石破首相にとって初のトランプ大統領との首脳会談はおおむね成功だったと評価されている。しかし、通商面での本当の勝負はこれからだ 石破首相にとって初のトランプ大統領との首脳会談はおおむね成功だったと評価されている。しかし、通商面での本当の勝負はこれからだ
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「ドナルド・トランプ」について。

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『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』には驚いた。トランプ米大統領の1970年代から80年代中盤までのビジネス史を描いた映画だ。1月下旬の平日なのに劇場は満員。トランプを愛している、または嫌っている両陣営が観(み)に来ていた。

内容がまためちゃくちゃ面白かった。若くウブで、親の不動産会社で働く副社長だったトランプがいかに変容していったか。

キーはトランプの師にあたる弁護士ロイ・コーンで、ビジネス必勝の3法則を伝授する。①攻撃を続けること、②非を認めないこと、③勝利を主張し続けること。わはは。まさに、ずっと続いてきたトランプの実践そのものだ。

映画のクライマックスは2箇所ある。

ひとつは、作家トニー・シュウォーツに金を払って自分をインタビューさせ自伝を書かせるとき、「ダ・ヴィンチに、なぜモナリザを描くかなんて訊(き)かないだろう」と答え、自分がただただビジネス取引を愛していると伝えるシーン。人間は動物だから本能的に勝ちたい、取引でも上手(うま)くやって自慢したいというのだ。

そして、最初の妻イバナ・ゼルニーチコバーとの初めてのデート。彼女から酒を飲まないのかと訊かれた際、「感覚が狂うものが嫌いだ」と答えている。

あっ、と思った。破天荒な人物=酒を飲む、というイメージを私は持っていたが、トランプは酒を飲まないことで知られる。この映画を観て理解した。酒を飲んで騒ぐエクスタシーなど、取引で勝つ昂奮(こうふん)に比べたらなんてことないのだ。トランプは勝利に取り憑(つ)かれている。

先日、石破茂首相とトランプ大統領は米国で首脳会談を行い、日米共同声明を発表した。安全保障、サプライチェーン強靱(きょうじん)化、LNG取引の増加などエネルギー問題、台湾問題から、北朝鮮への対抗まで。石破首相は1兆ドル規模の対米投資を説明し、いすゞ自動車の米国新工場についても伝えた。USスチールの問題も前進するようだ。

会談は友好的なムードで、記者会見後に握手がないのは気になったが、事前に日本で心配されたような大惨事にはならず、一定の成果はあったといえる。

先ほど紹介した作家シュウォーツの手による自伝の邦題は『トランプ自伝:アメリカを変える男』だが、原題は『Trump:The Art of the Deal』(取引の芸術)だった(米国で1987年、邦訳は88年発売)。

今回の日米首脳会談後、ニューヨーク・タイムズはそれをもじったのか、石破首相の写真を載せて「the Art of Flattery」(お世辞の芸術)を発揮したと書いた。他国の首脳からも、ジャイアンに媚びるスネ夫じゃないか、というような批判があった。日本人として読んでいられなかった。

ただ、ではなぜトランプに対して誰もがお世辞を繰り返すのか。そりゃリターンを求めた合理的行動だ。

映画や自伝によると、トランプは家族内でも勝とうとした。同盟国への関税も躊躇(ちゅうちょ)しない。私たちは、トランプが「とりあえず勝つ」ことに執念を燃やしていると知る必要がある。

トランプ就任前に決まっていた米国への投資案件を集めて提示しよう。そして、その額を何倍かに膨らませて伝えよう。「トランプさんの勝利だ」と。そんな額を投資できないはずだといわれても、否定すればいい。みんなすぐに忘れる。それに「非を認めなけりゃいい」からね。

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坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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