石破首相は、果たしてトランプ次期大統領の信頼を得ることができるのだろうか? 石破首相は、果たしてトランプ次期大統領の信頼を得ることができるのだろうか?

1月20日に米大統領に就任するトランプ氏と石破首相の初会談にあたり、日本にとって外せない勝負ポイントは何なのか? そしてこのイベントで成果を出すために官邸がキーマンとみている人物とは? ていうか、性格も政治信念も全く反りが合わなそうなふたりだけど大丈夫!?

■トランプから見た石破首相の価値

昨年12月16日、ドナルド・トランプ氏は石破茂首相との初会談について、「彼ら(日本側)が望むなら」と述べた上で、1月20日の米大統領就任式前に行なう可能性があるとの意向を示した。

だが、それまでの石破首相に対するトランプ氏の対応は冷たかった。大統領選後の各国首脳との電話会談は、韓国・尹錫悦大統領の12分、仏・マクロン大統領の25分に対し、石破首相はわずか5分。

さらに、故・安倍晋三元首相が2016年に世界で最も早く、大統領選に勝利したトランプ氏と会談したのに倣い、石破首相も今回、11月の南米訪問時に会談を模索したが、「就任前に外国首脳とは会えない」と拒絶された。ただ、トランプ氏はアルゼンチン、カナダ、フランス、イタリア、ウクライナの各首脳とは精力的に会談している。

『日本外交の劣化』(文藝春秋)の著者で23年末に外務省を退官した前駐豪大使・山上信吾氏が、石破首相が敬遠された理由をこう説明する。

「まず、石破首相は選挙で敗北した政権のリーダーであること。先の衆院選で自公合わせても過半数に届かなかったことで、政策を実行する権限も信任も欠いた首相と見なされている。

また、石破首相が総裁選のときに掲げた『アジア版NATO』や、日米地位協定の改定などにはトランプ氏は無関心。さらに、石破首相は安倍元首相の政敵で、トランプ氏にとっては盟友・シンゾーの背後から弾を撃ち続けた人物。だから会談の必要はないと判断されたのでしょう」

では、なぜトランプ氏は就任式前の石破首相との会談に前向きな姿勢を示したのか?

「中国との対峙が最大の戦略課題であるトランプ次期政権にとって、中国の脅威に最前線で向き合い続ける日本との関係強化は欠かせないからでしょう。

ただ、トランプ氏が石破首相と会談してもいいと発言した前日、彼はフロリダ州の自邸で安倍元首相の妻、昭恵氏と面会しています。昭恵氏がトランプ氏になんらかの働きかけを行ない、石破・トランプ会談実現への流れをつくったのでしょう」

■頼りはやり手の通訳

首相周辺では、トランプ氏との会談に向け、着々と準備が進められているという。

「首脳会談では通常、どの議題について何を発言するか、相手の発言にどう応じるか、外務省が詳細な発言・応答要領を作成します」(山上氏)

ただ、アメリカ現代政治が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏は、トランプ氏との会談では「特別な対応が求められる」と指摘する。

「予測不可能な発言が多いトランプ氏に対しては、その性格や行動パターン、コミュニケーションの癖などを詳細にまとめた"取扱説明書"が外務省内で作成されています。

その取説には、トランプ氏の発言に異議がある場合でも直接『NO』とは言わず、いったん受け入れた上で、『こうしたほうが米国にとって得策です』といった代案を示す、という対応パターンが含まれているそうです。この取説に基づく発言や振る舞いが石破首相には求められるでしょう」

前嶋氏によれば24年8月、トランプ再選に備え、当時中国勤務だった外交官・高尾直氏が官邸の意向で外務省本省に呼び戻され、北米局日米地位協定室長に任命された。彼は安倍・トランプ会談のすべてを通訳した人物だ。山上氏は高尾氏をこう評する。

「私は外務省在籍中、彼が安倍元首相の通訳を務める場に何度も居合わせましたが、首相の発言を正確に訳出する技量は傑出している。

聞き取りやすさ、声の張り、テンポが秀逸で、彼が訳した英語はしばしば、安倍元首相が話す日本語よりも立派に聞こえました。トランプ氏も高尾氏を高く評価しており、外交が不得手な石破首相の弱点を補う上でも欠かせない存在です」

12月22日、石破首相は都内の教会でクリスマス礼拝に参加したが、そこには官邸のこんな意図があるという。

「石破首相はキリスト教プロテスタント長老派のクリスチャンで、トランプ氏も同じ長老派に属しているとされています。そこで官邸は異例の対応を取り、マスコミ各社に首相の礼拝のぶら下がり取材をさせ、その模様を大々的に報じさせました。

これは、トランプ氏との会談前に共通の宗派に属していることをアピールし、親近感を得る狙いが官邸と外務省にあったとみられます」(外務省関係者)

だが、前出の前嶋氏はこう顔を曇らせる。

「トランプ氏が数年前に長老派を離れ、現在は特定の宗派に属さないクリスチャンであることはアメリカではよく知られた話。

石破首相が長老派であることをアピールしたところで『そうなんだ』で終わる話ですし、受け取られ方が悪ければ、『俺がもう長老派じゃないことも知らないのか?』と不快に思われるリスクさえある。長老派の話題は出さないことが賢明でしょう」

外務省は会談に向け最高の通訳を用意したが、山上氏は石破首相の通訳泣かせな話し方に懸念を示す。

「アメリカ人の石破評には『convoluted』という言葉がよく使われます。『まわりくどい』という意味で、高尾氏の通訳レベルなら"石破話法"をうまく訳せるでしょうが、ロジックとしてのわかりづらさは変えようがない。長々とした説明を嫌い、結論を急ぎたがるトランプ氏にはミスマッチな話法です」

■成果を焦るトランプにどう対応する?

ところで、トランプ氏は石破首相との会談でどんな要求をしてくるだろうか?

11月の大統領選で、共和党トランプ候補は激戦州7州をすべて制し、上下両院選挙でも共和党が勝利。大統領職、上院、下院のいずれも共和党が多数派を占める、いわゆる「トリプルレッド」の状況となった。

前出の外務省関係者は「人事承認権(上院)と予算編成権(下院)を完全掌握したトランプ氏の思うがままに国政が進められる公算が大きい」と指摘する。

だが、その状況が長く続くわけではない。

「アメリカ憲法は大統領職の3選を禁止しており、この4年間がトランプ氏の最後の任期。そして通常、中間選挙では現政権与党が議席を減らすのが通例ですから、26年の中間選挙では、与野党で僅差の現状にある下院で民主党が逆転する可能性は低くない」(前出・山上氏)

そのためトランプ氏は、特に最初の2年間は全力で成果を上げようとしてくる。

「その圧力は、初の石破首相との会談でも如実に表れるかもしれません」(山上氏)

日米関係に詳しい国際ジャーナリストの小西克哉氏がこう続ける。

「ビジネスマン気質を持つトランプ氏だけに、経済や通商問題についてすぐにでも結果が見える具体的な要求をしてくるでしょう」

すでにメキシコやカナダからのすべての輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の追加関税を課す意向を示しているが、石破首相との会談の席で日本にも「10%程度の追加関税の話を持ちかけてくる可能性が高い」と小西氏はみる。

安全保障の分野で石破首相が最も警戒しなければならないのは「米軍駐留経費の増額要求」だと防衛ジャーナリストの半田滋氏は指摘する。

「トランプ氏は1期目に日本政府に対して米軍の駐留経費負担として年80億ドル(当時8600億円程度)を求めてきた過去があります。80億ドルはそれまでの4倍の水準で、あまりにも常識外れの額ですが、再び同じような法外な対日要求がトランプ氏の口から飛び出すかもしれません」

その際、石破首相はどう対応すればいいだろうか。

「現状、日本は『思いやり予算』を含む在日米軍関係経費として年間約6500億円を負担しています。その負担率は約75%にも達し、ドイツや韓国など、米軍基地を持つ他国の負担率(3~6割程度)と比べても突出している。

トランプ氏に対しては、まずこの実績をしっかり説明することが肝要です。その上で、できないことはできないとはっきり言う必要があるでしょう」

トランプ氏と対峙する石破首相にはこうした冷静沈着な対応力が求められている。

最後に、政府内で石破・トランプ会談のキーマンと目されている人物について、前出の外務省関係者がこう語る。

「国家安全保障を担当する長島昭久補佐官です。長島氏は昨年11月20日に訪米し、トランプ次期政権入りが見込まれる複数の共和党関係者と会談しました。

特に注目されるのがウィリアム・ハガティ上院議員との会談。彼はトランプ政権1期目で駐日大使を務めた人物で、トランプ氏に直接アクセスできる数少ない存在。

会談では、核兵器投入を含む拡大抑止の信頼性確保や防衛装備の共同開発、さらに日米韓協力の今後について突っ込んだ議論が交わされたようです」

首脳会談の早期実現に加え、トランプ陣営と密接なパイプを築く上で「長島氏の存在は極めて大きいと政府内ではみられている」という。

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