北朝鮮はウクライナ、クルクスに1万5000人を派兵した。それは精鋭特殊部隊「暴風軍団」と言われていた(写真:朝鮮中央通信)
ウクライナ軍(以下、ウ軍)が侵攻したロシア西部クルスク州に、1万5000人の北朝鮮軍が派兵された。
報道によると北朝鮮軍(以下、北軍団)は、11月4日にウ軍から砲撃を受け、翌日ウ軍と北兵は初交戦。7日には北軍団の支援を受けたロシア海軍歩兵部隊が、ウ陣地に突撃。そして、11日にはロシア軍(以下、露軍)と北軍団の計5万人の大規模攻勢がクルクスで始まった。
一方、ウクライナのゼレンスキー大統領はこの北軍団に対して、前々から米国が提供する長距離兵器の使用を懇願し続けていた。
しかし、米国防省は9月28日に早々と「北朝鮮が戦闘に加わった場合、米国はウクライナによる米兵器の使用に新たな制限を課さない」と発表したが、急変。バイデン米大統領は、11月17日にロシア本土への長距離兵器での攻撃を許可した。
元陸自中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)は、こう言う。
「すでに手遅れですが、狼を森の中に放したら危険な状態になります。森に入る前の家畜状態の間に集団で倒しておくべきでした。つまり、輸送中や集結所、訓練場など、最前線で戦力として展開する前に、徹底的に撃破しておくということです」(二見氏)
北軍団は極東から露空軍大型輸送機IL62で送られてくる。ウ空軍F16に搭載してAMRAMミサイルで撃墜すれば簡単だが......(写真:米国防省)
次から来る北軍団をやっつければいい。まず、真っ先に考えられるのは、極東から露空軍の大型輸送機IL62で北軍団を空輸中に撃墜すれば、168名一個中隊を消滅できる。
しかし、ウ軍の虎の子のF16が露国上空に侵入させ、搭載した射程180kmのAIM120中距離ミサイルで撃墜することやらせるかどうかだ。さらに、米国が許可したらならば、英国も許可を出せば、射程250kmのストームシャドウでの地上攻撃も有効となる。
英国提供のストームシャドウで地上目標を狙えば、地下塹壕にいても殲滅可能なのだが......(写真:米国防省)
ATACMSミサイルならば射程300km。クラスター弾頭を使えば訓練場に散開している北軍団を一掃可能だ(写真:米国防省)
しかし、一番迅速で強力なのが、これまでに8カ月で6回、射程300kmの地対地ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」にクラスター弾を搭載し、露軍訓練場を狙って発射している。次に到着した北軍団訓練場を狙い、叩き込めば有効だ。
しかし、既に北軍団は、露軍と共に総兵力5万人でクルスク戦線に来ていて攻撃を開始している。
「ウ軍はその北軍団に向けて、最前線後方の集結地をハイマース、155mmM777榴弾砲(りゅうだんほう)で砲撃し、最前線では、砲迫射撃とFPV自爆ドローンなどの各種ドローンで倒すことになります。歩兵もドローンで徹底的に追い回して撃破します。今、ウ軍は露軍と北軍団の5万人相手に死闘を続けています」(二見氏)
その大規模攻勢に参加しているかもしれない北軍団は、最精鋭の特殊部隊暴風軍団かと思われていたが、異なる部隊の姿が徐々に見えてきた。唯一配信された動画を見ると、日本ならばどう見てもサバゲー初心者で、即日全滅戦死みたいな雰囲気だ。
ウ軍から北軍団を直接攻撃できるのは、射程24kmの155mM777榴弾砲とFPVドローンだけだ(写真:米国防省)
しかし、二見氏はこう言う。
「情報戦として色々な映像が出てきていますが、林の中のある部隊は小隊としてまとまっていました。並みの歩兵部隊です。ある程度の年数、訓練を積んでいる兵士です。
しかし、最初に公開された室内で次々と装備を受け取っている10代のような若い兵士は、初年兵か基礎訓練を終了した兵です。そのため突撃兵要員となるでしょう。そして、クルスクに来ている北軍団は、次のカテゴリーに分類できます。
1.偵察部隊。北特殊部隊兵士で構成されていて、21世紀最新の地上戦技術を偵察し、つぶさに北司令部に報告します。また、この配下に前出の動画にいた訓練を積んでいる小隊がいます。
クルスクでは、ウ軍と露軍のドローンが共に上空で飛び交い、偵察だけでなく正確な攻撃、爆撃をするのが常態。そんな中での戦闘経験と得られる知識・技術は大きな意味を持ちます。
2.情報部隊。北司令部で最前線での戦況を追い、何が有効な戦術なのか見極める情報将校が率いているはずです。
3.技術兵。ミサイル、ドローン、無人機などの最前線で使われている兵器の技術を学んでいるはずです。
4.突撃兵。敵陣に突撃する部隊で、あのバフムトで囚人たちが数日だけの訓練を受け、突撃した数万人が戦死したワグネルの傭兵と同じです。
突撃兵は、今いる全兵隊の半分以上はいるでしょう。露軍の大隊の中に、歩兵中隊として混合し、突撃兵と同じ役割を果たし、突撃していると推定されます。」(二見氏)
さらに二見氏はその先を推測する。
「北は突撃兵を損耗した以上に供給する可能性があります」(二見氏)
10月16日、韓国から飛来した無人機に怒った北の若者たちが「神聖な戦争」を決意し、計140万人が軍志願の嘆願書に署名した。ここが、その人的供給源となるのだ。
北朝鮮では国家の命令に背くと、広場に縛られ迫撃砲弾処刑、高射機関銃で数百発の銃弾を浴びる銃殺刑、または火炎放射器での焼殺刑だ。
10月17日の報道では、北は一度ではなく、ローテーションで最大10万人を動員可能との事だった。
「北は4~5万人近くの兵を送ることが可能です。すると、露軍はクルスクから東部、南部地域に兵力を移動して戦う有力な選択肢を保持できる。そして、現在の最前線は冬季を迎え、次の新たな戦いは来春となると考えられます」(二見氏)
来春までの数ヵ月の間に最大5万人の兵力が担保できて、そのうちの半数が突撃兵となれば、その数は2~3万人にもなる。もし、停戦交渉が始まった場合、クルスクをウ軍が占領していれば、取引材料としてはどうなるのだろうか。
「価値が高いと考えます。露軍は北軍団を大量に投入し続け、クルスクに展開する露軍兵力との大規模攻撃によって、ウ軍からクルスクを奪還したくて仕方が無いはずです」(二見氏)
そのクルクスに来春、ロシアの地形と気象、戦闘要領に慣れてきた北軍団の歩兵部隊がまだ2万人近くいる。
「部隊の特性を生かし、指揮統制を容易にするための有力な部隊運用(案)として北朝鮮軍だけの部隊を作り、冬の間に北軍団だけで独自に戦えるよう訓練します。そして、露軍との間にバウンダリー(バンダレー:境界線)を引いて、『北軍団の担当地域内で部隊の特性を生かして戦わせます』。この間、ロシアとの基礎的協同作戦要領を理解させます。
北は夜間の分散攻撃、ドローンオペレーターの殺害、重要装備の破壊、など、色々仕掛けてくるでしょう」(二見氏)
露軍は北軍団の助力で、クルスクを完璧に奪還し、さらに進撃する?
「ほんの少しのほころびから部隊は崩れることもあり、戦場では何が起こるかわかりません」(二見氏)
■「ホントラ」の恐怖
11月2日、ゼレンスキー大統領は「米国も英国もドイツも見ているだけだ」と、北軍団の派兵に対して米英独を批判。これは、対露戦争で支援している国に対する態度としては拙(つたな)いのではないだろうか。
ウクライナ・ゼレンスキー大統領の命令したクルクス侵攻は、悪手だったのか......(写真:ウクライナ大統領府)
空自那覇基地で302飛行隊隊長を務め、外務省情報調査局への出向経験のある杉山政樹氏(元空将補)はこう言う。
「『もしトラ』が『ホントラ』になり、ゼレンスキーには焦りがあると思います。停戦交渉になった場合、ロシア領内クルスクに攻め込んで少しでも確保することで、交渉材料に有利になるんじゃないかという戦略を取ったことに対して、焦っているはずです。
英独仏は世界的に見てレベルの高い国ですけど、ロシアから見ればやはり小国。その小国たちが、どうロシアからの脅威に耐えるのか。そこがNATOのポイントです。
かつては、自分たちからロシアに攻めずに、ワルシャワ条約機構軍とソ連軍が攻め込んできた瞬間に、NATO全員で立ち向かわないといけない仕組みを作った。しかし、ソ連もワルシャワ条約機構軍も無くなって、NATOが域外に出るか出ないかという議論をしていた時に、ウクライナが勝手気ままにロシア領クルスクに攻め込んだ。
だから、NATO諸国というのは、皆、大人の付き合いが出来る奴じゃないとダメで、ウクライナはそんな付き合い方が出来ない奴と明快にわかったわけです。そして、そんな国をNATOに入れてしまっていいのか?と、NATO諸国は考え始めているのだと推測しています。
さらに、欧州各国のウクライナ支援熱も冷めてきています」(杉山氏)
ウクライナのクルクス侵攻は悪手だったのだ。
「小国の集まりであるNATOは、米国の後ろ支えがあるからロシアと戦える。
その米国の新大統領にトランプが就く。『お前ら甘いんじゃないの? 米国に守られているNATO各国は、防衛費を分相応にGDP比4%に引き上げろ』とトランプが2018年から言っているのは至極当然。ヨーロッパもそれがわかっている。
それでも英独は、今、だまって見ているだけです。それは、トランプとゼレンスキーがどんな話をするのか、各国はこの先が読めないので見極めようとしているからです。
仮にトランプがゼレンスキーを丸め込んで、『占領された所はしょうがないだろ』という落とし所になれば、支援の兵器なんかはもう何の意味もないわけです。もし、ゼレンスキーがトランプの言う事を聞かなければ、NATO諸国はゼレンスキーと与(くみ)することはできない。
NATOの後ろ盾であるトランプ米大統領とゼレンスキーがどういう話でまとまるのかを見ないと、どの国の誰も打つ手を持ってない。だから、英独仏は沈黙を守っている。トランプだけが次に打つ手を持っている。今はそういう状況なのです」(杉山氏)