川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
1月20日、トランプが大統領に就任し、第2次政権の幕が開けた。前々日には花火が打ち上げられ、当日は存命の大統領経験者に各国の首脳、そして世界的IT企業の創設者たちがトランプを囲んだ。そんな派手で異例な就任式をアメリカ政治ウオッチャーはどう見た?
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1月20日(現地時間)、第47代アメリカ合衆国大統領の就任式が首都のワシントンD.C.で行なわれ、第2次トランプ政権が正式にスタートを切った。
通常は連邦議会議事堂前の広場で行なわれる大統領就任式だが、記録的な寒波の影響で40年ぶりの屋内開催に。
会場となった連邦議事堂内の「ロタンダ」と呼ばれる円形大広間にはメラニア夫人をはじめとしたトランプファミリーと、副大統領のJ・D・ヴァンスら第2次政権の主要メンバーに加え、バイデン前大統領、ハリス前副大統領、バラク・オバマ元大統領、ビル・クリントン元大統領とヒラリー・クリントン夫妻、アルゼンチンのミレイ大統領やイタリアのメローニ首相ら各国首脳も招待され、アメリカの同盟国である日本からも岩屋毅外務大臣が出席。
さらにはAppleのティム・クックCEO、Amazonのジェフ・ベゾス会長、METAのマーク・ザッカーバーグCEOといったITテック業界の大物やトランプの大口スポンサーが大集合し、「今日からアメリカの黄金時代が始まる! わが国は再び繁栄し、世界中で尊敬されるようになるだろう!」とブチ上げるトランプ新大統領の就任演説を見守った。
これから4年間、アメリカと世界を大きく左右することになる第2次トランプ政権の船出を、長年、アメリカ政治をウオッチしてきた国際政治学者で上智大学教授の前嶋和弘氏はどう見たのか?
「異例だらけの就任式は、まるで〝トランプ国王の戴冠式〟を見ているようでした。毎回、数十万人の大観衆が見守る大統領就任式は一見、盛大なイベントというイメージがあるかもしれせん。
しかし、通常、式典に招待されるのは各国の駐米大使ぐらいで、今回のように外国の首脳やビジネスマンが招待されるのは記憶にありません。
ちなみに、就任式に招待された外国の首脳や政治家たちの顔ぶれを見ると、トランプの熱烈なファンを自任するアルゼンチンのミレイ大統領やイタリアのメローニ首相など、主にトランプと相性の良い右派ポピュリストの首脳や、移民排斥に積極的な政治家が選ばれている。
ストレートに受け取れば、『俺と価値観を共有できるヤツは大事にしてやるぜ!』というトランプ大統領のメッセージなのでしょう。
一方で、出席は実現しませんでしたが、トランプが日頃から〝米国最大の敵〟と見なす中国の習近平国家主席もあえて招待したのは、中国と世界を二分する超大国アメリカ大統領としての威厳や器の大きさを見せつけたかったのだと思います。
また、今回の就任式には大統領選でトランプを支援したテスラのイーロン・マスクだけでなく、Apple、Amazon、META、Googleなど、民主党やリベラル寄りだといわれていたシリコンバレーの巨大IT企業の経営者が勢ぞろい。これらの企業が続々とトランプ大統領の足元にひざまずいている現状を、世界に印象づける絶好の機会となりました。
『メイク・アメリカ・グレート・アゲイン』が口癖のトランプですが、今回の就任式は、かつての地位に返り咲いた〝トランプ国王〟が『アイム・グレート・アゲイン』と世界に向けてアピールするための〝戴冠式〟だったという色合いが強かったように感じます」
では、その戴冠式でトランプが語った就任演説の内容はどうだったのだろう?
「まず、印象的だったのは、トランプ大統領の演説の中身にまったくと言っていいほど理念が感じられなかったこと。歴史的に大統領就任式の演説というのは、自分が4年間の任期で実現を目指す理念をアピールする場でした。
しかし、今回トランプが語ったのは、例によって『再びアメリカを偉大にする』『これからアメリカの黄金時代が来る』『今日からアメリカ国民は解放される』といった威勢のいい言葉ばかりで、理念はないに等しかった。
また、事前の報道では『アメリカ社会全体の融和を呼びかける演説をする』といった話もありましたが、結局は昨年の大統領選で自分の支持者向けの選挙公約としてアピールしていた内容となんら変わりがなかった。
具体的には『不法な犯罪者や移民の流入を防ぐため、南部の(メキシコ)国境に軍隊を派遣する』『外国製品の関税を引き上げて国民生活を豊かにする』『パリ協定を離脱して地球温暖化対策を転換し、化石燃料を掘って、掘って、掘りまくる!』といつもの主張を繰り返しました。
性的マイノリティなどの多様性を尊重するバイデン政権の政策を転換。『性別は男性と女性のふたつだけであることを、アメリカ政府の公式方針とする』など、真っぷたつに分断されたアメリカ社会でトランプを支持する49.9%(昨年の一般投票の得票率)に向けた話だけでした。
それ以外にも『メキシコ湾の名称をアメリカ湾に変える』『パナマ運河をアメリカのものにする』『北米最高峰の山、デナリの名称をマッキンリーに戻す』といった荒唐無稽な主張を繰り広げるなど、いずれも、これから4年間、アメリカ合衆国全体のリーダーとなる大統領の就任演説としては極めて異例な内容だと言わざるをえません。
とはいっても、ある程度は予想されていたことで、いかにもトランプらしい演説だったとも言えます」
ちなみに、この日、就任式が終わった後も「トランプ劇場」は終わらなかった。
晴れて新大統領となったトランプは、就任式を終えると、約2万人の支持者が待ち受ける大型アリーナに場所を移し、大観衆の前で次々と大統領令にサインするという前代未聞のパフォーマンスを披露。
その後、ホワイトハウスに戻ってからも、予告していたとおり、100を超える大量の大統領令に署名し続けたのだ。その中には国際的な気候変動対策の枠組みに関するパリ協定からの離脱や、WHO(世界保健機関)からの脱退といった、国際的にも大きな影響を与えるものや、イーロン・マスクをトップとする政府効率化省(DOGE)の新設、バイデン政権が出した78件の大統領令の取り消し、さらには、2021年の連邦議会襲撃事件に加わり、有罪判決を受けたほぼ全員に当たる約1600人への恩赦なども含まれていた。
「前回の17年の就任時にも、アメリカのTPP(環太平洋連携)協定離脱など初日から大統領令を乱発したトランプですが、就任初日にこれほど大量の大統領令を出すのは前代未聞。そこから透けて見えるのは、徹底した議会軽視という第2次政権の基本姿勢です」と前嶋氏は続ける。
「アメリカ合衆国憲法における大統領の本来の役割というのは、自分の考えた政策を議会に働きかけて説得し、その法制化を通じて実現することだと考えられています。
もちろん、憲法上、大統領には議会を通さずに『大統領令』を出す権限もありますが、その場合も大統領令には一定の法的根拠が求められますし、仮に大統領令が下されたとしても、その実現に必要な法整備を議会が承認しなければ政策は実現しない。
ところが、トランプの大統領令の中には明確な根拠が示されていないものもあり、不法移民の強制送還に関する大統領令に関していえば、1798年に作られた法律を無理やり法的な根拠にしたもの。日本がまだ江戸時代の頃の法律なんて大統領権限の乱用としか言いようがない。
ちなみに、就任初日から、これほど多くの大統領令を出すためには、トランプを背後から支える優秀なブレーンたちの存在があったはずですが、彼らもこうした大統領令がめちゃくちゃだと知りながら乱発しているのだと思います。
現在、アメリカの議会は上院、下院とも共和党が辛うじて多数を占めていますが、その差はアメリカ政治史上まれに見る僅差で、強力に見えるトランプ政権でも政策実現は思ったほど簡単ではない。
だからこそ、仮に実現の可能性が低くとも、自分の支持者たちが喜びそうな政策に、誰もがあきれるトンデモな主張も交えつつ、就任初日から人々の注目を集め、今のうちにトランプ政権への求心力を高めておこうという狙いがあるのではないでしょうか。
しかし、その効果がいつまで続くかはわからない。そう考えると、実はこの戴冠式が第2次トランプ政権のピークであり、これから続く長い長いレームダック(死に体)が始まる最初の日であるのかもしれません」
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。