11日の首班指名選挙で、石破首相が正式に再任。数々の課題を抱える中、まず気になるのがトランプ次期米大統領への対応だ。しかし、官邸筋から聞こえてくるのは不安の声が大きく......。「またトラ」に備える政府の内部事情を追った!
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■「またトラ」に身構える官邸
トランプ氏の返り咲き再選となった米大統領選。「またトラ」(またトランプが大統領に)に向けて、この10月に外務省がひそかに作成したファイルがある。
「トランプ再選後に控える石破茂首相との日米首脳会談に備えたもので、トランプ氏の性格や行動パターン、コミュニケーションの取り方などが詳しくまとめられていると聞いています。いわば、トランプ氏の『取扱説明書』のようなものですね」(自民党国会議員秘書)
外務省はファイル作成に先立つ今年8月、中国勤務だった高尾 直氏を東京に呼び戻し、対米担当部署(北米局日米地位協定室長)に異動させている。同氏は過去10回以上の安倍(晋三元首相)・トランプ会談すべてに日本側通訳として立ち会った外交官で、トランプ氏のお気に入りとして知られる。
「その見事な通訳ぶりにトランプ氏が『彼(高尾氏)はリトルプライムミニスター(小さな首相)だ』と名指しで称賛したこともあったほど。最もトランプ氏の言動を近くで観察してきた官僚といえるでしょう」(外務省関係者)
米大統領選の結果、米政界はホワイトハウスだけでなく、上院、下院も共和党が多数を占める「トリプルレッド」(レッドは共和党のシンボルカラー)の状態となる。
「これでトランプ氏は強力な大統領権限に加え、人事承認権(上院)、予算編成権(下院)も掌握することになる。まさにやりたい放題となるわけで、同盟国である日本にハチャメチャな要求を突きつけてきてもおかしくない。8月の高尾氏呼び戻しや10月のファイル作成など、外務省の対応は当然の動きです」
防衛ジャーナリストの半田 滋氏も言う。
「2019年にトランプ氏が突然、日本政府に対して米軍の駐留経費負担として、年80億ドル(当時約8600億円)を求めてきて騒動になったことがあります。80億ドルはそれまでの4倍の水準で、あまりに常識外れの額です。
日本は米軍駐留経費の約75%を負担するほど、アメリカへの貢献度が高い国。その日本に対しても平気で負担増を要求できるのがトランプ氏です。再選となった今、再び同じような法外な対日要求がトランプ氏の口から飛び出る可能性は大きいと考えています」
■「もっと防衛費に金払え」と要求される?
トランプ氏はどんな圧力をかけてくるのか? 安全保障面に絞って予測してみた。前出の半田氏が続ける。
「選挙戦でトランプ氏は『敵国よりも同盟国のほうがアメリカからボってきた』と発言し、当選後には同盟国にいっそうの防衛費の負担増を求めると公言してきた。
そう考えると、80億ドルといった具体的な数字に再び言及するかどうかは別として、米軍駐留経費負担のさらなる上乗せを要求してくるのはほぼ確実でしょう」
在日米軍駐留経費に関する日米協定の特別協議が開かれるのは、今から2年後の26年の予定だ。
「そんな予定をトランプ氏が気にかけるはずもない。就任早々に特別協議の前倒し、あるいは協定そのものを破棄してでも石破首相に駐留経費のさらなる積み増しを迫ってくるはずです」
前出の外務省関係者もこううなずく。
「トランプ氏は現在、韓国に在韓米軍駐留経費として年間100億ドル(約1兆5000億円)を請求すると息巻いている。今年米韓間で合意したばかりの26年の駐留経費負担額が約1700億円だったことを考えると、あまりに過大な要求です。これが増額のベースとなれば、日本にもかなり高額の請求書が回ってくると覚悟すべきです。
ただ、その時期は重ならないかもしれません。同時期に日韓に高額の要求をすると、日韓がスクラムを組んでアメリカに抵抗し、やぶ蛇になりかねない。トランプ氏は日韓への要求に時間差をつけて、個別撃破を狙ってくると予測しています」
もうひとつ、石破官邸周辺を心配させている要求項目がある。それは米軍駐留経費などの枝葉の部分ではなく、防衛費そのものの増額要求だ。アメリカの軍事費はGDP(国内総生産)比の3.20%ほど。これと同じレベルの軍事費支出をトランプ氏が迫ってくるリスクも否定しきれない。
日本政府は、アメリカからの強い要望もあって、その比率を2%にするために動いてきた。その典型が、岸田文雄政権が23年12月に打ち出した「5年間で防衛費総額43兆円」という数値目標だ。
しかし、財源確保にめどが立たず、自公政権は不足する4兆円のうち約1兆円を増税で賄うという苦しい選択を迫られている。
「日本政府はアメリカと約束したGDP比2%の防衛費を達成しようと四苦八苦しています。例えば、FMS(対外有償軍事援助)によるアメリカからの武器購入額は、09年当時は500億円ほどでしたが、第2次安倍政権末期の19年に7000億円、岸田政権下の23年度には1兆4000億円と激増している。
ただ、そうした武器の爆買いなどの対米貢献を、4年間民間人だったトランプ氏がどこまで考慮するのか。へたしたら知らない、忘れたと言って、一気にアメリカ並みのGDP比3%台の防衛費増を強硬にリクエストしてくるかもしれません」(前出・半田氏)
■性格は真逆なふたりの〝共通点〟
官邸の懸念をさらに大きくしているものが、石破首相のパーソナリティである。トランプ氏は人懐っこくて陽気、人々の輪の中にいることを好む。それでいて議論や説明を嫌い、決断はひとりで下すタイプだ。
では石破首相はというと、首相をよく知る自民党国会議員がこう語る。
「トランプ氏とは対照的な性格。人懐っこい部分はありますが、ひとりの時間を好み、会合後は議員との歓談や会食を早々にパスし、自室で政策関連の本を読みふけったり、趣味の鉄道ビデオを眺めることがしばしば。
その一方で議論好きで、独断を排して一から合意を積み上げることを重視するタイプでもある。つまり、トランプ氏とまったく逆なんです。首脳会談を安倍元首相のように、トランプ氏とにこやかなムードでこなせるのか、危ぶんでいます」
前出の外務省関係者もこうささやく。
「トランプ氏は議論を好みません。求めるのはデータやイエス、ノーの返事で、議論をふっかけてくる相手にはそっぽを向いて不機嫌になる。実際、第1次トランプ政権では説教めいた口調で同盟関係や安全保障の重要性をレクチャーしたがるジェームズ・マティス国防長官に怒り、わずか2年間で解任したことも。
石破さんはネチネチと理詰めで議論をするタイプ。首脳会談の席上で、得意の防衛政策などでトランプ氏がとっぴなことを言い出したとき、ガマンできずに説教じみた議論をふっかけて嫌われてしまわないか、心配しています」
見逃せないのはすでにトランプ氏が石破首相を敬遠する兆候が表れていることだ。国際ジャーナリストで国際教養大学大学院客員教授の小西克哉氏がこう指摘する。
「11月7日にあった石破・トランプ電話会談がたった5分間で終わったことに注目しています。石破会談に先立って行なわれたフランスのマクロン大統領との通話時間が25分間、韓国の尹大統領でも12分間だったことを考えると、いかにも短すぎます。
しかも、電話会談は大統領選祝勝会の最中に、トランプ氏が一時中座する形で行なわれた。重要な相手ならこんな間に合わせのような方法で電話のやりとりなどしないはず。
トランプ氏は少数与党で短命視されている石破政権にさほど期待していないという印象は免れません。トップ同士のディール(取引)を好むトランプ氏だけに、政権基盤の弱い石破首相では交渉相手にならないと考えているのかもしれません」
前出の外務省関係者は石破首相の〝信仰〟に一縷の望みをかける。
「曽祖父の代からの敬虔なキリスト教長老派の信者。実はトランプ大統領も同じ長老派の教会に属しています。性格が真逆でも信仰が同じとなれば話は変わってくるかも。トランプ氏が石破首相に心を開けば、シンゾー・ドナルドを超える、シゲル・ドナルドの良好な関係を築けるかも」
官邸は南米ペルーでのAPEC首脳会議参加後にも石破首相にアメリカへ足を延ばしてもらい、トランプ氏との初会談を実現させたい意向だという。
果たして石破首相はトランプ氏と友人関係を築けるのか?