFPI」は、中東に関してはイスラエル全面支持、イラン封じ込めを基本路線とする
となると、イスラエルのネタニヤフ首相はどう動くか。10月17日にはガザ地区でハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏を殺害したとイスラエル政府が発表したが、国際政治アナリストの菅原 出氏は「これで戦争が終わることはない」と指摘する。
「イスラエルのナフタリ・ベネット元首相は『イランを攻撃する機会を逃すべきではない』と発言しています。以前はヒズボラとハマスの計十数万発のロケット弾が、イスラエルのイラン攻撃に対する抑止力として働いていたのですが、今は両組織の力がなくなったも同然だからです。
しかも今、中東にはイスラエルをイランのミサイル攻撃から守るために、F-22ステルス戦闘機部隊を含む米空軍の4個飛行隊、米海軍の空母艦隊、米海兵隊の強襲揚陸艦隊が展開している。米国防総省の内部からも、『この状況が変わらないうちにイスラエルはすべてを済ませたいと考えるだろう』との見方が上がっています。
仮にトランプが勝利すれば、来年1月の政権交代までバイデン政権は完全にレームダック(死に体)になり、イスラエルへの影響力もますます弱まる。トランプはイスラエルのネタニヤフ政権と水面下で接触し、『自分が大統領になるまでに片づけておいてくれ』と持ちかけるかもしれません。
そうすれば『ほら、俺が大統領になったから戦争は終わりだ』と言えますから」
戦争の激化を望まないバイデン政権の意向には沿わず、対ヒズボラ、対イランへと戦線を拡大しつつあるイスラエルのネタニヤフ首相
■イランの核武装は避けようがない?
では、今後のイスラエル軍の動きは? 元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見 龍氏(元陸将補)はこう予測する。
「イスラエルの広さは日本の四国と同程度で、国内に防御地形的縦深がないので、絶対に本土侵攻されないよう、自国外に戦場を求めるのが基本戦略です。対ヒズボラ戦では、国境から30㎞ほどの距離にあるレバノン南部のリタニ川までの進撃を当面の目標とし、岐阜県程度の大きさの地域に防衛線を展開するでしょう。
すでにヒズボラの主要幹部は軒並み殺害されており、統制のとれた組織戦闘はできませんから、この地域の制圧はガザ地区より早く、数ヵ月で達成可能とみています。その後は、この〝緩衝地帯〟を保持する作戦へと移ります」
また、現在焦点となっているイランの核関連施設への攻撃についても、イスラエルの国土の狭さが大きなポイントになっていると二見氏は言う。
「イスラエルは核ミサイルを数十発食らえば国が消滅します。一方、日本の約4倍の国土面積を誇るイランは、核攻撃を受けても壊滅には至らない。この両国の間では、双方が核兵器を持ったときに抑止が均衡しないのです。だからイスラエルは、なんとしてもイランの核武装化を阻止したいわけです。
実際にイランの核関連施設を攻撃する際は、イラン上空で航空作戦を展開する必要があり、米軍機の支援の下で行なわれるでしょう。
イランは空爆されても壊れない施設を造っているといわれていますが、イスラエルもそれを破壊するための研究、兵器の開発を進めてきています。空爆だけで潰せない施設は、特殊部隊が侵入して内部から破壊する方法も想定されます」
アメリカはイランからの再報復攻撃に備え、海軍・空軍の戦力を中東に展開させ、イスラエル国内に高高度ミサイル迎撃システム「THAAD」の配備も完了させた
ただし、今イランの核関連施設を破壊できたとしても、イスラエルには未来永劫の安心が約束されるわけではない。前出の菅原氏はこう言う。
「たとえ核開発の重要施設が破壊されても、イランは『今度は絶対にやられない施設を造ろう』と考えるでしょうし、仮に現体制が崩壊したとしても、結局は反イスラエル・反米の新体制ができるだけです。遅かれ早かれイランが決意を持って核武装するという方向に行くことは避けられないのではないでしょうか」
ハマスとヒズボラの指導者殺害を受け、10月1日にイスラエルへ大規模な弾道ミサイル攻撃を行なったイランの最高指導者アリ・ハメネイ師
では一方、ハリス政権になった場合はどうか? 大統領選の段階では、バイデン政権よりもイスラエルに対してやや厳しい印象があるが、前出の渡瀬氏はこう言う。
「中東政策に関しては、ハリス政権は支持基盤の意見の整合性がとれずに、収拾がつかなくなる恐れがあります。まず、民主党はアメリカの同盟国であるサウジアラビアの人権問題を重視しており、関係が微妙になります。
一方で、結果的にはイランにいいように踊らされたオバマ政権時代の核合意の再開について、イランの新政権から秋波を送られている。こうしたもろもろのテーマについて、おそらく実効性のある対応がとれず、右往左往することになるのではないでしょうか」
そうなると当然、イスラエルに対する実質的な抑制も効きづらそうだが、前出の二見氏はこう言う。
「ハリス政権はイランから弱腰と見られる可能性が高く、そうなるとイスラエルは今後も何かあれば弾道ミサイル攻撃を受けることになります。これを受け、ハリス政権がイスラエルに対する兵器の供与を交渉材料として、エンドステートを停戦の形で設定するシナリオは予想できます」
■議会が共和党優位ならハリス政権は前途多難
ウクライナとロシアの戦争に関しては、大統領がどちらになるかに加えて、大統領選と同時に行なわれる連邦上下院議会選が重要な意味を持つ。基本的に超党派の合意を得られるイスラエル支援とは違って、ウクライナ支援の是非はすでに議会の対立の火種になりつつあるからだ。
前出の渡瀬氏が解説する。
「まず、上院は共和党が最低でも51、民主党は49以下で共和党優勢になる可能性が高い。一方、下院は互角で予想が難しい情勢です。仮に下院でも共和党が勝つと、トランプ政権ならやりたいことがなんでもできる。逆にハリス政権になった場合、いきなり行き詰まって何もできない状態になりかねません」
大統領退任後のトランプと秘密裏に何度も連絡を取り合っていたと報じられているロシアのプーチン大統領。両者の本当の関係は......?
ハリス政権はウクライナ支援に関し、バイデン政権の路線を継承する見込みだが、前出の菅原氏も「見通しは明るくない」と指摘する。
「現在の民主党は左派が強く、プーチンに妥協することなど当然できません。ハリス自身も元検事ですから、国際的な犯罪者プーチンに対して戦う姿勢を打ち出すでしょう。
しかしながら、議会で共和党となかなか折り合いがつかないとなると、今の路線を続けられるかどうかもわからない。かといって党内の予備選を戦っていないハリスが、民主党の従来路線から外れるような大胆な施策を打ち出せるはずもない。相当厳しい船出になると予想します」
「勝利計画」を公表し、アメリカにロシア領内への長距離ミサイル攻撃の許可を求めているウクライナのゼレンスキー大統領
アメリカの姿勢がこのような〝弱めの現状維持〟だった場合、戦争はどうなっていくのか。前出の二見氏が言う。
「泥沼の戦いがずっと続きます。ポイントはNATO(北大西洋条約機構)が中心となって、どこまでウクライナを支援し続けられるか。団結力が試されます。戦争を終わらせる和平に当たっては、『力による現状変更が容認されることがあってはならない』という問題をどのような形に収めていくかが課題となります」
■「すぐに終わらせる」トランプ発言の現実度
一方、トランプは「もし自分が当選すれば、ウクライナとロシアの戦争はすぐに終結させる」と豪語している。しかし、それは就任した瞬間にウクライナ支援から手を引くという意味ではないようだ。
前出の渡瀬氏が言う。
「共和党の安全保障の基本原則は『力による平和』です。プーチンと話をつけようとするなら、モスクワを攻撃するぞといった姿勢さえ見せずに交渉などできないと考えるのが自然でしょう。
最近、ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカに対し、モスクワを射程に収める長距離ミサイルの使用許可を求めています。バイデン政権はこれに慎重な姿勢を崩していませんが、実はトランプの政策アドバイザーであるAFPIは、半年ほど前にそれを許可するべきだという論考を出しているんです。
これらのことを踏まえると、私はトランプ政権になった直後、長距離ミサイル使用許可のニュースが最初に出てくるのではないかと予想しています。あるいは、トランプに手柄を取られたくないバイデンが、退任前にそれを許可する決断をするかもしれません」
ただし、このことでウクライナ軍がすぐに戦況を大きく改善できるわけではないと前出の二見氏は言う。
「射程250㎞のストームシャドウ、300㎞のATACMS、500㎞のタウルス、F-16戦闘機から発射可能な射程370㎞のJASSMなどが対露本土攻撃に使用できれば、打撃力は格段に向上します。しかし数量が限定されるので、露軍の戦争継続のための各種施設、部隊を破壊し、その効果が出るまで1年はかかります」
HIMARSやMLRSから発射できる射程300㎞の地対地ミサイル「ATACMS」。ウクライナはロシア領内の露軍拠点を叩くための使用許可をアメリカに求めている
この事実は、短期決戦を望むトランプの意向とは合致しないようにも思える。前出の菅原氏はこう語る。
「だから、『この地域をこの時期までに取り戻せ』といった形で、ウクライナへ明確に条件を突きつける形になるでしょう。これは戦争継続のためではなく終結させるための支援だ、というわけです。
プーチンからすれば、早く停戦させたいトランプがロシアにとっていい条件でまとめてくれるなら、当面はそれでいいと考えるかもしれません。
しかし、経済制裁も含めて根本的にロシアとアメリカ、欧州との関係が元どおりに近いところまで改善するためのハードルが相当高いということについては、プーチンは冷静に見ているでしょうから、そう簡単にはいかないのではないかとも思います。
結局のところ、トランプは欧州の安全保障にはあまり関心がない。自分たちのことは自分たちでやれというスタンスで基本的には孤立主義の方向に向かいつつ、一番の敵である中国をにらんで〝強いアメリカ〟をつくるための軍拡をするんだろうと思います」
各国の命運を大きく左右する大統領選は間近だ。