ダマスカスのウマイヤ広場に集まるシリアの反体制派と市民(写真:AFP=時事) ダマスカスのウマイヤ広場に集まるシリアの反体制派と市民(写真:AFP=時事)
12月8日、シリアの首都ダマスカス陥落のニュースが世界を騒がせた。アサド政権が崩壊し、中東の勢力図が様変わりしたのだ。シリアの反体制派はなぜあっさり政権を転覆させられたのか。これからのシリア、そして中東情勢はどう動くのか――。専門家に聞いた。

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事の始まりは11月27日。イスラム過激派の「シャーム解放機構」(以下、HTS)が、本拠地のシリア北西部イドリブ県からアレッポ県に侵攻開始した。

シリア政府軍側にはロシア軍(以下、露軍)、イランのイスラム革命防衛隊、そしてマフディー軍、ヒズボラ、シリア社会民族党、パレスチナ解放人民戦線総司令部がついている。

一方の反体制派に立っているのは、トルコが支援するクルド系シリア国民軍(SNA)、自由シリア軍、米国が支援するクルド系シリア民主軍(SDF)だ。

この群雄割拠の状態に乱戦が予想されたが、HTSがあっけなく首都ダマスカスに到達して勝利。わずか12日間の電撃戦となった。

多数の反体制派武装勢力がひしめくなかで、なぜHTSがダマスカスを制圧できたのか。HTSが仕掛けた電撃戦に関して、戦闘の局面から元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)がこう分析する。

「HTSを束ねるアブ・モハメド・アル・ジャウラニ司令官はバランスが取れていて、IS(イスラム国)のように捕虜を皆殺しにしたりしません。また、イドリブ県を治め、行政経験もあります。

そのHTSが本拠地イドリブから出撃し、隣のアレッポ県を攻略して30日に征圧しました。そこからダマスカスに向けて進撃開始するわけですが、その先のシリア軍の動き、イラン革命防衛隊の有無を偵察しながら一気に南下して、中部の主要都市ハマの攻略を開始しました」(二見氏)

「シャーム解放機構」(HTS)の指導者・ジャウラニ氏は、12日間の電撃戦で首都ダマスカスを落した(写真:AFP=時事) 「シャーム解放機構」(HTS)の指導者・ジャウラニ氏は、12日間の電撃戦で首都ダマスカスを落した(写真:AFP=時事)
その進撃路にはシリア軍がいて、その西側には露空海軍基地がある。

「これらの事前偵察では、政府軍支配地に潜んだHTS要員が情報収集を行ないました。HTSは数ヵ月前からドローン技術を学んでいます。さらにウクライナ軍からドローン150機とパイロット20名が来援し、上空から無人ドローンで偵察をしています。

そのドローン偵察によって、シリア軍、露軍の動きを掴み、イラン革命防衛隊の有無を見ながら南下しました。反政府武装勢力が小さな空軍とも言えるドローンを駆使して、電撃戦に成功した初のケースですね」(二見氏)

HTSは、アレッポからダマスカスまでの367kmを12日間で進撃している。

「陸自の師団は一日10km進撃しますから、かなり速い進軍です。防御するシリア軍は待ち受ける立場。勢いをつけて迫ってくる攻撃側のHTSの衝撃を受け止めて耐えなければなりません。

ここでは防御側の敵を通さないという強い心と連携が必要です。気持ちが緩み、敵を阻止する意志の弱い部隊は、攻撃部隊が少なくても衝撃力に耐えられず、防御戦に穴を空けてしまいます。組織で戦闘する防御陣地の一部が崩れれば、防御戦は早期に崩れる特性があります」(二見氏)

シリア地上軍の頼みの綱となる露空軍の空爆は、報道されているところで2回のみ。11月27日のアレッポ、12月1日のアレッポ、イドリブだけ。勢いは無い。

「さらに11月28日には、アサド大統領が一度姿を消しています。当然、最前線のシリア軍兵士は『俺たちは何のために戦うんだ?』と疑問を持ちます。そして頼りの露空軍空爆もわずかしかない。

その情報は戦線後方に行けば行くほど、尾ひれがついていきます。シリア軍兵士の中に厭戦気分が広がります」(二見氏)

そしてHTS進撃路の西側、レバノンからシリア軍を援護するための屈強なヒズボラ戦士が一向に出て来ない。

「ヒズボラは、イスラエルにほとんど潰されています。イラン自体もヒズボラ壊滅に近い状態で、地上軍である革命防衛隊を送り込むことは不可能。第一線で戦うシリア地上軍が降伏や逃亡した際の頼みの強力な反撃部隊。この場合、露軍はウクライナで地上兵力を抜くことができません。

どこからも援軍を望めない状況で、シリア軍は雪崩を起こすように崩壊しました。反政府軍を押さえ込むには10万人規模の増援が必要ですが、無理でした。そのため、12月5日にハマを征圧した時が戦闘の分水嶺でした」(二見氏)

アサド前大統領はロシアに向かって逃げるように亡命した(写真:Sputnik/共同通信イメージズ 「スプートニク」) アサド前大統領はロシアに向かって逃げるように亡命した(写真:Sputnik/共同通信イメージズ 「スプートニク」)
12月8日にHTSはダマスカスの入り口にあたるホムスを落すと、同日、181km先のダマスカスに到達し、勝利。

「この間のシリア軍は、もうお手上げ状態で無抵抗でした。シリア軍内には『アサドは逃げているし、君たちは何のために戦っているの?』との情報が乱舞。HTSは『HTSに投降してもシリア軍兵士は酷い目に合わない』という情報と抱き合わせた情報戦を続けました。その結果、電撃戦で勝利。中東で、独裁主義国家が非常に民主的な形で革命を治めた新しい形です」(二見氏)

恐怖のアサド独裁政権が崩壊し、歓喜に包まれた首都ダマスカス。市民たちは「シリアはひとつ、シリアはひとつ」と叫び続けた。

■なぜ反体制派武装勢力の中でHTSだったのか?

国際政治アナリストの菅原出氏は、HTSの電撃戦を国際政治から分析し、こう話す。

「HTSのトップ、アル・ジャウラニ司令官の基本は"シリアナショナリズム"で、グローバルなテロではありません。なので、アルカイダ、イスラム国との関係を切って、シリア政府に対する反政府勢力としてのアイデンティティで臨む姿勢です。

そうした背景もあって、トルコが自分たちのテリトリーを拡大させようとシリア北東部に進出した際、HTSは上手く連携してイドリブ県に来ました。そして、シリア内戦ではロシア軍が来援し、空爆開始。ヒズボラが戦士を1万人動員しシリア軍を訓練して、シリア政府有利となりました。

今、そのヒズボラがイスラエルに叩かれて壊滅状態。さらに空軍基地では露空軍が50機の戦闘機を配備していましたが、ウクライナ戦争以降は13機しかなく、稼働機は7機程度。力の空白ができればすかさず入っていく。その典型が今回のHTSです」(菅原氏)

まさに司馬遼太郎が描いた『国盗り物語』の21世紀版だ。戦国時代、美濃で斎藤道三が繰り広げた活躍を、イランで実現している。

「HTSのアル・ジャウラニ司令官は、旧政権要人と会談し政権移行に協力させ、すぐに暫定政権をつくりました。まずまずのスタートを切ったと思います。

さらに、犯罪に関与した旧アサド政権高官は追及されるが、一般の徴集兵には恩赦を与えると発表し、旧政権軍の兵士たちから武器を回収する作業も開始しました。この辺はスマートで賢くやっていると思います。

ただし、一部では旧アサド政権を支えたイスラム教アラウィ派の住民を襲ったり、旧政権幹部に復讐する動きなどが伝えられています。新政権の元で排除されたり、生きる術を失った旧政権の関係者は、抵抗し戦うしかなくなります」(菅原氏)

そうなれば旧政権残党による反乱部隊が誕生してしまう。しかし、シリア国内乱戦の兆候は違うところから始まった。

■シリア国内乱戦と核の恐怖

「12月8日、トルコが支援するシリア国民軍が、トルコ国境に近いクルド人支配都市のマンビジュでクルド人武装組織YPGを攻撃しました。10日にもコバニという別の町でYPGに激しい攻撃を仕掛けています。両戦闘ではトルコ空軍戦闘機が、地上部隊の進撃を空爆支援しました。

YPGの戦略的な重要性、つまり米国が今もYPGを支援し続けている理由は、YPGがISのテロリストたちの収容施設を管理しているからです。シリア北東部の中心には、ISのテロリスト9000名以上を収容する20ヵ所の施設があります。そこをYPGが警備、管理運営している。もちろん、その資金源は米国です。

今回、トルコがYPGを攻撃しましたが、YPGの司令官は米政府がトルコを止めないことに不満を表明しました。さらに、YPGとトルコが支援する武装グループとの戦闘が激化するなか、YPGの主要部隊は『ISの容疑者を収容している刑務所の警備から、戦闘員を前線に回さざるを得なくなった』と発表しました。これはYPGが米政府に対し、『われわれを見捨てるのであれば、ISのテロリストを野に放つぞ』という脅しです」(菅原氏)

トルコはなぜ、クルドに対して攻撃したのか。

「シリアの内戦は2011年に勃発しましたが、その頃のクルド勢力はシリア北東部のトルコとの国境沿いの地域をコントロールしているだけでした。しかし、今やシリア全土の3分の1を支配している。トルコはこれを押し戻そうとしています」(菅原氏)

しかし、それは米国が嫌がるはずだ。

「そうです。だから、これまでオバマ政権の時からバイデン政権に至るまで、クルドとの関係を維持し続けていました。

ただし、状況が変わったのは前トランプ政権の時です。トランプはトルコのエルドアン大統領ととても親しく、彼の話を聞いて『わかった。お前に任すから、我々は退くよ』と言ってしまいました。

米軍はトランプに『クルド民兵に任せている元IS戦士の収容所の管理ができなくなるので大変だ』と説明しましたが、トランプには理解不能。そこで米軍は『石油の利権が獲られます』と説明すると、トランプは乗せられて『石油は押さえないとダメだ』と言ってYPGとの関係を続けることにしました」(菅原氏)

つまり、クルド人民兵組織YPGは、「元IS兵士9000人を野に放つ」という"核兵器"を所持しているのだ。

しかし、トランプ次期大統領はトルコのエルドアン大統領に、再び「任せたぜ」と言いそうである。

「その可能性は高いですね。しかし、その"IS人間核兵器"より、アサド政権とヒズボラの壊滅で自国を守るものがなくなったイランが核兵器を開発する可能性がすごく高い。もしイランが核兵器開発を再開し、90%の濃縮ウランの製造なんかを始めれば、米国はイスラエルに核施設攻撃のゴーサインを出すと思いますよ。

来年3月にIAEA(国際原子力機関)の理事会があります。そこで、米国もイランの核に対して何らかの動きを見せないといけない方向になるでしょうね。すると、来年は間違いなく、イランの核問題がクローズアップされると思います」(菅原氏)

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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