川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
大統領選挙を制し、第2次政権のメンバー集めに奔走するトランプ。徐々にそろってきた顔ぶれを見たら、「え!? その人がそこに!?」とびっくり仰天の人選ばかり......。彼にとってはドリームチームかもしれないけど、第1次政権よりもカオスになりそうな予感!!
念願の大統領返り咲きを果たし、1月20日の大統領就任式に向けて政権移行の準備を着々と進めるドナルド・トランプ。その新政権を支える主要スタッフの顔ぶれが徐々に明らかになってきた。
「まさにやりたい放題のメチャクチャな人事ですが、トランプから見たら『ドリームチーム』といえます」と語るのは、アメリカ現代政治が専門の国際政治学者、上智大学総合グローバル学部教授・前嶋和弘氏だ。
「彼が選んだ顔ぶれは何があっても自分に忠誠を尽くし、自分がやりたいことを分身のように動いて実現してくれる人物ばかり。2年後の中間選挙までに、バイデン政権がやってきたことを全部ひっくり返してやろうという意図がわかる人選です」
では、注目のポストを見ていこう。
「まずこの人事のヤバさが顕著に表れているのが、国防長官のピート・ヘグセス、保健福祉長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア、そして国家情報長官のトゥルシ・ギャバードの3人。
米国内ではこの3人に、当初トランプが司法長官に指名したものの、未成年女性との淫行疑惑が指摘されて辞退した前下院議員のマット・ゲーツも加えて、"クレイジー4"と呼ばれていました。その筆頭は、やはり保健福祉長官に指名されたロバート・F・ケネディ・ジュニアでしょう。
無所属での大統領選への立候補から一転、トランプ支援に回った名門ケネディ家の問題児で、反ワクチンをはじめとした筋金入りの陰謀論者です。
特に健康や医療に関する陰謀論が多く、『ワクチンを打つと体内に追跡用のチップを埋め込まれる』『新型コロナは白色人種と黒人を狙って人工的に作られた』『Wi-Fiの電波でがんになる』『銃乱射事件は抗うつ剤が原因』など、根拠のない陰謀論をまき散らしてきました。
そんな人物が食品医薬品局(FDA)や疾病対策センター(CDC)、国立衛生研究所(NIH)を監督することになるという、冗談でも笑えないような人事だと思います」
ちなみに今回の大統領選で圧勝したといわれるトランプだが、前嶋氏によると一般投票の得票率で比較するとハリスとの差はわずか1.6ポイントと、実は歴史的な接戦であったことが詳細な選挙結果の分析から見えてきたという。
「そう考えると、無所属の泡沫候補だったとはいえ、選挙戦の途中でロバート・F・ケネディ・ジュニアが撤退してトランプ支持へと回ったことの意味は大きい。1.6%の票が彼に投じられていた可能性もありますから。今回の指名は、そうした彼の貢献に対するご褒美なのだと思います」
実は、そんなロバート・F・ケネディ・ジュニアと同じぐらいヤバいといわれているのが、第2次トランプ政権で新設される「政府効率化省」のトップに指名されたイーロン・マスクだ。
「電気自動車のテスラ、アメリカの宇宙開発を支えるスペースX、さらにXやスターリンクで地球規模のインターネット通信網も牛耳る、世界で最も裕福な実業家がトランプ政権と結びつく。これは究極の利益相反であると同時に、かなり危険な話でもあると思います」と語るのは、アメリカ在住の作家、冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏だ。
今回の大統領選でトランプを全面的に支持し、選挙活動の支援に約2億ドル(約310億円)を投じたともいわれるイーロン・マスク。
「マスクの支援は、巨額の選挙資金だけでなく、激戦州での情報分析や無党派層の票を掘り起こすマーケティングなどでも大きな役割を果たしたはず。彼こそトランプ勝利の最大の立役者といってもいいかもしれません。
そのマスクが政権内で任されたのが『政府効率化省』という、これまで存在しなかった組織のトップですから、このポストの指名に議会上院の承認は必要がありません。
おそらく、政府業務の効率化、合理化、人員削減という名の下に、軍から各省庁まであらゆる政府機関にマスクの手を突っ込ませようとしているのでしょう。
効率化を口実に各省庁の抵抗勢力を排除し、人員を削減してAIに置き換えるのはマスクの得意とするところ。その先にあるのは、中国のようなサイバー監視社会かもしれません」(冷泉氏)
ちなみに、トランプから「ファーストレディ」ならぬ「ファーストバディ(相棒)」と呼ばれているというマスクはすでに「F35戦闘機のような時代遅れの金食い虫は廃止して、すべてドローンに切り替えるべき」「連邦政府予算を少なくとも2兆ドル削減できる」「2026年7月までに大幅な規制撤廃と政府職員の大幅削減を進める」などと発言し、就任前から存在感を強めている。
さらに、トランプとウクライナのゼレンスキー大統領やトルコのエルドアン大統領との会談にも同席。独自にロシアやイラン政府の関係者に接触するなど、外交にまで首を突っ込み始めているらしい。
続いて名前が挙がったのは国家情報長官に指名されているトゥルシ・ギャバードだ。
「彼女は元民主党の下院議員で共和党に鞍替えしてトランプ支持者になったのですが、実はこの人、以前からCIAに『ロシアのスパイ疑惑』でマークされている人物でして、ウクライナ問題に関してもロシア寄りの発言が目立つことで知られています。
そんなロシアのスパイかもしれない人物が、CIAやFBIなどの情報機関を束ねる国家情報長官というのも、これまた相当クレイジーな話。果たして議会上院は承認するのでしょうか?」(前嶋氏)
一方、「トランプ政権にとっての重要度でいえば、マット・ゲーツに代わり司法長官に指名されたパム・ボンディにも注目です」と指摘するのは冷泉氏。
「バイデン政権の下でさまざまな犯罪の容疑で起訴され、一部有罪判決も受けているトランプにとって司法長官というのは最重要ポストのひとつ。今回のトランプ政権ではなんとしても自分に絶対服従を誓う人物を司法長官にする必要があったはずです。
その第1候補だったゲーツが未成年への淫行疑惑を指摘され上院の承認を受けるのが難しくなったため、代わりに指名されたのが、前フロリダ州司法長官のボンディで、当然、彼女の役割もトランプの忠実なしもべであることに変わりはありません。
具体的に言えば、トランプを犯罪の容疑から守ることはもちろん、2021年1月の連邦議会襲撃事件で刑務所に収監されているトランプ支持者たちに恩赦を与え、これまでトランプの訴追に加わった司法関係者への"報復"にも加担する役割を担うことになるでしょう。
トランプは以前から『バイデンこそ犯罪者だ。ヤツを逮捕して必ずマグショット(逮捕された容疑者が撮影される写真のこと。トランプも起訴された際に撮影された)を撮ってやる!』と語っていますから、私はその最終的な目標が、バイデンやその家族を犯罪者として訴追し刑務所に送り込むことなのではないかと考えています」(冷泉氏)
トランプドリームチームの仰天人事はまだまだ続く。
国防長官に指名されたのは保守系メディアFOXニュースの元司会者ピート・ヘグセス。州兵としてアフガニスタンやイラクへの派兵経験はあるものの、軍や安全保障関連の要職を務めた経験はない。
「軍隊でのジェンダー平等に反対の立場で『女性を戦闘させるな』などと主張している人物ですが、実際は女癖の悪いおバカなイケメンテレビ司会者。国防長官としての彼の仕事は親分のトランプに批判的な軍幹部を排除することでしょうね」(冷泉氏)
ちなみに「国家安全保障担当」の大統領補佐官には、陸軍の特殊部隊「グリーンベレー」出身のマイケル・ウォルツを指名。バイデン政権のウクライナ支援に批判的な人物だといわれている。
「トランプならではのトンデモ人事でいえば、国境管理を担当する国土安全保障長官に指名されたクリスティ・ノームの存在も外せません。
現サウスダコタ州知事で、メキシコ国境の警備に州兵を送り込んだことでも知られる人物ですが、何より彼女はウソつきとしても有名(笑)。
『自分は金正恩と会ったことがある』と平気で出まかせを言ったりする。少し前には『ペットの愛犬が自分の子供を傷つけそうになったので、迷わず子供たちの前で犬を射殺した』と自慢していました」(前嶋氏)
トランプ政権らしい、ある意味"適材適所"な人事も。
「エネルギー問題や脱炭素に関連した重要ポストには、化石燃料の増産を目指すトランプの政策を実現するため『掘って掘って掘りまくれ!』トリオが指名されています。
まずエネルギー長官に石油・天然ガスの採掘企業を経営するクリス・ライト、環境保護局(EPA)長官には環境問題の素人で気候変動や温暖化などを信じていないリー・ゼルディン。
そして、国立公園や自然保護区を含む国有地の管理を担当する内務長官に指名されたダグ・バーガム。バーガムは保護指定の解除などの規制緩和で国有地での化石燃料採掘をサポートする役割を担う。そうすることで、化石燃料を掘って掘って掘りまくるアメリカを実現するわけです。
当然、バイデン政権で復帰した国際的な気候変動抑制への取り組み『パリ協定』からの再離脱も避けられないと思います」(前嶋氏)
それ以外に、教育長官にはプロレス団体WWEの元CEOで、現在はシンクタンク「アメリカファースト政策研究所」理事長のリンダ・マクマホン。
運輸長官には20代の頃、見知らぬ若い男女が共同生活するリアリティショーに出演していたショーン・ダフィーと、トランプ同様「テレビでおなじみの顔」が多いのも第2次トランプ政権の特徴だという。
これだけでもカオスになる予感がぷんぷんするトランプ政権だが、もちろん実力者もいる。例えば、国務長官には、かつて共和党内の良識派といわれていたマルコ・ルビオを指名。
16年の大統領選ではトランプのライバルで、トランプから公然と「チビ」呼ばわりされるなど屈辱的な扱いも受けてきたが、結局トランプに服従することで国務長官の要職をゲット。
同じく、国連大使に任命されたエリス・ステファニクもかつては共和党の良識派だったが、こちらもトランプ派になり出世の道を開いた転びトランプ派だ。
こう見ると、コントロール不能そうな混沌とした第2次トランプ政権だが、いったい誰が手綱を握るのか? 前嶋氏、冷泉氏がそろって名前を挙げたのは、次期副大統領のJ・D・ヴァンスとイーロン・マスクのふたりだ。
「次期副大統領のヴァンスがトランプ政権の頭脳であることは間違いないですが、イーロン・マスクも世界トップクラスの頭脳を持つ男です。
まず、そのふたりの利害が一致し、良好な関係を続けられるのか。仮にそれが可能なら、ヴァンスとマスクは『水戸黄門』の助さんと格さんのように両輪とってトランプ政権を支えるかもしれません。
また、このふたりほどの派手さはありませんが、大統領首席補佐官に指名されたスーザン・ワイルズと、次席補佐官に指名されたスティーブン・ミラーは、共にトランプの選挙対策本部を支えてきた中心人物で、ヴァンスとマスクが『表の助さん格さん』だとすれば、ワイルズとミラーはより実務的な部分を支える『裏の助さん格さん』的な役割を果たすことになるのだと思います」(前嶋氏)
おいおい、来年1月から4年にわたって、このチームがアメリカと世界の行く末を左右するってマジかよ......!
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。