シリア軍と秘密警察に見限られて、アサドの独裁は崩壊した(写真:Abd Rabbo Ammar/ABACA/共同通信イメージズ) シリア軍と秘密警察に見限られて、アサドの独裁は崩壊した(写真:Abd Rabbo Ammar/ABACA/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――シリアのアサド独裁政権の崩壊ですが、佐藤さんからいただいた資料によると、イスラエルの諜報機関・モサドもびっくりするくらいの出来事だったということで。

佐藤 そうです。だから、誰も想定していませんでした。

報道ではウクライナ軍との戦闘によって、ロシアからのシリア派兵兵力が少なくなったことがアサド政権崩壊の原因だと言われています。しかし、この見方は完全に間違っています。

シリア・アサド政権は、軍事力が不十分で国内統治ができなかったわけではありません。そして、ロシア軍もシリアの治安維持にあたっていたわけではありません。

ロシア軍(以下、露軍)は、IS(「イスラム国」)や自由シリア軍へのいわば"重し"でした。その露軍にとって、シリアにある空海軍基地はアフリカのマリ、ニジェールに出て行くための中継地としての役割を果たしています。だから、露軍とシリアの治安とは関係ないんです。

それから、「ヒズボラが弱くなったから」という言説もあります。しかし、シリアはヒズボラに統治を依頼していたわけではありません。ヒズボラのシリアへの関与は、イランに対する"場所貸し"です。ヒズボラにイランからの支援の通行路と地対空ミサイルの発射場所を与えているだけだということです。

――その場所はすでにイスラエル軍が押さえましたね。

佐藤 はい。すると何が問題かというと、シリアの軍隊も秘密警察も十二分に力があったはずなのに、わずか12日間で崩壊してしまったことです。そして、なぜそうなったかといえば、途中から軍も秘密警察も、反政府武装勢力に対して抵抗しなくなったからです。特に、首都・ダマスカス入城に関しては顕著でした。

これは要するに、正規軍と秘密警察がアサド大統領を見限ったということです。今回の危機が発生した時、軍の士気が低かったのは「こんなバカ(アサド)と付き合っていたら、大変なことになる」という認識になっていたからです。それで、首相以下全員がアサドを見限り、崩壊したということです。

――本来はすごく簡単だけど、それを難しく見てしまう、と。

佐藤 そもそも、シリアを見るポイントは、ネーションステイト(国民国家、またはひとつの民族で形成された国家)ではないということです。

アサドの独裁を支えていたのは少数派のアラウィー派でした。そして、このアラウィー派は、オスマン帝国解体によってフランスがシリアを統治するまで「被差別民」でした。フランスは、その植民地時代に被差別民だったアラウィー派に政治力を持たせる統治体制を選んだのです。だから、無理な統治体制が今に残っているのです。

そして、その少数派以外、シリアの大多数はキリスト教徒とイスラム教スンニ派です。つまり、アサド元政府軍は、アラウィー派というひとつグループにまとまりますが、あとはバラバラになるということです。

――となると、アサド独裁が崩壊した後のシリアはどうなるのですか?

佐藤 結局、カダフィ政権が崩壊したときのリビアのような内戦状態になってくると思いますよ。今回反体制の中心である「シャーム解放機構」(以下、HTS)の前身はアルカイダですからね。

なので、今回のアサド政権崩壊は、トルコが米国に対して焚きつけたというようなことでもありません。アサドは統治力に問題があるとして、軍と秘密警察に見放されたんです。

――HTSが「いまがチャンスだ!!」と思ってやった可能性はありませんか?

佐藤 逆に、いままでもそういった動きはたくさんあったと思いますよ。ところが、今回はシリア側の統率が本当にとれなくて滅茶苦茶な状態だったので、秘密警察と正規軍が見放したんだと思います。

ただし、露軍がしっかりしていて、本国からいつでも派兵できる余裕があれば、反体制派も警戒したと思います。確かに露軍が派兵できなかったことは遠因ではありますが、あくまで直接的な原因は、アサドに統治能力がなくなったということですね。

――すると、中心にアサドの統治能力喪失、その周りに軍・秘密警察が見捨てたこと。一番外側に遠く露軍。こんな三層の円形図にできますね。

佐藤 そうですね、そういう構図として見たらいいと思います。

ただ、全体としていえることは、アメリカの影響が弱まっていて、世界で持っている力、つまり、現実的な力での再編が起きているということです。

シリアにおいてはアサドたちの力が過大評価されていました。それが今回、現実の力の均衡線になったというだけのことです。

――それは、この連載でも言われている「世界のルールが変ってきた」、すなわち、暴力と言う「力」が加わった結果ですね。(参考:【#佐藤優のシン世界地図探索85】北朝鮮軍の「ウクライナ参戦」から変わる世界ゲームのルール【#佐藤優のシン世界地図探索88】トランプ革命③ 敗北した「西洋の惨状」

佐藤 そう、力の均衡で決まっていきます。それ自体は何にも不思議なことはありません。ただ、このゲームがシリアという国家単位でまとまって行われるならいいんですが、そうはならないでしょう。なので、リビア化する可能性があるのです。

――どんな戦国地図になるとお考えですか?

佐藤 北西部にはアラウィー派が固まっているから、そこが拠点になるでしょう。残りの地域では、まずスンナ派は地域毎に部族単位になるでしょうね。スンナ派は宗教で固まるには人数が多いからです。そしてキリスト教徒はキリスト教徒だけで固まっていきます。

――そして東側地域にクルド。

佐藤 その通りです。ポイントは、ロシアです。露軍が駐留しているタルトゥースの海軍基地を維持できるかどうかです。維持できる可能性は十分にあると思います。

――それは、北西部にいるアラウィー派とこれまで取引があるからですか?

佐藤 そこの部族にロシアが金を払って「海軍基地を置かせてくれ」と取引して、許可が出れば可能ですね。

むしろ、ロシアにとってはそのほうがメリットはあるかもしれません。まず、シリア全体を支援するより安上がりです。それにアサドのように自国民にサリンを使う、道義的な問題のある政権と付き合わないで済みますからね。

――そこの部族にとっては、大国ロシアにケツを持ってもらえるとなれば、絶対的な安全が保証されますね。

佐藤 当該地域の部族にとって、ロシアにケツ持ちしてもらえればメリットは大きいですよね。

――すると、その部族は「来てもいいよ」となる。

佐藤 その可能性はあります。しかし、全ては流動的だから現状ではわかりません。ただし、トランプはシリアに関与しないと言っています。そうなるとロシアから金が出る可能性は低くなります。

――すんなりロシアがいままで通り、基地を使うことになると......。

佐藤 バイデンが最後の悪あがきをするかもしれません。任期はまだ1ヵ月弱ありますから

――やりそうですね。

佐藤 自分の息子に恩赦を与えるくらいですからね。だから、アメリカがとりあえずロシアの基地を入れないように大金を与えれば、そっちに流れることもあり得ます。

――要するに、力の次は金。

佐藤 金は力に代替可能です。

――なるほど。

佐藤 そういうゲームになったんですよ。

――「地獄の沙汰も金次第」。この世の行方は力と代替可能な金次第と。

佐藤 そういうことです。

次回へ続く。次回の配信は2025年1月10日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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