川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
旧統一教会との関係や裏金問題で国民の強い批判を浴び、先の衆院選では15年ぶりに過半数割れに陥った自公政権。厳しい状況での船出を強いられた石破茂新総裁の下、果たして自民党の再生は可能なのか?
そうした中、今、国内外から静かな注目を集めているのが戦前はジャーナリストとして、戦後は政治家として活躍し、岸信介(のぶすけ)のライバルとして結党間もない自民党の総裁を務めた石橋湛山(いしばし・たんざん)だ。
自民党"保守本流"の源流ともいわれる石橋湛山の思想とはなんなのか?
90年代に細川(護煕[もりひろ])政権や自社さきがけ政権を支え、「湛山の孫弟子」を自任する元衆議院議員の田中秀征(しゅうせい)と、湛山に関する著作もある評論家の佐高信(まこと)の両氏が保守再生の可能性を"湛山イズム"に探るのが、本書『石橋湛山を語る いまよみがえる保守本流の真髄』だ。
――田中さんは本書の中で戦後の保守政治を、石橋湛山の流れを汲む"保守本流"と、岸信介に代表される"自民党本流"という、ふたつの大きな流れに分けて論じています。
田中 今の「自民党」は1955年の「保守合同」によって、当時の自由党と民主党が合流して誕生した政党です。
その中で、"保守本流"というのは1945年(昭和20年)に結成された「自由党」の流れを汲む人たちを指し、その多くが後の自民党「宏池会」(岸田派)へと引き継がれていく。
一方の"自民党本流"というのは私の造語ですが、こちらは岸信介が率いる「民主党」(1954年結成)の流れで後の「清和会」(安倍派)へとつながります。
ちなみに、55年の「保守合同」は岸の民主党が主導権を取る形で進んだのですが、56年の総裁選ではその岸にわずか7票差で石橋が勝利。
こうして首相となった石橋湛山ですが、不運にも病気のため、翌57年に首相在任期間わずか65日で退陣。代わりに首相となった岸がその後の1960年代にかけて自民党を主導することになります。
――ある意味、戦後政治の大きな分かれ目にも感じられる話ですが、同じ「保守」でも湛山の"保守本流"と岸の"自民党本流"では何が違うのでしょう?
田中 まず、明確に分かれるのは先の大戦を巡る歴史認識の違いです。先の戦争、植民地支配など戦前の国策を間違いだったと考えるのが"保守本流"で、特に湛山はジャーナリストだった戦前から「小日本主義」を唱え、日本の植民地支配を批判してきた。
そんな湛山にとっては「敗戦」も、戦前から続いた国策の過ちを断ち切り、希望に満ちた日本を再建するための出発点だと、前向きにとらえられていたのです。
一方、戦前の日本の国策を間違いだと認めたり、否定したりするのをためらうのが岸に代表される"自民党本流"で、その岸が主導して55年の結党時に採択された自民党の綱領には先の戦争に対する反省についてひと言も触れられておらず、新憲法を米国の押しつけ憲法と否定し、再軍備に道を開く「自主憲法制定」を前面に打ち出した綱領でした。当時、まだ中学生だった私もそのことに大きな衝撃を受けたのを覚えています。
佐高 田中さんは自民党の国会議員1年目に、この綱領を改正しようとして、怪文書攻撃を受けるなど、大変な目に遭ったんですよね。ちなみに両者は歴史認識だけでなく、経済政策の考え方も大きく違いますね。湛山の流れを汲む"保守本流"は「経済=国民の暮らしの向上」という経済観を基本にしている。
田中 そう。だから"自民党本流"の関心が「国家経済の動向」に向くのに対して、"保守本流"の関心は常に「国民生活」に向けられている。そうした湛山流の経済観は後に「所得倍増計画」を打ち出した池田勇人(はやと)や「生活大国の実現」を訴えた宮澤喜一ら、"保守本流"のリーダーたちに引き継がれてきました。
佐高 その意味で言うと、田中角栄も間違いなく湛山の後継者だと言えますね。
田中 一方で、"保守本流"の政治家たちは、社会の中には自分たちの自由で積極的な経済政策によって傷つく人たちがいることもわかっている。だから、そうした人々の問題に注目し、声を上げる存在としての「野党」の存在や、彼らの「理由ある異論」の大切さを理解していたんだと思う。
湛山の思想的後継者のひとりである宮澤喜一が当時、野党第1党だった社会党について「社会党というのは、なかったらわざわざつくらなきゃいけないぐらい必要な存在だ」と語っていたのも、"保守本流"の政治家が野党による異論を民主主義にとって、絶対に欠かせない大事な要素だと考えていたからです。
佐高 宮澤喜一さんは1965年に『社会党との対話』という本を書いているんだけど、今の感覚で言ったら自民党の政治家が『共産党との対話』って本を書くような話ですよ。
佐高 先ほど名前が挙がった田中角栄につながる話でいえば、もうひとつの大きな違いが「外交」に対する姿勢です。
岸の"自民党本流"は徹底的な「反共」(反共産主義)が根底にあるんですね。そのため「日本を共産主義の脅威から守るためには手段を選ばない」みたいな面があって、これが次第に自民党と旧統一教会や後の日本会議みたいな人たちを結びつけてゆくことになるわけです。
田中 それとは対照的に"保守本流"は共産主義を恐れていないんです。なぜなら、彼らは「自由な経済」の強さと可能性を信じていて、それが「共産主義の統制経済」に負けるはずなどないという確信と自信を持っていたからです。
だから、そうしたイデオロギーの違いを巡って他国と敵対したり戦争したりするよりも、自国が高い技術力や競争力を磨いて、世界を相手に広く貿易するほうが、結果的に国民生活を豊かにできると考えている。
佐高 田中角栄がアメリカの意向に反して日中国交回復を実現したり、日本のエネルギー資源確保を視野に第4次中東戦争でアラブ側についたりと、今のような"対米従属一本槍"ではない、外交的なオルタナティブ(対案)を選べたのも、そうした湛山の思想につながるものがありますよね。
――本書の中で、湛山の系譜に当たる池田勇人が、後に首相となる田中角栄、大平正芳、宮澤喜一らの後継者たちに「仮想敵国が攻めてきたときに武力によって日本を守るのが『表安保』だとしたら、その仮想敵国と友好関係を深めて戦争を回避するのが『裏安保』なんだ。君たちは裏安保をやれ」と語ったという逸話が紹介されていたのも非常に印象的でした。
田中 湛山は戦後間もない頃、吉田茂政権の大蔵大臣としてGHQと折衝する際にも、マッカーサーの占領軍に対してなんの萎縮もせず堂々と主張していたそうで、当時、随行して通訳を務めていた宮澤喜一さんが「本当にハラハラした」と言っていました。
後に首相となった宮澤さん自身も、日中国交正常化を実現した田中角栄もそうだけど、保守政治家であっても、アメリカに対して毅然とした態度で接するというのは"保守本流"の特徴かもしれない。
ちなみに、田中角栄は日中国交正常化交渉のために訪中する数日前、新宿区中落合にある湛山邸を訪問して、車椅子に乗った湛山と記念撮影をしているんだけど、あれは「裏安保」の実践に向けた一種のセレモニーだったんだと思います。
――本書の中で語られる"保守本流"の湛山イズムと、この10年余りの自民党の姿を見比べると、それが同じ政党で、同じ「保守主義」と呼ばれていたことに驚きを感じる読者も多いかもしれません。
そうした湛山イズムの保守主義はなぜ、自民党の中で衰退してしまったのでしょうか? そして今、国民の信頼を大きく失ったように見える自民党が、湛山イズムの「保守主義」によって再生する可能性はあるのでしょうか?
田中 かつての宏池会に代表されるような自民党"保守本流"が衰退した要因はいくつかありますが、直接的には「加藤の乱」(2000年に自民党の加藤紘一や山﨑拓らが中心となって起こした第2次森内閣の倒閣運動)で宏池会がバラバラになってしまったこと。
もうひとつは、野党の弱体化で、先ほど話したように、以前は自民党に対して、社会党というある程度強い野党が存在して、与党の自民党もそうした社会党が示す明確な異論も部分的に生かしてきたのに、小選挙区制の導入以来、強い野党が出現することが至難となっている。
小選挙区制によって政治家の質が大きく低下してしまった。特に世襲議員が増えたことの悪影響は大きくて、政治家の家に生まれたというだけで、能力も意欲もない人たちまで親の地盤や看板で当選して増えてゆく......。
そういう世襲議員も当選回数が1回とかで、党内に影響力を持たない間はいいけど、当選回数を重ねるうちに偉くなって、能力に疑いのある人が重要な役職を占めるようになると実害が大きくなる。
佐高 やはり今の選挙制度が邪魔している部分は大きいと思いますね、例えば比例で絶対得票率わずか2割の自民党が議席占有率6割! これって、全然民意を反映していないでしょ?
僕は田中さんが以前から主張している中選挙区連記制の導入しかないと思いますね。これをやれば絶対に景色が変わると思う。最近になって石破も「中選挙区連記制」と言い始めたけどね。石破って、以前はあれほど小選挙区制を推していたのに(笑)。
田中 最後にひと言。僕は若い頃から一貫して「保守」の立場で石橋湛山という人物とその思想に関心を持ち、宮澤喜一さんなど、直接、彼の薫陶を受けた政治家たちから数多くの湛山の言葉を聞いてきました。
この本を通じて若い世代にも湛山に興味を持ってもらい、今の自民党とは異なる「保守政治」の可能性を発見していただければうれしいですね。
●田中秀征(たなか・しゅうせい 84歳・右)
1940年生まれ、長野県出身。元衆議院議員。著書に『自民党本流と保守本流』(講談社)、『新装復刻 自民党解体論』『小選挙区制の弊害』(共に旬報社)、『平成史への証言』(朝日選書)など
●佐高 信(さたか・まこと 79歳・左)
1945年生まれ、山形県出身。評論家。経済誌編集長を経て執筆活動に入る。著書に『湛山除名』(岩波現代文庫)、『西山太吉 最後の告白』(集英社新書)、『お笑い維新劇場』(平凡社新書)など
■『石橋湛山を語る いまよみがえる保守本流の真髄』
集英社新書 1155円(税込)
元経済企画庁長官の田中秀征氏と、評論家の佐高信氏が対談形式で石橋湛山について語る一冊
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。