トランプが支援から手を引けば欧米の関係が悪化する可能性も。ロシアのプーチンにはいいことずくめ? トランプが支援から手を引けば欧米の関係が悪化する可能性も。ロシアのプーチンにはいいことずくめ?
ホワイトハウスでの口論や、その後の軍事支援一時停止の末、アメリカが提案した30日間の停戦を受け入れる意向を表明したウクライナのゼレンスキー大統領。トランプ政権にウクライナが大幅譲歩したという現状を、トランプ大統領以外で一番喜んでいるのは当然、ロシアのプーチン大統領だ。もしかしたら、これらすべて、彼の算段どおり? いやそれ以上?

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■プーチンの言い分「私は平和主義者」

2025年228日、ワシントンDC.で行なわれた米ウ首脳会談は、トランプとゼレンスキーが衝突して大ゲンカする結果に終わった。

NATO加盟国を中心とした欧州各国はゼレンスキーの立場に理解を示し、今後も欧州全体でウクライナを支援し続ける方針を確認したものの、怒り心頭のトランプは一方的にウクライナに対する支援の一時停止を決定。

そして311日、ウクライナはアメリカが提案した30日間の停戦を受け入れることを表明。

軍事支援を再開したトランプは、記者団に対し「ロシアも受け入れることを望んでいる」と話したというが、停戦交渉のもう一方の当事者であるロシアのプーチンはここまでの流れをどう見ているのか?

米ウ首脳会談では、支援を要請したゼレンスキー大統領が、トランプ大統領とヴァンス副大統領に「大統領への感謝の気持ちが足りない」と責められて終わった 米ウ首脳会談では、支援を要請したゼレンスキー大統領が、トランプ大統領とヴァンス副大統領に「大統領への感謝の気持ちが足りない」と責められて終わった 「すべてはプーチンの思うツボでしょう。停戦合意が注目されていますが、そちらよりも現実問題としてはプーチン側の視点と出方が重要です。なぜならそもそもプーチンには妥協してまで停戦する気持ちなどまったくないのですから」と語るのは、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏だ。

「プーチンという人物の特徴は、一度、自分が口にした言葉は何があっても取り消さないこと。彼は何よりも自分のメンツを大切にするので、この戦争はそんな彼のメンツのために続いていると言っても過言ではありません。

3年前にロシアがウクライナを侵攻、プーチンの言葉を借りれば『特別軍事作戦』を始めて以来、彼は『ウクライナのネオナチ政権、つまりゼレンスキー政権を倒して、ウクライナを武装解除する』と、一貫して訴えてきた。

要するに、彼はウクライナをロシアのコントロール下の『衛星国』にすると宣言しているワケですから、この目標が実現しない限り、プーチンには停戦という選択肢などないわけです」

だが、3年を超える戦争の負の影響は、ウクライナだけでなくロシアにとっても大きいはず。英BBC放送が独自に行なった調査によれば、20222月以降のロシア軍の死者数は95000人以上に上るという。

そもそも、ロシアがウクライナへの全面侵攻に踏み切ったのは、「2週間程度でウクライナの首都キーウを陥落させ、ゼレンスキーを排除して、親ロ政権を立てられる」というロシア情報機関の調査に基づいたものだった。

だが、その見通しが大きく外れ、欧米の支援を受けたウクライナ側の激しい抵抗で戦闘が長期化。深刻な兵員不足で北朝鮮の派遣部隊にまで頼っている現状を考えると、プーチンも本音では「そろそろ停戦を......」と、考えている可能性はないのだろうか?

「実は昨年、プーチンも『自分は平和主義者なので停戦を実現したいんだ』と語り『停戦が実現しないのは、ゼレンスキーが停戦交渉のテーブルに着こうとしないからだ』とウクライナ側の姿勢を批判していました。

ただし、ここでプーチンが言う『停戦』とは、先ほどから述べているように、ロシア側の要求がすべて実現する形での『停戦』です。

ちなみに、プーチンが『ロシアが停戦交渉のテーブルに着く条件』として挙げたのが『ロシアがすでに(一方的に)併合を宣言しているウクライナ東部4州からのウクライナ軍の全面撤退』と『ウクライナが将来的にNATOに加盟しないという確約』でした。

とはいえ現在、ウクライナの前線ではロシア優位な戦況が続いており、このまま戦えば、今後、ロシアの支配地域がさらに広がる可能性が高い。そのため、プーチンには即時停戦のために妥協をする気も、その理由もないのです。

あるとすれば、クルスクや4州などからのウクライナ軍の撤退を条件に、ごく短期間の戦闘停止くらいでしょうが、期間が過ぎれば侵攻再開です。

ですが、そんな不利な条件はウクライナがのまないでしょうから、プーチンはそれで停戦交渉が進まないのはウクライナ側のせいだと主張するでしょう」

■側近を通じてトランプを"洗脳"?

それでも、トランプ政権成立後、プーチン側も米ロの2国間交渉を通じた停戦実現に前向きな姿勢を示していたはず。仮にプーチンが本音では停戦を望んでいないのだとすると、その真意はどこにあったのだろうか?

黒井氏はプーチンの狙いは、「ウクライナからアメリカの支援を引き剥がし、さらにはアメリカをロシア側に引き込むこと」だと指摘する。

「プーチンがトランプとの交渉に前向きな姿勢を見せていたのは、その過程でトランプを『利用できる』と考えていたからです。うまくトランプをけしかければ、実際に起きたように、トランプとゼレンスキーが衝突し、アメリカがウクライナへの支援を打ち切るかもしれない。そしてウクライナが譲歩せざるをえなくなれば、それはロシアにとって理想的な展開となる。

おそらくプーチンやロシアの情報機関は以前からトランプ政権への工作を続けていたのでしょう。今年2月にはトランプ政権のウィトコフ中東特使(外交官でも政治家でもないトランプと仲良しの"不動産王")がプーチン側近の政府系ファンド、ロシア直接投資基金(RDIF)のキリル・ドミトリエフ総裁から接触を受け、モスクワに招待されたのですが、なんと3時間半もプーチンと会談しました。

そこでウィトコフはゼレンスキーの悪口を吹き込まれて信じ込み、『ゼレンスキーさえ排除すれば、停戦は実現可能だ』とトランプに伝えました。自国政府の専門家よりも側近の話ばかり聞くトランプの特徴を、プーチンが利用したわけです」

トランプが突然、「ゼレンスキーは選挙なき独裁者だ」などと、まるでプーチンの代弁者のように批判し始めたのも、ロシア側からの"洗脳"があったからだと考えれば腑(ふ)に落ちる。

■誰がトランプ政権をうまく転がせるか

すべてが彼の算段に沿って進んでいるようにも見える中、今後、国際社会は、どうやって対処すればいいのだろうか?

黒井氏は「今起きていることをひと言で表現すれば、ウクライナとロシアによるトランプ政権の奪い合いなのです」と指摘する。

「ロシアは9年前、第1次トランプ政権を生んだ大統領選挙の前からトランプに接近し、その後の政権にも影響を与えましたが、今回の第2次政権では、より周到な準備をして影響力を強めています。

また、以前はトランプに対しても批判的で、侵攻当初にウクライナにスターリンクを提供するなど、ロシアへの抵抗に不可欠な情報インフラを支えたイーロン・マスクが、それからわずか数ヵ月後に急にトランプ支持を打ち出し、続いてプーチン支持を鮮明にしました。

さらに数ヵ月後にはツイッター(現X)を買収し、それからはロシアによる誤情報の拡散や、欧州の極右政党への支援を繰り広げています。2022年のほんの数ヵ月の間で彼の立場が一変しているのが気になります」

侵攻開始当初はスターリンクの提供など、ウクライナ支援に努めたイーロン・マスクだが、今は親ロシア派の言動が目立つ 侵攻開始当初はスターリンクの提供など、ウクライナ支援に努めたイーロン・マスクだが、今は親ロシア派の言動が目立つ
それ以外にも、第2次トランプ政権には情報機関トップの国家情報長官に、かつてロシアのスパイ疑惑でFBIにマークされていたトゥルシ・ギャバード元下院議員が就任するなど、ロシアに近いとされる人材が多数起用されているという。

「残念ながら、現在、トランプ政権を最もうまく転がしているのは、ロシアのプーチンなのかもしれません。ただ、ここから4年間はそんなトランプ政権が続く現実がある以上、ウクライナや欧州だけでなく日本も、彼に"こびる"のではなく、うまく"転がし"ながら、トランプ政権が自国や世界に与えるダメージを、可能な限り抑える努力をするしかないのだと思います」

トランプ大統領やヴァンス副大統領の一方的な言動にさらされたゼレンスキー大統領は気の毒だが、このままウクライナ情勢をプーチンの思いどおりに終わらせないためにも、アメリカの協力は不可欠だ。

それには、ウクライナと欧州だけでなく、日本も含めた国際社会が団結してロシアからトランプを取り返すための地道な努力を続ける以外に方法はないのかもしれない。

川喜田研

川喜田研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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