佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載「#佐藤優のシン世界地図探索」ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――前回のイスラエルとイランの手打ちから学ぶ教訓で、「人の力を借りて戦争をしてはいけない」ということですが、これはウクライナへの警告でもあるのでしょうか。
佐藤 ウクライナにも繋がります。戦争は自力でやらないとなりません。結局、大国は自国の国益のために、自分の思惑で戦争を決めますから。
裏返して言うと、ウクライナが「戦争を止めたい」と言っても、米国が「戦え」と言っている限り戦わざるを得ないわけですよ。
――そうですね。
佐藤 逆にウクライナが「戦わせてくれ」と言っても、米国が「お前ら、もう止めろ」と言えば止めざるを得ません。人の力を借りる戦争だと、そういうことになります。
――ということは、ウクライナは自国のために始めた戦争が、実は大国の国益によって行方が左右されるということを学び始めている?
佐藤 客観的にはそういうことですが、ウクライナはわかっていないようです。
――そのウクライナ戦争では、北朝鮮軍一個師団がクルスクに来ます。佐藤さんは「クルスクにはウクライナが雇った傭兵が来ている。ならば、我々も北朝鮮という傭兵を使って駆逐する」と説明しています。一発で納得しました。
佐藤 そうです。それだけの論理なので、不思議なことは何もありません。
――プーチンの決めた枠通りにやっているから、全く問題がないと。
佐藤 その通りです。
――一方、ロシア軍は対テロ作戦を着実に遂行しています。ウクライナ軍(以下、ウ軍)のドローンパイロット9人を捕縛。パンツ一枚の姿で地面に寝かせて、そのまま射殺。テロの犯人として処刑しています。これは対テロ戦として合っていると。
佐藤 対テロ戦となると、そうなりますよね。
――北朝鮮軍は「処刑係」として雇われているんですか?
佐藤 というよりも、「やっぱり実戦に出たい」と北朝鮮側が言っているんだと思います。
北朝鮮軍はほとんど実戦を経験してないですから。
――怖いです。
佐藤 ウクライナから攻めこんで来た傭兵は強いです。ならば「訓練して来い」となったんだと推測できます。やはり、実際に現場を経験していないと訓練だけでは限界があるじゃないですか。
――そりゃ、鉄筋を曲げたり石を割ったりするより、生身の人間を殺した方が強くなりますから。
佐藤 まだ、数千人規模のウクライナ兵と傭兵がクルスクに残っているから、それを「殺して来い」となったわけですよね。
――とてもわかりやすい構図です。
佐藤 北朝鮮の砲弾やミサイルは、実際に使ってみないとどのくらい正確かわからないですからね。
――北のミサイルがどんどん改善されて、精度が上がっていると報道されていました。ロシア占領地の住宅建設で、北の労働者が壁紙をキチンと貼る技術が生かされてます。
佐藤 そういうことです。
――すると、北朝鮮兵士はクルクスでたくさん死にながら改善されていくのですか?
佐藤 そうなるでしょうね。
――捕虜交換で、クルスクで捕まえたウクライナ兵が出て来なかったら、「ちゃんとやっているな」ということになるんですね。
佐藤 対テロ戦ですから、戦争のルールと違って捕虜にする必要がありません。あくまで「皆殺し作戦」です。捕虜を取ったりするのも面倒じゃないですか。だから、「北朝鮮のみなさん、ウ軍と遭遇したらもう全部殺しちゃっていいから」ということになっています。
――わかりやすい命令です。
佐藤 ウクライナのメディアでは、北朝鮮兵を要人テロに使うと報じられています。しかし、肌の色が違って言葉も通じない北朝鮮兵が、土地勘もないのにテロができると思いますか?
――絶対に無理だと思います。
佐藤 そう、そんなマンガみたいなことはしません。
だから、ロシアの仕切りを全て理解していないとならないのです。ウクライナとの戦いは特別軍事作戦で、クルスクは対テロ作戦です。このロシアの仕切りさえわかっていたら、今回やっていることは、ロシアからすれば何も問題ないし、合理的なんですよ。
――さらに極東の訓練施設では、ロシアは北朝鮮兵士にドローンの動かし方を教えてるんですよね。これ器用にできますかね?
佐藤 できるんじゃないですか。
――北兵はすでに実戦経験を積み始めています。報道によると、11月4日にウ軍から砲撃を受け、翌日ウ軍と北兵は初交戦しています。しかし、この交戦で北兵はかなりの数が戦死したみたいです。
佐藤 もっとも死体の写真が公表されていないので、事実関係はよくわかりません。北朝鮮で何か起きたとき、つまり半島有事の際に、ロシアは少なくとも「ワグネル(傭兵部隊)を送ってやるよ」となります。
――そいつは怖い。
佐藤 そして、韓国がこれで勘違いして、ウクライナに殺傷能力のある兵器を送ったら、ロシアから北朝鮮に極超音速ミサイルを提供することになります。
――38度線に配備、と。
佐藤 もし極超音速ミサイルが配備されたら、航空母艦は大変でしょ?
――米空母は即撃沈であります。38度線からソウルまで距離40km、そこに1020万人暮らしています。さらに、南岸の釜山までは約400km。38度線の向う側に極超音速ミサイルがズラリと並んでいたら、速攻で戦争は終わります。
佐藤 そうなりますね。
――金正恩総帥は、南侵するんですか?
佐藤 それはしません。
――すると、汚物の入った風船が飛んで来る(参照:【#佐藤優のシン世界地図探索66】「風船戦争」の行方)いまが韓国にとっては幸せなんだ。
佐藤 それくらいが一番、平和で幸せなんじゃないですか。
――これ、なんとかできるのはトランプだけですか?
佐藤 可能性はあると思います。しかし、やはり世界秩序が変わって来ていますね。
――はい。
佐藤 「暴力」がゲームのルールの中に入って来ました。
――その結果とは?
佐藤 エマニュエル・トッドが新しい本を出しましたね。『西洋の敗北』(文藝春秋)ではアメリカやヨーロッパが衰退し、より混沌とした未来を予測していますが、まさにその通りになっていくと思います。
次回へ続く。次回の配信は2024年11月29日(金)予定です
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。