今年6月のプーチン訪朝時には、ロシア側から贈られた高級車「アウルス」のハンドルを両首脳が順番に握るシーンも 今年6月のプーチン訪朝時には、ロシア側から贈られた高級車「アウルス」のハンドルを両首脳が順番に握るシーンも

北朝鮮にとって史上初の1万人以上の海外派兵となる、ロシア・ウクライナ戦争への電撃参戦。金正恩総書記が自ら主導して「押し込んだ」とみられる1万2000人(10月末時点)の実力は? そして、この派兵は金王朝の未来にどんな影響を及ぼすのか?

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■本格的な参戦は準備を終えた12月?

北朝鮮軍(以下、北軍)がロシア・ウクライナ戦争に参戦する――。10月上旬にウクライナや韓国の政府周辺からそんな情報が流れ始めた当初は、まだその真偽について懐疑的な見方が多かった。しかしその後、北朝鮮兵の映像、あるいは人数や部隊編成などの具体的な情報が出回り、もはや参戦の事実を疑う声はなくなった。

先遣隊としてロシア入りしていた3000人は、朝鮮半島有事の際には韓国に浸透して工作・破壊活動を担う、第11軍団の精鋭特殊部隊「暴風軍団」とされる。

北軍特殊部隊の能力は謎に包まれているが、1968年1月に北軍特殊部隊が韓国大統領の暗殺を狙った「青瓦台襲撃未遂事件」の際、南北国境線(38度線)付近に展開した米陸軍特殊部隊「グリーンベレー」に所属していた三島瑞穂軍曹(故人)は、「北軍特殊部隊の兵士は、38度線付近の地雷原を障害走のように跳び越え、全力走で突破してくる」とブリーフィングを受けたという。

上半身裸になっての戦闘訓練などのパフォーマンスはたびたび発信されるものの、北朝鮮軍特殊部隊の実際の能力は謎に包まれた部分が多い 上半身裸になっての戦闘訓練などのパフォーマンスはたびたび発信されるものの、北朝鮮軍特殊部隊の実際の能力は謎に包まれた部分が多い

元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見 龍氏(元陸将補)はこう分析する。

「特殊部隊が先にロシア入りした理由は、ウクライナ軍(以下、ウ軍)の特性に合わせた戦い方を学ぶためでしょう。特に、ウ軍の戦法―部隊の移動、補給、砲兵運用、機甲戦力による突進、塹壕戦、偵察・攻撃ドローンの種類や運用方法といった内容を研究するためであると思われます。

この先遣隊は幹部が主体とされ、作戦のシミュレーション教育、現地司令部での研修の体制をすでに確立している可能性があります」

そして10月28日、NATO(北大西洋条約機構)のルッテ事務総長は、この特殊部隊員3000人を含めた北軍派兵部隊1万2000人(そのうち将官3人、将校500人)が、ウクライナが〝逆侵攻〟しているロシア西部のクルスク州に、すでに配置されたことを確認したと発表した。

兵士たちはまず北朝鮮からロシア軍(以下、露軍)の輸送艦などでロシア極東部ウラジオストクの訓練センターに入り、そこで兵科を振り分けられ、露空軍の輸送機でクルスク入りしたようだ。

「とはいえ、すぐに戦闘開始というわけにはいきません。戦闘準備に約1ヵ月を要するとみられるので、12月に本格参戦となるでしょう」(二見氏)

北朝鮮兵がロシア軍の装備を受け取っているとされる動画のキャプチャ 北朝鮮兵がロシア軍の装備を受け取っているとされる動画のキャプチャ

ロシア語、ウクライナ語を話せない北軍部隊と、露軍の連携を疑問視する声もあるが、二見氏はこう指摘する。

「クルスクでは現在、露軍がウ軍部隊を三方から包囲しています。そのどこかに境界線を引いて、露軍がいない北軍だけの区画を作り、自由に戦わせればいいのです。

もちろん、北軍が戦場として長年想定してきた朝鮮半島の38度線付近とは地形がまったく違うので、最初は苦戦するでしょう。ウ軍がドローンで北軍部隊の進撃を止め、ハイマースでクラスター弾を撃ち込めば、相当な損耗が出ると思われます。

しかし、両軍が入り乱れた近接戦闘の塹壕争奪戦となれば、命を捨てることもいとわず次々と攻め込んでくる北軍はウ軍にとって恐怖でしょう。

いずれにしても旅団クラスでの参戦ですから、投入地域の戦況に一定の影響を与えることは間違いありません。現地での戦闘に慣れてくる来年春頃には、手ごわい部隊に成長していると考えられます」

■北朝鮮から見た3つのメリットとは?

今回の派兵は、今年6月にロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記が署名した、包括的戦略パートナーシップ条約に基づいている。この条約には「どちらか一方が戦争状態になった場合、軍事的な援助を提供する」と明記されており、実質的な同盟関係だと指摘する声もある。

ただ、その一方で、今回の派兵はロシア側が強く求めたものではなく、どちらかといえば北朝鮮側が「ねじ込んだ」形に近いといわれている。金正恩総書記はなぜ、自国軍の兵士をロシア・ウクライナ戦争に派遣したのか?

かつて航空自衛隊那覇基地で302飛行隊隊長を務め、外務省情報調査局への出向経験もある杉山政樹氏(元空将補)は、「北朝鮮には少なくとも3つのメリットがある」と分析する。

「ひとつ目は、国内の引き締めです。ここ最近、北朝鮮は韓国との融和路線を捨てて緊張関係を高めていますが、ウクライナへの派兵もこれと同じく、『戦時下』という緊急事態をアピールすることができる。飢饉や災害で厳しい国内状況の中、国家元首の下に一致団結するという形をつくるための〝方策〟として使えるというわけです。

ふたつ目のメリットは、国際的な立ち位置をはっきりさせることです。ロシアがウクライナへ侵攻を開始してから時間がたつにつれ、世界は『欧米陣営』と、ロシアや中国、イランをはじめとする『欧米にくみしない国々』に大きく分かれつつある。そのどちらに北朝鮮が入るべきかは、もはや明らかです。また、これによって国際的に孤立しているイメージを払拭したいという狙いもあるでしょう」

そして3つ目のメリットは、身もフタもない話だが「外貨稼ぎ」だという。

報道によると、ロシアは兵士ひとり当たり月30万円、または年間450万円を北朝鮮側に支払うという。つまり、彼らは露軍にカネで雇われた〝傭兵〟という側面もあるのだ(実際、ロシアの国内法では外国人が露軍に契約兵として参加する際の規定が定められている)。

仮に1万2000人がそのまま1年間活動したとすれば、総額は実に500億円以上。厳しい経済制裁を受けている北朝鮮にとって、この外貨収入は極めて大きい。

「ひとり当たり450万円が支払われるというのが本当であれば、ウラジオストクで働いている北朝鮮の労働者とは比べものにならない高額です。こうなると、韓国はウクライナを軍事支援している東欧諸国に装備品を輸出し、一方で北朝鮮は露軍に兵士を〝輸出〟し、共に外貨を獲得するという皮肉な状態になります。

なお、今のところロシア側も北朝鮮側も、兵士の派遣について明言しておらず、表向きは当面、露軍の兵士として戦うのかもしれない。そのことをウクライナや欧米側から指摘されても、『NATOも参戦していないと言いながら、ウクライナに兵器も技術員も軍事顧問も送り込んでいるじゃないか』という反論のロジックは成り立ちます。

また、今後もしNATOが参戦することになれば、北朝鮮も最大140万人の兵力を送り込むことができるわけで、NATOへの強い牽制としても存在感を発揮できます」

ただし、もちろん派兵のリスクもある。例えば、北軍の兵士が戦場から逃げ出して亡命したり、ウ軍の捕虜になったりした場合だ。

「大した情報を持っていない末端の兵士がウ軍の捕虜になる可能性は、もちろん織り込み済みでしょう。問題は、特殊部隊の構成員が捕まるようなケースでしょうね」

ロシアの国内法では「露軍の契約兵」でも、ウクライナや欧米諸国のメディアは、〝将軍様の秘蔵部隊〟のメンバーが捕虜になったという形で大きく報道するはずだ。

1996年9月、韓国内で活動していた工作員を回収しに来た北朝鮮のサンオ級小型潜水艦が座礁した「江陵浸透事件」では、艦長や政治将校を含む11人が、韓国当局に捕まる前に集団自決した。

もし今回、特殊部隊員が生きて捕まり、その姿が世界中にさらされたり、あるいは西側メディアの取材に応じたりした場合、北軍や金正恩総書記の権威は大きく失墜する。

国際社会で存在感を高め、外貨獲得と金王朝の権威維持に成功するのか。それとも、最高指導者や軍精鋭部隊の〝ハリボテ〟が剥がれる結果となってしまうのか。北朝鮮にとって、今回の派兵はことのほか大きな賭けになっているのかもしれない。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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