メキシコ初の女性大統領クラウディア・シェインバウム メキシコ初の女性大統領クラウディア・シェインバウム

第2次トランプ政権が誕生してから、やたらと標的にされている隣国のメキシコ。しかし、そんなトランプの強気な発言にも萎縮せず、堂々とレスバトルを繰り広げている、同国初の女性大統領クラウディア・シェインバウムって何者!?

■トランプとは何もかも逆

就任以来、各国への威嚇外交を繰り広げるアメリカのトランプ大統領(78歳)。中でも特に目立つのが「メキシコ叩き」とも言える隣国メキシコへの強硬な姿勢だ。 

就任直後の1月20日にはメキシコ湾の名称を「アメリカ湾」に変更すると宣言。また、2月1日には、国境を越えて大量の不法移民やフェンタニルなどの合成麻薬がアメリカ国内に入り込んでいることを理由に、カナダとメキシコの全製品に対し25%の関税を課すという大統領令に署名した。

だが、そんなトランプの圧力にも屈せず、堂々と渡り合って注目を集めるのが、昨年10月に就任したメキシコ初の女性大統領、クラウディア・シェインバウム(62歳)だ。

トランプが「メキシコ政府は犯罪組織と癒着している!」と批判した際には、「根拠のない侮辱は許さない」と真っ向から反論。

メキシコ湾のアメリカ湾化宣言に対しては、17世紀の古地図を持ち出し「当時のように北米を『メキシカン・アメリカ』(スペイン語では「メヒコ・アメリカーナ」)と呼んではどうか」と皮肉たっぷりの逆提案をしてみせた。

当然、トランプが突きつけた25%関税に対しても、逆に報復関税を課す可能性をチラつかせながら「メキシコは対話や調整には応じるが屈服はしない!」と明言。

その後、トランプとの電話会談を経て、メキシコが1万人の兵士を国境管理のために派遣するという条件で、25%関税の発動を1ヵ月延期するという、アメリカ側の譲歩を引き出したのだ。

トランプ大統領 トランプ大統領

"狂犬トランプ"にもひるまない、そんなシェインバウムとはいったい何者なのか?

「ひと言で表現するなら、すべてがトランプと逆の人です」と語るのは、国際政治学者で上智大学教授の前嶋和弘氏だ。

「まず、トランプと違って彼女は論理的なインテリです。もともとはエネルギー工学の博士号を持つ物理学者で、有名なアメリカのローレンス・バークレー国立研究所での勤務経験もある。

2007年のノーベル平和賞を受賞した国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)にも参加した持続可能性社会の専門家ですから、『地球温暖化なんてウソっぱちだ』と主張するトランプとは対照的です。

その後、政界に転じ、2017年には首都のメキシコシティ市長に就任すると、環境政策や治安の改善、公共交通の整備による渋滞の緩和などで数々の実績を上げました。昨年の大統領選挙では6割近い得票率で圧勝してメキシコ初の女性大統領になった。

ちなみにシェインバウムはユダヤ系で、初のユダヤ系大統領というのも、カトリックが圧倒的なマジョリティを占めるメキシコでは特筆すべきこと。それでも彼女はガザやパレスチナの問題でイスラエル政府を強く非難しており、この点でもイスラエルとべったりのトランプとは真逆の立場を取っています」

メキシコ国内では右派も左派もトランプ批判で合致しており、彼と渡り合っているシェインバウムをほぼ全国民が支持しているという メキシコ国内では右派も左派もトランプ批判で合致しており、彼と渡り合っているシェインバウムをほぼ全国民が支持しているという

しかし、リベラル派な上に宗教的にもマイノリティの女性が大統領となると、国内で厳しい目にさらされそうだが......。

ラテンアメリカ研究者でジャーナリストの伊高浩昭氏は「シェインバウムはメキシコ国内で圧倒的に支持されている」と語る。

「実は彼女、まだ大学生だった頃から、当時メキシコシティ市庁の幹部だった前大統領のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールから目をかけられていた、いわば秘蔵っ子です。まず、彼は彼女をメキシコシティ市長に当選させ、将来的に最高指導者にさせることを視野に"帝王学"を授けました。

いまだに男性優位の風潮が強いメキシコで、しかも、ユダヤ系の彼女が6割近い得票率で大統領に選ばれたのには、メキシコシティ市長時代の実績に対する高い評価に加え、国民から人気が高かった前大統領の後継者だったことも理由としてあったのです」

前大統領のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏(右)が、大学生だった彼女に政治の才能を見いだし政界へと引き込ん 前大統領のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏(右)が、大学生だった彼女に政治の才能を見いだし政界へと引き込ん

しかし、そんな存在、右派メディアなどが黙っていないのでは?

「実は今、一連の『メキシコ叩き』への反発によって、トランプに対して強く臨む姿勢に、左派だけでなく保守的な財界を含む右派も彼女を支持する一体感が生まれています。

また、彼女が打ち出している、メキシコ経済の対外依存度を減らし自国経済の自立を促進する『メキシコ計画』も高評価につながっており、こと対米政策に関して言えば、ほとんどの国民が支持しているように見受けられます」

■なぜトランプはメキシコをいじめるの?

まるで水と油のように対照的なアメリカ、メキシコの両首脳。それにしてもなぜ、アメリカのトランプ政権は隣国であるメキシコ叩きにこれほど熱心なのか? 

その理由のひとつは、今やメキシコがアメリカ最大の輸入相手国となっているからだ。

1994年にアメリカ、カナダ、メキシコの3ヵ国の自由貿易協定、NAFTA(北米自由貿易協定)が発効して以来、自動車産業などを含む、アメリカの製造業がメキシコとカナダに流出......。

これに強い不満を抱いていたトランプは第1次トランプ政権時代の2018年にNAFTAを改定し「USMCA(米、メキシコ、カナダ協定)」と呼ばれる新たな自由貿易協定を両国と結んだ。

しかし、その後もアメリカの製造業の国外流出は止まらず、日本の自動車メーカーなどの海外資本も次々とメキシコに製造拠点を建設。メキシコからの輸入額は17~23年の6年間で52%も増加し、今や中国を抜いてアメリカ最大の輸入相手国となっているのだ。

前出の前嶋氏が語る。

「トランプが『ディール』と称して最初に脅しをかけるのは、中国やロシア、北朝鮮といったアメリカの敵対国ではなく、メキシコやカナダ、日本や韓国といった友好国・同盟国と、相場が決まっています。

なぜなら、そうしたアメリカの友好国は『脅せば簡単にぼったくることができる』と考えているからで、最大の輸入国であるお隣のメキシコを叩くのも、その思考によるものです」

メキシコを叩く理由の裏には中国の存在もある。

「トランプ政権がずっと敵視している中国製品がメキシコ経由でアメリカ国内に入り込んでいるんです。近年、多くの中国企業がメキシコにある製造拠点への投資に力を入れていて、トランプはメキシコが中国製品の実質的な迂回地になっていると批判。

今回の25%関税はあくまでも、メキシコ国境からアメリカに流入する不法移民や犯罪組織、違法薬物が理由ということになっていますが、メキシコとの通商問題は、トランプ政権にとって対中問題とも関連しており、26年に予定されているUSMCAの見直しに向けて、メキシコ側に揺さぶりをかけたいという意図もあるのだと思います」

■切っても切れないアメリカとメキシコ

一方、前出の伊高氏はシェインバウム大統領もそうしたトランプの狙いを把握した上で、中・長期的な視点でアメリカと向き合っているように見えると指摘する。

「まず歴史的に見て、メキシコはアメリカに対する恨みを抱えています。それは、1846~48年のアメリカ・メキシコ戦争に敗れた際にメキシコがスペインから引き継いだ当時の国土の北半分をアメリカに奪われたからです。

そんなわだかまりを抱えつつも、今や2国間の貿易総額は8000億ドルを超えるまでに膨れ上がり、経済的に互いが相手国の生産品に依存し、雇用も生んでいる。いわば、切っても切れない関係になっています」

第2次トランプ政権は最長でも4年。長い歴史から見れば一瞬とも言えるトランプ政権が、短期的な視点で相互に依存する2国間の関係性にメスを入れてしまえば、アメリカへの悪影響も避けられない。

「トランプがメキシコ産の製品に高い関税をかければ、それはメキシコ経済への打撃となるだけでなく、アメリカの経済や消費者にとっても、インフレの悪化など大きなマイナスをもたらすことになることは間違いありません。

頭が切れるシェインバウムはそのことをよくわかっているので、トランプの乱暴な挑発や脅しに対しても、簡単に屈したり感情的に反発したりするのではなく、クールに、シャープに、対応することを心がけているのでしょう」

アメリカの店頭に並ぶメキシコ産の製品。2国間の貿易額は約8000億ドルで、高い関税は両国に大ダメージ アメリカの店頭に並ぶメキシコ産の製品。2国間の貿易額は約8000億ドルで、高い関税は両国に大ダメージ

トランプは、麻薬カルテルの問題も短期的な視点で解決しようとしている。

「メキシコは麻薬生産大国ですが、その消費大国はアメリカ。需要と供給が一致している以上、メキシコだけにこの問題を押しつけても解決できません。

メキシコからアメリカには麻薬が、アメリカからメキシコには武器が密輸入される。それは結果的に麻薬カルテルの手に渡り、彼らの力を強めています」(伊高氏)

そのため、今回の「25%関税1ヵ月延期」という両国間の合意では、メキシコ側が国境警備に1万人規模の国家警備隊を動員するという条件に加え「アメリカ側がメキシコ国内の犯罪組織に向けた不正な銃器密売対策を強化する」という内容も盛り込まれている。

しかし、両国の圧倒的な経済力の差を考えれば、この先、シェインバウムがトランプのアメリカに抵抗し続けられるという保証はない。

今は国民の熱烈な支持を集めるシェインバウムについても「今はトランプから必死に距離を置こうとしているが、それも単なるポーズに過ぎず、メキシコがアメリカに依存しているという現実を考えれば、結局はアメリカの言いなりになるしかないと思う」(メキシコシティ在住の女性・50代)といった現実的な見方もある。

それでも、シェインバウムは中南米諸国との連帯を強めており、本気でトランプのアメリカに対抗しようとしている。すぐ南のメキシコに圧倒的な支持率のシェインバウム大統領がいることは、傍若無人のトランプに対するいい歯止めになるかも?

川喜田 研

川喜田 研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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