川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
今年10月にロシアの主催で開催された「第16回BRICS首脳会議」。白熱のアメリカ大統領選挙の裏で、国際社会の勢力図が変わろうとしていた。経済成長が頭打ちのG7に取って代わり人口も経済も成長が著しいBRICSが世界を掌握する。今回の首脳会談は、そんなBRICS時代の幕開けを告げた。新しい国際情勢の中、日本はどうする?
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アメリカ大統領選挙により人々の関心が日米関係に集中していた裏で、今後の国際情勢や日本の将来を考える上で非常に重要なイベントが行なわれていたことはあまり知られていない。10月22~24日にロシア中部のカザンで開催された「第16回BRICS首脳会議(サミット)」だ。
今回は、発足初期からの加盟国であるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国に、新規加盟国のイラン、エチオピア、エジプト、UAE(アラブ首長国連邦)を加えた9ヵ国による「拡大BRICS」として開催された初のサミットで、計36ヵ国の代表と国連のグテーレス事務総長も参加した。
欧米先進国に日本を加えたG7に対抗する新興国勢力として、BRICSの影響力が拡大していることを強く印象づけた。
「今回のBRICS首脳会議は主に3つの点で重要な意味を持っています。キーワードは『ロシア』『拡大』、そして『脱ドル化』です」と語るのは、国際政治学者で東京外国語大学教授の篠田英朗氏だ。
「まず『ロシア』ですが、今回の主催国がロシアだったことは非常に大きい。ご存じのように、ロシアはウクライナ侵攻の当事国として、欧米諸国を中心とした経済制裁の対象であり、プーチン大統領は国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状まで出ている『戦争犯罪人』でもあるわけです。
ところが、そのロシアが主催した今回のサミットに計36ヵ国の代表が参加した。その事実が、ロシアのウクライナ侵攻後、欧米が目指してきた『ロシアの国際社会における孤立』が幻想でしかなかったことを示しています」
ただし、それも新興国の立場に立って考えれば当然の流れだという。
「2022年のウクライナ侵攻開始当初こそ、ロシアに対する強い非難の声が上がり、国連総会でも141ヵ国が非難決議案に賛成しました。
しかし、その後、欧米諸国によるロシアへの制裁が長引くにつれてエネルギーや食料の価格が高騰し、インフレを引き起こした。そして、その影響を強烈に受けたのは、ほかならぬ新興国の人々でした。
また、そうした国々は、ロシアを散々〝悪魔化〟し、ウクライナに軍事支援を続けてきたアメリカなどの欧米諸国が、中東で続くイスラエルの戦争犯罪をまったく止められないという『欧米先進国のダブルスタンダード』を見透かしていますから、もはや彼らが振りかざす正義など信用していません。
そもそも、制裁に加わっているのはしょせん、アメリカの同盟国だけ。それでロシアを完全に孤立させることなど不可能で、逆にエネルギーや食料などの資源に恵まれたロシアと新興国との結びつきを強めてしまったともいえる。
結果、今回のサミットは、プーチンにとって『ロシアは国際社会で孤立していない』とアピールする格好の舞台となったのです」
第2のポイントはBRICSの「拡大」だ。2010年以来、5ヵ国体制が続いていたBRICSだが、昨年のヨハネスブルク・サミットでアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの加入を承認。
その後、アルゼンチンが加盟方針を撤回し、サウジアラビアも態度を保留しているため、現時点での正規加盟国は9ヵ国となっている。
今回のカザン・サミットでは新たに「パートナー国」という制度を設け、インドネシア、ベトナム、ウズベキスタン、タイ、マレーシア、トルコ、ベラルーシ、カザフスタン、キューバ、ボリビア、ナイジェリア、アルジェリア、ウガンダの13ヵ国が加わることとなった。
「BRICSはもともと南米のブラジル、ユーラシア大陸のロシア、南アジアのインド、東アジアの中国、そしてアフリカ大陸の南アフリカと、欧米ではない各地域の有力国の代表による〝非欧米地域のG5〟というイメージで始まりました。
そんなBRICSが、昨年あたりから大きく拡大基調へとかじを切ったのです。これもウクライナ侵攻後に制裁をかけられたロシアや、米中対立に直面する中国の『BRICSを欧米諸国に対抗する勢力として育てていこう』という野心が反映されているといえるでしょう。
特にエジプト、イラン、UAEとエチオピアが正規加盟国に加わったことで、ロシアから中東、さらにアフリカにつながる太い帯がBRICS加盟国によって形作られたことは地政学的に大きな意味を持っている。
また、アメリカとの関係が強く反中的な色彩が強いフィリピンを除けば、インドネシア、マレーシア、タイという3つの有力国がパートナー国に名を連ねていて、ここでは中国を中心としたBRICSの影響力がASEAN地域に面として食い込んでいる流れがくっきりと見えます」
もうひとつ、篠田氏が指摘するのが「脱ドル化」だ。
今回のサミットでは現在、米ドルを基軸通貨とする国際的な決済システムとして独占的な地位を占めているSWIFTに代わる仕組みとして、BRICS Payと呼ばれる新たな決済システムの導入を決定。これにより、米ドルに頼らず自国の通貨で取引が可能になるという。
「アメリカの覇権は、『世界的に展開できる圧倒的な軍事力』と、『国際的に基軸通貨として流通するドルの力』によって支えられてきました。
ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁の一環として、SWIFTからロシアを締め出したのも、こうした国際金融・商取引におけるドルの支配を前提としたものです。
しかし、今後、BRICS加盟国が脱ドル化を進めれば、アメリカは覇権国としての大切な足場を失い、同盟国も含めて国際的な影響力を大きく低下させるのは明らかで、トランプ氏もこの点を懸念しているといわれています」
ちなみに、BRICSの主要加盟5ヵ国に限っても「購買力平価GDP」の合計は、2021年の時点でG7加盟国の合計を上回っており、現時点で世界のシェアの3分の1を占めているといわれている。加盟国の拡大でその差がさらに広がるのは確実だという。
また、5ヵ国だけで世界人口の4割以上を占めており、加盟国とパートナー国を入れれば半数以上になるともいわれている。
「G7に代表されるような欧米諸国は、大航海時代から産業革命を経て、近代という大きな時代の中で世界の支配者となり、第2次世界大戦後も先進国としての地位を守り続けてきました。
とはいえ、その『近代』もせいぜい200~300年程度と、人類の長い歴史から見れば、ほんの一瞬でしかない。当然、欧米の優位も永遠に続くものではなく、長く続いた欧米の支配に対するBRICSの挑戦がその象徴だと考えれば、今、私たちは大きな歴史の転換点を目撃しているといえるのかもしれません」
では、もともとは歴史的にも地理的にも非欧米の国でありながら、欧米諸国と共にG7の一角を占め、特にアメリカとの親密な関係に依存してきた日本は、そんな歴史の転換点でどのように振る舞い、新BRICS時代に向き合ってゆけば良いのだろうか?
「ここでいきなり方針を変えてBRICSに加わるのは現実的ではないし、結局これまでどおりアメリカを中心としたG7の中で折り合いをつけていくしかないと思います。
ただし、この先、アメリカの覇権やG7先進国の相対的な影響力が落ちていく現実を直視して、自分たちの立ち位置を考えないと大きな間違いを犯す可能性がある。
最近『いざとなったら中国と戦争だ』とか、逆に『対米依存を離れて中国やBRICSに近づくべきだ』といった極端な意見を目にすることも多いですが、国際政治の現実はそれほど単純じゃない。
これまでどおり、G7の国々と仲良くしながらも、BRICS諸国との冷静かつ温和な付き合い方も勉強しないといけないということだと思います」
新BRICS時代の到来で、日本はますます外交力を磨く必要がありそうだ。
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。