![佐藤優](/author/images/sato_masaru00.jpg)
佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
民の王・トランプは、カナダのトルドー首相を辞任させたのか?(写真:EPA=時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――いただいた資料を拝見しました。そこでは、王には「貴族が選んだ王」「民によって選ばれた王」の2種類があると。そして、「貴族が選んだ王」は「自分は貴族だから王と同等だな」と思ってしまうからその王には権力がない。一方、「民に選ばれた王」は権力を持つとありました。トランプは、「民によって選ばれた王」ですか?
佐藤 そうです。
――すると、すごく強い。
佐藤 民によって選ばれた王だから、貴族に遠慮しないでいいわけですよ。
――ゆえにGAFAの連中がトランプの就任式にものすごい金額の寄付をしているのですね。さらにMeta社はフェイスブック、インスタグラムのファクトチェックを止めましたからね。
メタの創業者で、会長兼CEOのマーク・ザッカ―バーグに対して、トランプ王は「残りの一生を刑務所で過ごすかシャバで暮らすの、どっちがいい?」と圧力をかけています。
佐藤 「金持ち喧嘩せず」ですから、みな素直に従いますよ。だから、巨大企業はアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置:不平等や差別を積極的に是正する行動)もやめましたよね。
――はい。マクドナルドも「多様性目標をやめました」となりましたからね。みな、いきなり王の言う事を聞き始めています。
佐藤 以前、トランプが大統領に返り咲いたら「みな、トランプ派になる」と予想していましたよね。
――はい、その通りになりました。「王党派」でありますね。
佐藤 そうです。
――現代の貴族と思っていたGAFAのトップ連中を「お前たち」と言い下し、全て言う事を聞かせる。まさに絶対王権であります。
佐藤 かつ、それで民衆を味方に付けることができるから、だからトランプは強いんですよ。
トランプが恐れないといけないのは暗殺です。暗殺以外はトランプの向かうところ敵なしの状態ですが、民の中に交わっていくタイプの政治家は、演説が好きなので暗殺の可能性は常にあります。穴倉に住み、「姿を見せない」と言っている金正恩みたいになれば、暗殺の可能性は低いんですがね。
――しかし、姿を隠していると"民の王"にはなれない。
佐藤 はい。だから、そこが問題ですよね。
――ところでトランプ王は昨年末、「カナダは米国の51番目の州になればいいんだよ」と言い始め、その後、隣国カナダのジャスティン・トルドー首相は辞任しました。これは、トランプ王の余波でありますか?
佐藤 カナダ統合論は、安全保障以前からあるんですよ。アラスカと繋げたいからです。もちろん、カナダは必死になって抵抗しますけどね。そもそもカナダは、いつ独立したと思いますか?
――知らないですね。
佐藤 1931年に英国から独立しました。
――第二次大戦の少し前じゃないですか。
佐藤 そうです。だから、第一次大戦ではカナダ軍ではなく、英軍として参加しているんです。
――なんでまた、そんなに遅い独立なんですか?
佐藤 結局カナダという国は、反米国家だからです。
――えっ!? そうなんですか?
佐藤 英国からアメリカに渡って来た人たちがいます。ピルグリム・ファーザーズをはじめとするプロテスタントの人たち、それから王党派にカトリック。
王党派はアメリカ革命に反対してカナダに逃げたわけです。また、カナダのケベック州のフランス人は、フランス革命に反対している王党派の人達でした。
なので、そういう意味ではカナダは、アメリカと構造的に対立関係にある国なんですよ。
――一番近い反米国家がカナダと!?
佐藤 そうです。だから歴史的に「我々はアメリカ人とは違う」という矜持があるわけです。カナダはアメリカで生きていけないから生まれた国なのです。
しかしトランプはそういった経緯を知らないので、平気でああいう事が言えるんですね。
――トランプの「知らないから言ってしまう攻撃」ですね。
佐藤 常識的に考えれば、大国のアメリカと一緒にいたほうがカナダにとっても大きなメリットがあるんですよ。
――はい。
佐藤 例えば、カナダがどれくらいアメリカと違うかを説明しましょう。
――お願いします。
佐藤 アメリカの大学は年間授業料が平均約1200万円。カナダはいくらだと思いますか?
――同じ北米大陸だから1000万円前後ですか?
佐藤 カナダでは年間約140万円です。8割以上違います。
だから、カナダに留学する日本人も多いんです。自己資金で行きやすいですから。それで、教育の内容はほぼ一緒です。そのあたりの事情がよくわかっている学生はカナダに留学して、旅行でアメリカに行きます。
――なぜそんなに大学の授業料が安価なのですか?
佐藤 政府が金を出しているからです。つまり、カナダは新自由主義政策をとっていません。なので、アメリカの51番目の州になる事に対して必死になって抵抗するんですよ。
――佐藤さんのロシアの親友、アレクサンドル・カザコフさんが書いた『ウラジミール・プーチンの大戦略』(東京堂出版)で、プーチンについて「国際社会には、ゲームを作る国家と、他国が作ったゲームに従う国家しかないという認識」であると記しています。
仮に北米大陸の「ゲームを作る国家がアメリカだとすると、そのゲームに従うのはカナダとなるのですか?
佐藤 ただしカナダの場合には、後ろにヨーロッパが付いています。それは「アメリカのゲームのルールに関して、カナダの死活的な利益に関しては従わない」という力が維持されているということです。
その意味ではゲームは形成できないのだけれども、カナダはアメリカのゲームに従わない部分があるという特異点を持っているんです。日本もそうですよね?
――そうなんですか?
佐藤 日本にはゲームを作る力がありますよ。アメリカの言う事を聞かない力もあります。実際にウクライナには、殺傷能力のある装備品を出していませんよね。カナダに関していっても、非常に特殊な国だといえるのです。
――カナダはアメリカのゲームに従わないのですか?
佐藤 いや、ほとんど従います。
――9割くらいですか?
佐藤 99%です。ほとんど従うけれどアメリカの併合だけは聞けません、ということです。
――もしトランプがカナダ独立のバックグラウンドを知っていたら、あんな滅茶苦茶な事は......。
佐藤 言わなかったでしょうね。
――なんでトランプはああいうことを言っちゃうんですか?
佐藤 まず、1931年まで英国の一部として、アメリカに対抗していますからね。
そしてトランプの強さは、安倍(晋三)さんが私に話した件ですよ。以前の連載で話しましたが、トランプは日露戦争をそもそも知らなかったという話です。
――トランプが知っている歴史とは、いつぐらいのことからなんですかね?
佐藤 いつというより、自分の関心のある範囲だけでしょう。
――ベトナム戦争は?
佐藤 ジョン・マケイン(※)が「捕虜になっても頑張った」と言うと、トランプは「捕虜にならなければもっと立派だったけどな」って返したそうですよ(笑)。さすがにベトナム戦争は知っているでしょうね。
※アメリカの政治家。海軍に入隊し、ベトナム戦争に派遣。5年以上の捕虜生活から帰還し、"ベトナム戦争の英雄"とも呼ばれた。2018年没
――素晴らしいくらいに無茶苦茶です。
佐藤 だから、本当にモノをよく知らないんですよ。
――でも、よく知らないけど、何か言うと何かが動き始めることは確かなんですね。
佐藤 そうですね。
――結局、トルドー首相が辞めたのはトランプ就任の余波なのですか?
佐藤 それは関係ありません。
――でも、トランプ本人は「俺が辞めさせたんだ」と思っているんですかね?
佐藤 それはないと思います。トランプはトルドーなんかゲーム外の人物と見ています。
次回へ続く。次回の配信は2025年2月21日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。