電気自動車のテスラ、宇宙開発のスペースX、さらにスターリンクやXで地球規模のインターネットも牛耳る、最も裕福な実業家。

そんなイーロン・マスクが新トランプ政権の政府効率化省トップに任命されたが、すでにその影響力を発揮しているという。彼はホワイトハウスを乗っ取る気なのか?

■利用し合っているトランプとマスク

昨年の米大統領選では、圧倒的な資金力と情報力を生かしてトランプ勝利の立役者となったイーロン・マスク。トランプからは「マイ・ファースト・バディ」(俺の相棒)と呼ばれて、フロリダのトランプ邸を頻繁に訪れ、ウクライナのゼレンスキー大統領やイラン政府関係者などとの会談にも出席した。

また、トランプの肝いりで新設される組織「政府効率化省」(DOGE)のトップにも指名され「連邦政府の予算を30%削減する!」とDXによる大幅な合理化を宣言するなど、すでにトランプ政権の正式発足前から米政界への影響力を急激に増しつつあったようだ。

昨年末には、議会下院で民主・共和両党が協議を進めていた債務超過による連邦政府機関閉鎖を防ぐ「つなぎ予算案」にマスクが強く反対。結局、期限ギリギリに可決されて事なきを得たものの、否決されていれば、連邦政府機関職員の給与支払いやハリケーン災害被災地への支援が滞りかねなかったという。

こうしたマスクの横やりに対し、民主党の重鎮であるバーニー・サンダース上院議員は"マスク大統領さま"と皮肉を込めて強く批判。

それほど圧倒的な存在感を放っているマスクだが、電気自動車のテスラや宇宙開発のスペースX、スターリンクにXまで経営するITテック帝国の支配者は、この勢いのまま新トランプ政権まで乗っ取ってしまうのだろうか?

国際政治学者でアメリカ現代政治が専門の上智大学教授の前嶋和弘氏は、マスクの影響力が伸長している理由のひとつは「トランプの『懐刀』にスポッとハマったから」だと分析する。

「昨年の大統領選では『意見広告費』という名目でトランプの支持者に毎日100万ドル(約1億5000万円)をバラまいていたマスクは、その過程で有権者の情報を大量に収集。この超大な個人データの分析と活用がトランプ勝利の決め手になったともいわれています。

そんな功労者のマスクをトランプが重用し、新たに設けた政府効率化省のトップに指名したのは、仮に実現の可能性がなくても、マスクの主張する『予算30%削減』が、各省庁への圧力をかける道具として有効であり、また、減税や小さな政府を求める人たちの支持を得られるからでしょう。

もちろん、現実には国家予算の30%、額にして約2兆ドルものコストカットなど実現できるわけがないのですが、そんなことはどうでもよくて、要するに彼らが『ディープステート』と呼ぶ既得権益者たちと戦っているという印象を支持者にアピールできれば十分なのです。

また、その発言の過激さで何かと批判の対象となることの多いマスクですが、ポリコレや意識高い系リベラルが大嫌いで、女性蔑視的な価値観を持つ人も多いトランプ支持者の間では、マスクの問題発言がむしろ好感度アップにつながるケースも少なくない。トランプにとっても非常に便利な存在なのです」

イーロン・マスクは今回の大統領選でトランプに対し、選挙活動約2億ドル(約310億円)を投じたともいわれる。激戦州や無党派層の票の分析にも一役買った立役者 イーロン・マスクは今回の大統領選でトランプに対し、選挙活動約2億ドル(約310億円)を投じたともいわれる。激戦州や無党派層の票の分析にも一役買った立役者

一方で、アメリカ在住の作家でジャーナリストの冷泉彰彦氏は「イーロン・マスクの莫大な資金力がなければ、トランプファミリーは破産寸前だったはず」と指摘しつつ「両者の思惑は必ずしも一致していない」とみている。

「一般にはニューヨークの不動産王というイメージのトランプですが、トランプ一族のビジネスは借金だらけのボロボロで経営的に厳しい状態だったといわれていました。

ところが、大統領選でマスクの支援を受けるようになってから、トランプ一族の資金繰りも大幅に改善しているらしく、マスクの資金力やコネクションがトランプ一族にとって非常に重要な意味を持っているのは間違いありません。

ただし、トランプやその息子たちがマスクという天才が考えていることを、本当に理解しているかといえば、おそらく答えは『ノー』。彼らはマスクが考えている難しいことには興味もない。

マスクとしても、トランプの考えていることや主張に共感しているわけではなく、ただ自分の目的や利益のために利用しているだけなので、一見、蜜月状態に見えるトランプとマスクの関係も、実はお互いの力を利用し合っているだけのクールな共生関係なのだと思います」

■マスクの影響力は今がピーク?

だが、そこは明晰な頭脳を持つ天才のイーロン・マスクだ。この先、共生関係が一方的な寄生状態へと変わり、トランプを操り人形にしてホワイトハウスを乗っ取る恐れはないのだろうか?

前出の前嶋氏は「逆に、トランプ政権に対するマスクの影響力は今がピークの可能性がある」と語る。

「大統領選でトランプが勝利して以来、少しハイな状態にあるようにも見えるマスクですが、そんな彼のやりたい放題、言いたい放題の言動には、すでに国内外から反動も出始めています。

そもそも、スペースXというアメリカ安全保障にも関わる企業の経営者が政府の合理化を主導するなど、誰がどう見ても重大な利益相反ですし、マスクが自動運転などの規制緩和を主張している背景には、テスラの自動運転車が起こした死亡事故の法的な責任を問われることを恐れているからだともいわれています。

最近ではシリコンバレーで働くIT技術者など、高い専門知識を持った外国人に発給される『H-1Bビザ』を積極的に活用して、海外から優秀な外国人を集めるべきだと主張するマスクに対し、外国人労働者の受け入れや移民の流入を嫌う一部トランプ支持者が強く反発。

トランプとも親しく、第1次トランプ政権では当初、大統領首席戦略官を務めたスティーブン・バノンが『マスクは本物の悪党だ!』と批判するなど、トランプ支持者との溝も少しずつ表れてきている。

また、マスクは、ドイツでは現政権を批判している極右政党のAfD(ドイツのための選択肢)に多額の資金援助を行なったり、イギリスでも労働党政権のスターマー首相に関する誤情報を拡散しながら極右政党のリフォームUK(イギリス改革党)を支援したりと、資金力と情報力を駆使して欧州各国でも選挙や政治に介入し始めている。

そんなマスクに対してヨーロッパの主要国首脳は民主主義を破壊する行為だと強い怒りを表明。

こうした状況に民主党寄りのメディアはマスクを非難しています。一方の共和党寄りの保守系メディアは、応援しているのかといえばそうではなく、マスクについてはほとんど報道しません。トランプ支持者の間でも評価が割れているし、"触れぬが吉"だと考えているのでしょう」

■本当の右腕はヴァンス副大統領

もうひとつ注目すべきなのは、トランプ政権の副大統領で、マスクの登場以前は"トランプの右腕"と目されていたJ・D・ヴァンスの存在だ。

冷泉氏は「昨年末、マスクの反対で難航した連邦政府のつなぎ予算案が結果的になんとか成立したのも、その背後でヴァンスが調整に動いたためだといわれています」とその存在の大きさを語る。

「マスクがいかに天才でも、彼には"現実の政治"での経験がなく、実際にはヴァンスがトランプ政権でリアルな政治とのつなぎ役を担っている。

シリコンバレーの寵児であるマスクと、衰退した貧しいラストベルト地帯から苦労して這い上がってきたヴァンス。共に優れた頭脳を持ちながらも、対照的なバックグラウンドを持つふたりですが、最大の違いは、南アフリカ出身の移民であるマスクには憲法上、4年後の大統領選に出馬する権利はないこと。

トランプやマスクが派手な言動で世間を騒がせ、人々の興味を引いている間に、ヴァンスは着々と『4年後』を見据えているはずで、そうした政治的なしたたかさという面では、やはり、ヴァンスのほうが一枚上手なのではないでしょうか」

マスクの暴走を止めるストッパーとして期待されるヴァンス副大統領(左)。次期大統領選を見据えて、彼がマスクとどのような関係を構築するのか注目される マスクの暴走を止めるストッパーとして期待されるヴァンス副大統領(左)。次期大統領選を見据えて、彼がマスクとどのような関係を構築するのか注目される

前嶋氏も「昨年、私が話をした米共和党の関係者もほぼ例外なく『トランプの次はヴァンスだ』と口をそろえていましたし、ヴァンス自身もそう思っているはず」と指摘する。

「だから目立っているマスクに対してよけいなライバル心など抱くことなく、むしろ『そのうち落ちてくるから、利用できる間は利用しておこう』と考えているでしょう。

最近の『グリーンランド領有化』や『メキシコ湾をアメリカ湾に』といった乱暴な主張もそうですが、トランプ流の政治は、なんでもいいから争点化してそれによって生じた社会の分断をエネルギー源に、自らの権力を強めたり、ディール(交渉・取引)を有利に進めたりする。

マスクは、争点を生み出すことでトランプに集中しがちな批判を分散する、トランプ政権にとってかなり都合のいい道具でもあるのだと思います」

とはいえ、マスクの目的は目立つことで得られる影響力でもあるはず。トランプ、マスク、ヴァンス。誰が誰を利用していて、最後に笑うのは誰なのか。正解は4年後。

川喜田 研

川喜田 研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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