
佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
トランプ王と、自分の作った轍(わだち)の上を走る王を見るプーチン露大統領。その轍の先は天国か地獄か......(写真:AFP=時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――世界騒乱の中、ウクライナ戦争が知らないうちに「米露vsウクライナ+欧州連合」の構図になってしまいました。これは、どうなっているんですか?
佐藤 ウクライナ側に中国も加わっています。中国はウクライナ戦争に関して「当事者に任せる」と言っていますからね。
――中国は知らないうちにそっちに入ってしまったんですか。「中露同盟」と言っていたのに、ロシアは米国を巻き込んで、米露陣営vsウクライナ+中欧連合の戦いになってきました。
佐藤 トランプの世界観では、あくまで「ウクライナ戦争=バイデンの私戦」です。米国国家の戦争だとは思っていません。米国は本来無関係だと思っています。
――な、なんと。バイデンの私的な戦争なんですか?
佐藤 トランプからしてみれば、バイデンの個人的な戦争で、私益のために行なっている戦争だという認識です。だから早く店じまいすべきだということです。
一方、プーチンの論理はどういうことかと言うと、「ゼレンスキーは相手にできない」です。これはモスクワで得た秘密情報ですが、2月1日に行なわれた米露の秘密電話会談での言葉です。なぜなら、ゼレンスキーは大統領としての任期がすでに去年の5月20日に切れ、そのまま居座っているだけだから、という理屈です。
――やはりプーチンは恐るべき策士。最適の手を最後まで見せない。要するに、すでにゼレンスキーの全ての手を読んでいるわけですよね?
佐藤 そうです。そして、その轍(わだち)の上に完全にはまってしまっているのが、トランプです。
――プーチンの理屈は、民主主義の西側諸国には通じますよね。プーチンは「ゼレンスキーはすでに任期が終わっているんだから選挙をしろ」となりますよね。
佐藤 そうです。そのうえで「ゼレンスキーがその選挙で再選するなら、ゼレンスキーと交渉しますよ。どうぞ」となります。だから、プーチンの主張としては「正統性を持って下さい」ということなのです。
――すると、プーチンは停戦したいのではなく、停戦交渉をしながら作戦を進めて、もっと有利にしてしまおうと思っているということじゃないですか?
佐藤 そうですよ。大統領選挙を行なえば半年はかかりますよね。その間にどんどん戦線を拡大していくつもりですよ。
――じゃあ、ドニエプル川の左岸を全部取りますね。
佐藤 取るつもりでしょう。賢いトランプは全てわかっているから、まどろっこしい事をやらないんですよ。
――トランプはウクライナ戦争を「24時間で解決する」と言っていましたが、「6ヵ月かかる」と変更したカラクリはこれでありますね。
佐藤 そうです。
――佐藤さんやエマニュエル・トッドはこの図式に関して、「やがて皆が帝国主義に従い、西欧も追従する」と言っています。すると、群雄割拠のウクライナ陣営で、まず西欧が脱落して、中国とウクライナが残る。
佐藤 はい、そうです。
――その後はどうなっちゃうんですか?
佐藤 結局、ウクライナはいま、最悪のシナリオに向けて走っていますよね。
まず米国が手を引くわけですよね。そして「ヨーロッパが守る」となりましたが、ウクライナは「ロシアが怖いから保障占領してくれ」と言っています。
これは、ロシアの情報機関・SVRが去年の11月に掴んでいる情報ですが、ウクライナを5ヵ国ぐらいに分けて保障占領するという内容です。
――太平洋戦争で敗戦した日本にも、米ソ中英で分割統治する案がありました。
佐藤 ウクライナを5ヵ国に分けて保障占領するとなれば、保障占領政府と住民の間に必ず軋轢(あつれき)が生じます。
――そして、最前線の怖さがウクライナ全土に広がる。
佐藤 それから、その怒りはロシアではなく他に向かいます。例えば、ルーマニアが占領している場所はルーマニアに、ポーランドの占領している場所はポーランドに向けてその怒りが向けられるわけです。
――反占領政府武装闘争があちらこちらで開始されると。
佐藤 そうです。だから、大混乱になっていきます。
――佐藤さんがおっしゃっている「ウクライナは戦後、内部崩壊する」というのは、それが理由になっているのですか?
佐藤 そうです。結局、保障占領させるなんていうのは「自分の国を統治しないから、全部占領してくれ」と言っているのと同じことなんです。
――相手国がロシアから変わっただけです。
佐藤 ゼレンスキーが生き残るためですからね。
――どこに亡命するのですか? 中国ですか?
佐藤 最終的には米国でしょうね。
――到着したとたんに「この野郎」とぶっ殺されませんか?
佐藤 いや、南ベトナムのグエン・バン・チュー大統領は1975年に亡命して最終的に米国に移り住みましたが、亡くなったのは2001年です。その前例もあるので、殺されることはないでしょう。
ちなみに中国への亡命はないですよ。亡命を受け入れるメリットもないですし、ゼレンスキーみたいな人はいらないですから。
――なんだか可哀相な......。
佐藤 そんなものでしょう。ところで、広義のロシアから見るとロシア・ウクライナ戦争はこういう図式になります。
まずプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領が、ロシア、ベラルーシ、ウクライナにいるロシア人の手によって国家運営しようとしています。それに対して、外国勢力の手引きで権力を維持しようとしたのが、ゼレンスキーです。
つまり、ロシアにしてみれば国家間戦争ではなく、もはやロシアの内戦という位置づけなわけです。内戦だからその交戦に当事者能力はありません。だから、「その内戦を仕切っている後ろの国と話をしましょう」とプーチンは言っているんです。
――そこに、バイデンの私戦と考えるトランプがどーんと出張ってきた。
佐藤 いままでバイデン米政権、そして日本政府も「第一義的なウクライナの問題だ」と言っていました。しかし、今回トランプ親分が出てきて「じゃあ手打ちしようぜ」となったので、全てちゃぶ台返しで吹き飛びました。
ウクライナが戦う/戦わないはもはや関係ありません。ウクライナが「戦い続けたい」と言っても、米国が「止めろ」と言えば止めざるを得ません。最初からその図式なんです。
――武器弾薬やミサイルがすぐになくなりますからね。
佐藤 だから、完全にロシアの土俵の上で物事が動いています。見事なロシアの勝利です。
――策士・プーチンの見事な読み勝ちです。
佐藤 さらに、西側から制裁を喰らってロシアは前より強力になりました。「自分たちの力でやらないといけない」と団結したことで、力を付けたわけです。
――ロシアのサバイバルテクはイランから学んだのですか?
佐藤 ロシアはエネルギーと食糧の自給自足が可能です。イランにはそれができません。なので、そこは関係ありません。
――イランには食料の自給自足は不可能。
佐藤 そうです。世界でエネルギーと食料の自給自足が可能なのは、米露だけです。
――だから、米露vsウクライナ+欧州中国の棲み分けになると。
佐藤 そういうことになりますね。
次回「神に選ばれし3人の指導者③」へ続く。次回の配信は2024年3月21日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。