川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
ドナルド・トランプ次期大統領が、1月20日に就任する。長く続いているこのウクライナ・ロシア戦争を、複雑な力学を、彼は本当に終わらせられるのか――。
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2022年2月24日にロシアが全面的な軍事侵攻を開始してから、間もなく4年目を迎えようとしているウクライナ・ロシア(以下、ウ・ロ)戦争。アメリカの新大統領となるトランプは以前から「自分が大統領になれば24時間で停戦を実現させてみせる」と豪語してきた。
2025年に入ると、トランプはその目標を「6ヵ月以内」と後退させたが、自らの言葉どおり、この戦争を停戦に導くことができるのか? 停戦が実現する場合、その落としどころはどのようなものになるのか?
「停戦の実現はおそらく、トランプが考えているほど簡単ではないと思います」と語るのは、長年ロシアをウオッチしてきた軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏だ。
「そもそも、トランプがこれまで言っていた『ウ・ロ戦争を24時間で終わらせる』というのは、本当に1日で停戦させられるという意味ではなくて、自分が間に入ればベストな停戦案を出せるし、ウクライナもロシアも最終的には生き残りのために自分の停戦案をのむしかない、という楽観的な見方に基づいています」
では、大統領就任から、トランプは具体的にどう動くのか?
「就任してすぐに停戦案を出すと思います。すでにウ・ロ問題を担当する特使として、キース・ケロッグ元陸軍中将を指名しており、実はこの人がずっと前から停戦案を書いているんです」
「まず『①基本的に現状の戦局で戦闘を停止する』。加えて『②ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟は棚上げにする』。この2点が重要な項目です。とはいっても、これは停戦案としては極めて普通のことなんです。
今の状況で停戦を実現しようとする場合、どちらか一方に有利な停戦というのはありえませんから、ウクライナとロシアの双方がそれぞれ"一定の妥協"を受け入れる形で手を打つしかありません。
そう考えると、この停戦案自体は変ではない。トランプからしたら、停戦はプーチンもゼレンスキーも助かるはずだと考えたのでしょう。
ロシアも無駄な戦死者を出さなくて済むし、ロシア国内の経済も助かる。経済制裁の一部解除の可能性も出てくる。つまり、プーチン政権の基盤は安定するわけです。他方、ウクライナにしても戦闘継続は苦しいはずで、停戦すれば国家再建も助けてあげられる。
両者ともに助かるので停戦をのむだろうと、当初は簡単に考えたのでしょう。最近はそうでもないと少しはわかってきたようで、あまり停戦仲介の話をしなくなってきましたが」
実際、トランプの掲げたウ・ロ戦争の停戦目標は「就任24時間以内」から「6ヵ月以内」と変わった。しかし、それでもなお、ウクライナもロシアも、この停戦案をのむのは難しいという。
「『ロシアに占領された領土をすべて取り返すまで戦い続ける』と言っていたウクライナのゼレンスキー大統領からしたら、これまで最大の後ろ盾だったアメリカの大統領がトランプになったら支援が減ってヤバいというのはわかっている。
そのため、明言こそしないものの、領土の問題はある程度妥協してでも、戦後の安全保障を確保する方向に重点を移しており、NATOへの加盟を強く求めています。
ところが、仮に停戦が実現したとしても、念願のNATO加盟が棚上げになれば、将来戦力を立て直したプーチンが攻めてくる脅威が常にある状態。これは国家の存亡に関わる話ですから、ゼレンスキーとしても、さすがにそんな停戦案はのめません」
一方のロシアも、現時点ではこの停戦案を受け入れる可能性は低いという。
「実は、今から数ヵ月前にプーチンが停戦交渉のテーブルに着く条件について初めて言及していて、『クリミア半島とウクライナ東部・南部の4州全体からウクライナ軍が引き揚げ、未来永劫(えいごう)NATOには加盟しないと確約すれば、停戦交渉に応じることは可能だ』と言っている。
当初はキーウを陥落させて、ウクライナ全土をロシアのコントロール下に置こうと考えていたプーチンからすれば相当な妥協ですが、今はまだ、その4州のうち半分ちょっとしか取れていない。つまり、現時点の占領地域で停戦というのでは、プーチンのメンツが立ちません。
もちろん、ロシアの安全保障や国益といった現実的な観点でいえば、停戦を実現させるほうがいいはずですが、それをやめないのは100%プーチン個人のメンツの問題です」
慶應義塾大学准教授で安全保障問題に詳しい、国際政治学者の鶴岡路人氏も「ロシアをいかに譲歩させるかが焦点になる」と指摘する。
「バイデンに代わってトランプが大統領になれば、アメリカからはこれまでのようなウクライナ支援が続かず、現実的にウクライナは妥協せざるをえなくなる。結果的に戦争が終わるだろうと単純に考えている人もいるようです。
確かに、ウクライナに停戦の圧力をかけるのは簡単です。アメリカが『もう武器はやらないぞ』と言えば、それだけでかなり大きな圧力になりますから。しかし、現実にはウクライナだけでなく、ロシアにも譲歩させない限り、この戦争は終わりません。
その上、戦況という意味でいえば、今はロシアが非常に有利に戦いを進めていて、どんどんと占領地を広げている状況ですから、ロシア側に即時停戦を受け入れるインセンティブはない。戦争を長くやればやるほど、彼らの占領地が増えていくわけですから」
そして鶴岡氏は、「そんなロシアに譲歩させる力を持っている国が唯一あるとしたら、それはやはりアメリカしかない」と続ける。
「仮にトランプが2025年中の停戦を本気で実現したいと考えているのなら、アメリカがどれだけプーチンに圧力がかけられるか、その真剣さが問われることになる。やはり、アメリカがプーチンのロシアをどう動かせるのか?という点が最大の鍵になるのだろうと思います」
しかし、大量の武器や資金の供与を通じてウクライナを支援してきたバイデン政権の政策を、トランプ新大統領は一貫して批判してきたはず。ただでさえプーチンと親密といわれるトランプが、ロシアにさらなる妥協と停戦を受け入れさせるほどの圧力をかけることができるのか?
この点について鶴岡氏は「トランプが就任早々、ウクライナへの支援を即時停止したり、大幅に削減したりといった極端な政策変更に踏み切るとは決まっておらず、この問題に関する新政権の政策は、まだ定まっていないと考えるべきだ」と指摘する。
「トランプ個人が言っていることと、共和党で外交や安全保障を専門にする人たちの考えにはギャップがあります。
例えば、ウ・ロ問題の特使に指名されたケロッグ元陸軍中将は『アメリカがウクライナをガツンと支援して、ロシアに対して有利な立場にしてから停戦に持ち込むべき』ということも言っている。
こうした考え方は、共和党の中では別に珍しくありません。『ウクライナ支援は即時停止だ!』といった極端な人もいれば、『この際、ウクライナを徹底的に支援してロシアを負けさせるべきだ』と考える人もいるんです。
共和党内での政策議論は今後も続くはずですが、結局はトランプの考え方次第です。
トランプのことですから、ウ・ロ戦争の停戦実現を、政権の成果としてアピールしたいはず。だから、ウクライナとロシアの双方が彼の提示した停戦案を受け入れない場合、ウクライナだけでなく、ロシアに対してもなんらかの形で圧力を強めながら、プーチンにディールを仕掛けていく可能性はあるでしょう。
ウクライナのゼレンスキーもトランプの性格がわかっているので、就任前からトランプと接触し『アメリカは偉大で、あなたも偉大なリーダーだ!』と持ち上げて、ウクライナへの支援を継続してもらおうと必死です。トランプの言う『力による平和』に賛同して、『だからロシアを勝たせるような弱いアメリカではないはずだ』と、アメリカのプライドをくすぐるのです。
これはEU諸国も同様で、各国とも前回のトランプ政権時代の教訓からトランプの性格を学んでいます。敵対するのではなく、受け入れたフリをし、少しでも被害を少なくしようというアプローチです」
では、仮にそうした各国の涙ぐましい努力が実を結び、トランプのアメリカがロシアに一定の圧力をかけてプーチンを停戦交渉に引きずり出したとして、停戦後のウクライナの安全保障というもうひとつの難題はどうすればよいのだろうか?
「安定的にウクライナの安全が確保できる方策があるとしたら、ウクライナのNATO加盟しかないのですが、ロシアの猛反発は避けられないでしょう。
それに、『アメリカのNATO離脱』まで口にするトランプのアメリカに加えて、ハンガリーやドイツなども、ウクライナの加盟には反対です」
そんな中、ここにきてフランスなどから『ヨーロッパ数ヵ国による多国籍軍が停戦後の平和維持のためにウクライナに駐留する』という案も出ているという。
「もちろん、実現すれば良いアイデアですが、これも決して簡単ではない。ロシアにとって、国境を接するウクライナ領内にヨーロッパ諸国の部隊が駐留するのは、ある意味『NATO諸国部隊が駐留しない状態でのNATO加盟』よりも、イヤなことかもしれないからです。
とはいえ、停戦の実現が絵空事のようだったこれまでと比べれば、具体的に停戦に近づく年になるかもしれません」(鶴岡氏)
いずれにせよ、今年、ウ・ロ戦争の停戦を実現させるためには「トランプの本気度」が欠かせないというのは事実らしい。こうなったらお世辞でもおべっかでも使うから、よろしく頼みますよ大統領!
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。