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佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
石破首相が就任してから、日本は一気に中国との関係改善に動いた(写真:中国通信/時事通信フォト)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――ロシアでの佐藤さんの親友、アレクサンドル・カザコフ氏(愛称サーシャ)が書いた『ウラジーミル・プーチンの大戦略』(東京堂出版)の中に、「ユーラシア空間においてゲームを構築する側の国家に留まるというのがプーチン氏の基本哲学だ」とあります。この理論で考えると、「ユーラシア大陸のゲームを作る国家はロシアだ」で正しいですか?
佐藤 正しいです。
――すると極東では、中国がこのゲームを作る国家になるのでしょうか? そして、もし中国がそのゲームを作る国家だとすると、日本はゲームに従う国家になるしかないのですか?
佐藤 日本もそのゲームを作れます。世界でゲームを作れる国家は日米中露です。そして、その四カ国は競合しています。だから、一方的にどこかの国家がゲームのルールを作ることはできません。折り合いを付けて「共同ゲーム」にしないとならないのです。
――じゃあ、日本列島の周りは世界で一番ややこしい場所じゃないですか。
佐藤 その通りです。そして、そのややこしさが一番集約されているのが朝鮮半島です。だから東西冷戦時に朝鮮戦争がそこであったわけですよ。
――そんななか日本は、ウクライナ戦争の間もロシアの天然ガスを買い、ウクライナに武器をひとつもやらずにうまく乗り越えてきたわけですよね。
佐藤 その通りです。今後、アメリカと中国は喧嘩を始める可能性があります。それを見越して中国との関係を改善し、中国と喧嘩せずに済む仕組みを作っているわけです。
――なるほど。いただいた資料には「日本が中国との関係を改善すると、台湾有事を避けることになる」といった記述がありました。この論理がミリタリーマニアの自分にはわかりません。ご指南願います。
佐藤 まず考えてほしいのは、「なぜ台湾危機が起きるのか」、です。
――中国が台湾に侵攻して、奪取しようとするからです。
佐藤 ではなんで台湾を取ろうとしているんでしょうか? なぜ台湾海峡で危機が起きるのですか?
――中国が台湾に侵攻するからです。あれ? 同じところに戻っていますね。すみません。
佐藤 それは、ウクライナの次が台湾海峡だと騒ぎだしただけじゃないですか? イレレバント(見当違い)じゃないですか? 全く関係ないと思いませんか?
――なぜそうなるのですか?
佐藤 簡単な話です。台湾の半分は国民党を支持しています。そして、その国民党は中国と一緒にやりたいと思っています。中国としてはロシアが戦争を始めて、あれだけ国際的に孤立して封鎖されている状態を目の当たりにしています。
そんな状況で、なぜ中国が台湾との戦争に踏み込むのでしょうか? そんなことをするより、中国は不動産バブルで大変な経済を立て直せば、アメリカのGDPを抜くのも時間の問題ではないですか? そしてそうなった場合、経済力のある中国に台湾が擦り寄って来る可能性は十二分にありますよ。
それから、中国にとって半導体は死活的に重要ですよね。例えば、2ナノの半導体を作れる工場は台湾にしかありません。それを戦争して破壊する必要はありますか?
――必要ないです。
佐藤 それで日本で台湾危機を煽った結果、与那国島を要塞化しましたよね。
――しました。難攻不落の島要塞です。
佐藤 あれくらい要塞化したら、必ず盧溝橋事件の二の舞となります。数発の銃声が聞こえてお互いがやったと思い、結果的に日中戦争に繋がったわけですが、そんな偶発戦争になりますよ。
例えば、与那国の近くを飛んでいる日本の戦闘機が、中国の戦闘機に撃たれたという話があれば、中国は日本の戦闘機が撃ってきたと言います。その報告が上にいくと、部下は嘘を付かないということで、相手に攻撃されたということになって戦争になるわけです。
仮に、日中間が友好的な関係にあれば、首相官邸と習近平の中国共産党中央委員会の中央弁公庁と連絡を取り合います。そこで「いまなんらかの形で偶発的な衝突があったが、戦争にはしない」と、習近平と石破の間で合意すれば戦争になりません。
だから、偶発戦争を防ぐために日中関係を良好にしておくわけです。こういう理屈です。
――なるほど。軍事マニアの自分は、台湾有事で中国軍に奪取される前に、TSMCの工場を自爆させるか、米軍がミサイルで破壊するという記事を興味深く読んでいました。
佐藤 そもそもアメリカは台湾を守りに行くと思いますか? 同盟国でもないんですよ?
――トランプは絶対に台湾には行かないと思います。
佐藤 絶対に行きませんよ。トランプ政権のアメリカが、兵士を派遣して守ってくれると台湾は思っていますか?
――思ってないでしょうね。
佐藤 だからいま怖いのは、ウクライナ戦争で煽られ、存在しない台湾海峡危機を生み出したために防衛力が強化され、緊張が増してしまったことです。中国はそれに対抗するようになり、偶発的な衝突が起きる危機が高まったわけですよ。それは間違いありません。
日中戦争も、あの盧溝橋事件の時に当時の近衛(文麿)首相が南京に行き、蒋介石と会談して、全面戦争にしないという合意をしていれば起きなかったはずです。
――あの盧溝橋の数発の銃声から日中戦争が勃発し、太平洋戦争に拡大し、2発の核兵器を日本は食らって敗戦した。その道を歩まずに済んだ。
佐藤 そうです。だから、本当はあの時点で止められたんです。
――その近衛・蒋介石会談を可能にするルートの21世紀版をいま、作っておくと。
佐藤 その通りです。日中関係を改善して、環境を改善して、首脳レベルでコミュニケーションを取れるようにして、偶発的な衝突が起きた時に戦争に発展させないように政治力で抑えるべきなんです。
――わかりました。日中は理解しましたが、次は米中です。トランプは「主敵は中国だ」と言っています。
佐藤 アメリカはナンバーワンじゃないと駄目なんです。アメリカ人はそうじゃないですか。
――はい。ということは、中国が一番じゃ駄目だから、主敵になるんですね。
佐藤 そうです。だから、中国を一番にしないためには何ができるか?と考えていますよ。
――なるほど。
佐藤 日本は岸田(文雄)さんの時も日中関係は準備していたんですが、動けませんでした。それは、党内の右派、安倍派の支持を失えば、党内基盤の支持がなくなって、総理から転げ落ちる可能性があったためです。
ところが、そういう対中強硬派の多くが裏金議員で、石破政権が彼らを整理しました。そして、石破さんは中国関係で動ける余地が出てきました。
――そういうことなんですね。トランプ米大統領との会談によって、石破さんがいろいろと見えてきますね。
佐藤 日本政府は今回、大統領就任前のトランプとは会いませんでした。さまざまな批判もありましたが、極めて賢明な判断だったと思います。
もし会っていれば、トランプは色々な注文をしてきたはずです。そして、それがトランプの個人的な要請なのか、アメリカ国家の要請なのか、就任後に一度整理する必要があります。
でも、それは余計な作業です。そんな余計な宿題を背負わないために、就任後の日米首脳会談にした、ということです。
――そこで米中関係なんですけど、トランプはカナダの歴史を知らなかった。中国4000年の歴史に関してはどの程度ご存知なんでしょうか?
佐藤 ほとんど知らないんじゃないですか。阿片戦争も知らないし、ヘタしたら第二次世界大戦の際に中国がアメリカの味方だったのか、敵だったのかも知らないと思います。
――大丈夫なんでしょうか?
佐藤 大丈夫にしなくてはなりません。だから、トランプ氏の歴史に関する知識について考えても意味がありませんよ。トランプは不動産屋の時から、それでやってきた人ですからね。
次回へ続く。次回の配信は3月7日(金)を予定しています。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。