佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――トランプが米大統領選挙で勝ち、返り咲きました!
佐藤 「トランプ革命」ですね。
――革命! 民主的選挙でありましたが......。
佐藤 選挙による革命です。トランプの返り咲きによって、新しい革命のプロセスが始まったという意味です。
――本当ですか?
佐藤 今回の大統領選では、ハリス旋風がありましたね。
――はい、一大ブーム。誰もが史上初の女性の米大統領の誕生を予想していました。
佐藤 あれは虚構です。要するに、作られた旋風だったということです。
――な、なんと!!
佐藤 実はトランプの当選は今年の7月に決定していました。
――投票も開票も始まってないですよ。誰が決めたんですか?
佐藤 神様が決めました。
――7月13日、トランプは演説中に狙撃されました。数ミリでもその弾道が逸れていたら、トランプは射殺されていた......。神様がその瞬間、米大統領と決めた?
佐藤 そうです。神様がトランプを大統領に決めたので、米国のエスタブリッュメントたちはビビりあがっていました。
――米国のエリートたちは、ちゃんと神を畏(おそ)れるのですね。
佐藤 しかし彼らは、「神様は決めた事を覆すことができる!」という慢心に陥ったのです。
――罰当たりめ!!
佐藤 人口学者のエマニュエル・トッドが『西洋の敗北』という本を書いています。結構難しい本ですが、簡単に説明します。
――お願いします。
佐藤 まず、何事にも賞味期限があります。政治経済は50年、教育は500年です。
――教育は5世紀、食べられる......。
佐藤 そうです。いまの教育には基本的に、中世ヨーロッパの大学制度が残っています。
――確かに。
佐藤 しかし、日本の場合は寺子屋がいい例ですが、儒教的な感覚です。先輩を貴(たっと)ぶとか、そうした文化はずっと残っています。
そして、家族制度の賞味期限は5000年です。
――日本だと縄文時代からとなります。
佐藤 ただ、平等という概念が現代では普遍的な概念となっていますよね。
――はい。そりゃもちろんです。
佐藤 しかし、トッドに言わせると違います。平等というのは、ヨーロッパにおいてはフランスのパリ盆地とコートダジュール地方にしかない概念だ、と言うのです。
そのふたつの地域では、男女関係なく子供たちに平等に財産を相続していました。だから、財産がどんどんと細分化していったのです。しかし、フランス革命がたまたまパリで起こったことで、それが普遍的な現象となりました。
――なんと迷惑な革命!
佐藤 だから、日本とドイツでは家族制度とその平等が軋轢(あつれき)を起こしているんです。
日独は長子相続で父親に大きな権限があります。だから、兄弟は不平等です。しかし、弟妹が苦しい状況になれば、長子、つまり長男が彼らを助けます。そして、親の扶養をするのも長男の責務です。すると、逆に家庭内で再分配が出来ることになります。
また、英国では16~17歳になると、子供を家から出します。子供が困窮しても親は助けません。すると、社会福祉制度が整うという見方なのです。
――そもそも各国で違うのに、フランス革命が平等を世界標準としてしまった。
佐藤 と、世界での定説となっています。
しかし、トッドはその政治経済、教育だけでは現在の情勢、トランプ現象やトランプ革命、そして、ウクライナ戦争が読めないと説明しています。
――トランプ革命で平等が普遍でなくなり、ウクライナ戦争はもうすぐ終わりそうですが......。今後、さらに何か必要になってくるんですか?
佐藤 政治経済、教育に加えて、宗教を入れないとなりません。宗教は教育より長く影響を与えます。その賞味期限は家族制度の約半分、2500年程度です。
――そりゃまた長期間ですね。
佐藤 具体的に言うと、ユダヤ教が2800年、キリスト教が2000年、イスラム教が1400年、この世界に誕生してそれだけの月日がたっています。
――すると、キリスト教は賞味期限が切れています!
佐藤 さらに、ガリレオとコペルニクスの地動説、そしてマゼラン世界周航による地球球体説の実証もありました。
――地球が宇宙の中心でなく、さらに丸い球体だとわかってしまった。キリスト教の世界観が崩れました。
佐藤 だから、上にいる神が維持できないわけです。例えば日本から見て、ブラジルは下に位置します。そういうところに神様がいると、神様を全能だと思わなくなってしまいます。だから人々は19世紀以降、教会にだんだん行かなくなりました。
ただし、不倫はいけないとか、弱い人をいじめてはいけないとか、それから人間の生命は有限だから自分の使命を果たさないといけないとか、こういった価値観はいまだに残っています。
――確かに残っています。
佐藤 これをトッドは「ゾンビ・カトリシズム」「ゾンビ・プロテスタンティズム」、つまり「宗教のゾンビ化」と言っています。もはや自分たちは宗教を信じているとは思っていないものの、価値観では宗教的なモノがあるという状態です。日本だと、七五三やお宮参りなんかが当てはまりますよね。
――神道ですね。
佐藤 そうです。しかし、ヨーロッパにおいては21世紀に入ってから、そうした価値観も急速に崩れて、「宗教ゼロ」の状態になりました。
――その結果どうなったんですか?
佐藤 愛や信頼などはまったく信用できなくなり、金が全てを解決するようになりました。すると、金を持っている人間が偉い、となります。
それから、個体が全てだということになって、死んだらそれで終わりという考えが主流になっています。
――誠に刹那的であります。
佐藤 その結果、歴史への関心がなくなりました。これがいまの西洋です。だから、こういう西洋はもう先がないので敗北するということです。
――それが、トッドさんの新作『西洋の敗北』。なんか、自滅のような気もしますが......。
佐藤 西洋以外のロシアの場合、高等教育を受けている中で、エンジニアの割合は25%です。米国は8%なので、比較的多いということになります。つまり、ロシアにおいてはモノを作るということを生き甲斐に感じる人は、まだ評価されている。ロシア正教もゾンビ化していますが、キリスト教的な価値観はまだ生きています。
特に問題なのが、LGBTQですね。男と女は違います。手術して投薬すれば、男が女に、女が男になることは可能だとしていますが、それは嘘だとトッドは言っています。
しかし、その嘘がタブー化されてしまっている欧米では、あらゆるところで嘘が「真」のように捉えられるようになっています。こうした状況は「宗教ゼロ」の現状が如実に現れている証です。では、これらをトランプの選挙に当てはめてみましょう。
――どうはまるんですか?
佐藤 トランプはゾンビ化したプロテスタンティズムを本当に宗教として信じています。だから彼には、「神に選ばれて米国大統領になった」感覚があるんです。「自分の使命を果たすのが神の摂理だ」と言っていますよね。
――はい、確かに言っています。
佐藤 今年、トランプは聖書を作りました。元になったのはピルグリム・ファーザーズ(※)が、アメリカで広めた欽定訳聖書(1611年刊)です。それに米国独立宣言と米国憲法修正条項、国旗の前での宣誓文を入れて、こうした価値観であることを表明しました。ところが、ハリス支持者のエリートたちは「宗教ゼロ」の人たちなので、その聖書が単なる金儲けの道具としか見えていません。
トランプの暗殺未遂事件で、右耳に銃弾がかすった時も同じです。トランプが手を上げて「戦え!」と叫びましたが、「あいつはプロレスをやっていたから、その反射神経なんだよ」としか見ていない。
ハリスの支持者たちには「神に選ばれる」、そういった感覚が無いんです。あくまで「こんなのがあったらロクなことにならない」と考えるだけです。そこにあるのは自分たちの利権構造だけですからね。
――米大統領選挙では、いまの欧州にあるふたつの価値観による壮絶な戦いが繰り広げられた、ということですね。
佐藤 トランプは「私は低学歴の人たちが好きだ。そういう人たちが額に汗して働いている。その成果で米国が成り立っている」と公言しています。右から左に金を動かすだけで大金を稼ぐことをトランプは評価しません。
そのトランプの価値観には、ゾンビ化した宗教が残っています。そして、米国はやっぱり宗教国家です。だからトランプは、ゾンビ化してもその宗教を持っているアメリカ人の深層心理を刺激しました。
それに対して、ハリス陣営やハリスを支持しているのは、宗教も何も信じず、ニヒリズムで金と論理だけに生きている「エリートの米国」です。トランプとは相対する価値観ですよね。
伝統的なキリスト教の諸教派の人、中産階級の人たちは民主党をこれまで支持してきました。しかし、やはり手術と薬で性別が変えられるのは行き過ぎだとなって、トランプの支持に回ったわけです。
――なるほど。
佐藤 ただし、今回の選挙でトランプが大統領に当選したという見方をするのは、間違いです。
――何が間違えているんですか? 選挙で勝ち、当選したじゃないですか?
佐藤 違います。トランプは選挙によって当選した「王」です。
――王様! しかし、トランプは民主主義の根幹である選挙で選ばれましたよ?
佐藤 米国史の原点に帰った場合、実はあまりおかしくない話なんです。米国で大統領制度を導入する際、国内には「王にした方が良いんじゃないか」という意見がありました。
当時は初代大統領のワシントンが当選するのは自明だったので、「神聖ローマ帝国の選帝侯のような形で、ワシントン王にしたほうがいいんじゃないか」となっていたのです。しかし、やはり大統領の方が民主的だろうという考えで、大統領制度になりました。
――それで今回は「トランプ王」。その王は何から手を付けるんですか?
佐藤 まずは、司法権を超えることからですね。
「トランプ革命② 司法権を越えるトランプ王」へ続く。次回の配信は2024年12月6日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。