佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――前回の連載でのお話で、米国内の「トランプ王」の執政スタイルはわかりました。一方、以前エマニュエル・トッドの新刊『西洋の敗北』(文藝春秋)の内容を説明していただきましたが、敗北した西洋はどうなるのですか?
佐藤 ヨーロッパであり得るのは「ドイツのための選択肢」や、フランスならば「国民戦線」。こうしたものが無視できない力を持つようになっていきます。
――すなわち、各国の極右化ですか?
佐藤 そういうことです。ドイツとフランスは極右化します。そして、米国の主要なパートナーである米英同盟は不変です。その座組には独仏がいましたが、ウクライナ戦争によって独仏は外れ、ポーランドとウクライナに入れ替わりました。ウクライナ戦争以降は、米英、ポーランド、ウクライナ、この四ヵ国が極めて好戦的な枢軸となっています。
――すると、NATOは消滅でありますか?
佐藤 その可能性はあります。NATOよりも、英米、ポーランド、ウクライナに積極的に関わっていきたいヨーロッパの国はどれくらいあると思いますか?
――あまりいないかと。すると、ドイツに付くのか、フランスに付くのか......。
佐藤 そうはならず、固まりません。バラバラになります。
――NATOが誇った集団安全保障の力が全くなくなるのですか?
佐藤 はい。それから、ほとんどの国が国内政治にエネルギーを割かれます。
ポーランド、ウクライナは、政党政治が馴染まないので大統領の独裁制となるでしょう。二大政党が残るのは米英のみで、それ以外は全て小党分立となります。そして、過半数を超える政党はひとつもないという状態になっていきます。
実際、いまのベルギーや北欧はこれに近い状態です。社会のニーズが様々ですからね。日本もやがてそうなりますよ。
――21世紀の"東ローマ帝国"となった米国の「トランプ王」は、プーチン露大統領とどう関わっていくのですか?
佐藤 併存でしょうね。なので、両国の関係は改善されます。
――どう改善されるんですか?
佐藤 米国はウクライナから手を引き、あとはなすがままに任せます。「米国は無関係なので、ヨーロッパとロシアの間で均衡線を見つけて下さい」ということになります。
ヨーロッパは手を引けません。手を引いてしまえば、ヨーロッパまでロシアの影響が及ぶからです。そうなると簡単な話で、米国がポーランドとウクライナを推さなければ、あとはドイツ軍との力関係で自ずと均衡線が決まってきます。
――なるほど。
佐藤 そして、現在のウクライナの最大の問題は軍事ではなく、公務員給与と年金なのです。それらが税収で賄えないため、米国が出しています。しかし、米国はもう出したくないというのが本音です。
公務員の給与と年金が国家から出なくなったらどうなりますか?
――国家崩壊であります。
佐藤 そうです。だから、ウクライナが必死になって求めている金は軍事費ではありません。すでに払えなくなっている公務員給与と年金です。ゼレンスキーの主張は「お前たちの価値観のためにやっている戦争なんだから、ウチの公務員の給料と年金を全部払え」ということですからね。
それでバイデンは責任を持とうと資金援助しています。しかし、それに対してトランプは「てめえの国の公務員給与と年金はてめえの国で稼げ」と言っているわけです。
――米英、ポーランド、ウクライナという新しい枢軸は、「トランプ王」が現れるとそうはならない?
佐藤 なりませんね。だから、ワシントン~ロンドン~ワルシャワ~キーウ枢軸の崩壊です。
――すると、ポーランド、フィンランド、バルト三国は滅茶苦茶焦りませんか?
佐藤 はい、焦るでしょうね。
――東の大王様・プーチンがいらっしゃるわけでしょ?
佐藤 でも、ポーランドとバルト三国は面倒なので併合なんかしませんよ。ロシアはそこに関心がありません。
ウクライナだって、すでに必要な穀倉地帯と東部の軍算複合体はもう併合しています。あとは、黒海に面した地域を併合して、ウクライナを内陸国にすれば完成です。
――すると、ポーランドがギャーギャー騒いでも、間にベラルーシがあるから大丈夫、ということになるのですか?
佐藤 そういうことになります。しかし、ポーランドがカリーニングラード(リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの飛び地)を攻めたりする可能性はあります。
――その場合は、第二次世界大戦が始まったときのように、独露で東西からポーランドに攻め入ると。
佐藤 そういうことになります。ドイツとロシアは提携するでしょうね。
最近ドイツに行った知り合いから聞いたのですが、ハンブルクはホームレスで溢れていたそうです。やはり、息切れしているんですよ。エネルギーをいままでの4倍の値段で買わされているんですから当然です。
しかし、ロシアと提携してパイプラインがまた通るようになれば、エネルギー価格は1/4と格安になります。
――ということは、ヨーロッパ地域はいま限りなく戦争前夜ということですか?
佐藤 そうです。いや、すでにこれは「第三次世界大戦」ですよ。
――世界大戦だけど、戦場は敗北した西欧と、お隣の東欧。欧州大戦ですね。
佐藤 はい。例えば、11月15日にドイツのオラフ・ショルツ首相がプーチンと約2年ぶりに電話をしました。そろそろ手打ちにして、今後も連絡を取り合うつもりでしょう。
――独露の連携はすでに始まっている......。
佐藤 一方のプーチンは、「ロシアの安全保障分野における利益を考慮して、新たな領土の現実に基づいて最も重要なのは、紛争の根本原因を取り除くことだ」と主張しています。
――それは、「ウクライナをどうするか」ですか?
佐藤 そうです。ロシアが併合した4州の全域からウクライナ軍を追い出すということです。そして、ゼレンスキーはこの電話会談を「パンドラの箱を開けるようなものだ」と批判しました。この表現を聞くだけで、ゼレンスキーの教養の低さがわかりますよね。
――どの辺りですか?
佐藤 ギリシャ神話ではパンドラの箱を開けても、「最後の希望」が残るんですよ。
――「最後の希望」とは?
佐藤 正確に言えば、ギリシャ神話の原典を見ると、パンドラの箱を開けてから、これはまずいと思ってあわてて閉じるのですが、ほとんど中身が外に出てしまった。ただし、箱の中の予知能力だけは残りました。
それを解釈すると、予知能力があって、先に何が起きるか人間が全部わかってしまうと、希望を持てず絶望しかありません。だから、その予知ができないことで、「人間にとっては希望が残った」という意味で捉えられているんです。
なので例えるなら、この電話会談は予知とも関係なく厄災だけ広まる「希望なきパンドラの箱」だということです。
――なるほど。海を挟んだ英国ではボリス・ジョンソン元首相が、「米国が引くのならば、英軍が行く」と勇ましい御発言をなさっていました。
佐藤 英国にそんなことのできる国力は全然ありませんよ。常にどこかの国とくっ付いて、虚勢を張って、情報操作をして、国力以上の成果を得ている国ですからね。
――フランスはどうするんですか?
佐藤 フランスは結局、ヨーロッパでやらないといけない事が一杯という形で、ドイツのジュニアパートナーになるでしょう。だからロシアとの関係でも、別にロシアがパリまで攻めて来ることはありません。
――なるほど、理と利に適っています。
佐藤 そういったリアリズムをベースに、その立場で向かっていくことになるでしょうね。すると、力の均衡線で決まっていく典型的な帝国主義以外のゲームのルールに変わっていくのではないかと思います。
――かつてのローマ帝国、イタリアはどうすれば?
佐藤 ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相とほぼ同じです。そういう意味で、プーチンとの関係も良好だし、右翼政権になっています。イタリアのジョルジャ・メローニ首相は15歳の時からファシズム運動に参加しています。
――独伊二ヵ国同盟ですか?
佐藤 いや、イタリアは自分たちの国益を中心に動きます。だけど、ドイツのシュルツ政権はもう風前の灯ですよね。すると、やはり「ドイツのための選択肢」を担う政権が生まれる可能性があります。
――そのこっちとは右翼政権で、ロシアの方向を向いているのですか?
佐藤 そうですね。
――すると、ポーランドはドイツとウクライナに挟まれた怖い位置にいることになりませんか?
佐藤 大国ポーランドとしては、最初からウクライナなんてどうでもいいんですよ。対ロシア包囲網の中心にポーランドがなればよい。
――なんと! 非情の国際関係論であります。でも、ポーランドには「自分は大国である」という変な自意識がありますが、実際には何もない。
佐藤 そう、そういうところはありますね。それにつけても、これからの欧州情勢は一層、複雑怪奇な状況になっていきますよ。
――まさに西洋の敗北で、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する地域となりました。
佐藤 そんななかで国際政治に「トランプ王」が登場して、さらに面白くなりました。
――確かに。
「トランプ革命④ 日本も敗北なのか? 命運を握る石破首相......」へ続く。次回の配信は2024年12月20日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。