
川喜田研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
MetaのザッカーバーグCEO(左端)、Amazon創業者ベゾス氏(左から3人目)、GoogleのピチャイCEO(右から2人目)、実業家イーロン・マスク氏(右端)と、そうそうたる顔ぶれがトランプ大統領就任式に出席した
第2次トランプ政権が始まって以降、GAFAM(ガーファム)と略される巨大テック企業群の"トランプ忖度"が止まらない。トランプの要請を受けて次々と仕様やポリシーを変更する彼らはどこに向かっているのか? 利用する私たちへの影響は? メガプラットフォーマーと国家の癒着の行く末を専門家に聞いた。
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大統領就任からわずか2ヵ月で早くもアメリカと世界の景色を大きく変えつつある第2次トランプ政権。
今や新政権の最重要人物となったイーロン・マスクは別格としても、通称"GAFAM"と呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック(Meta)、アマゾン、マイクロソフトなど、巨大テック企業の大物たちも大統領就任式にズラリと顔をそろえ、まるでトランプ政権に服従したように見える。
すでにグーグルの地図アプリ「Googleマップ」からは「メキシコ湾」の地名が消え、「アメリカ湾」に変更。
グーグルのカレンダーサービスである「Googleカレンダー」からも多様性尊重に否定的なトランプ政権の意向を反映して、LGBTQの権利尊重を考える「プライド月間」や「黒人歴史月間」「アメリカ先住民伝統月間」「ヒスパニック系文化遺産月間」といった社会の多様性に関する記念日の表示がデフォルト設定から削除された。
アメリカ国内からGoogleマップを開くと、「Gulf of America」(アメリカ湾)と表示されるよう仕様が変更に
また、フェイスブックやインスタグラムを運営するMetaも、投稿内容の正確性を調べる独立したファクトチェックを廃止すると発表。
これも「メタのファクトチェック方針は右派の声に対する検閲だ」というトランプ陣営からの批判に対応したものだといわれている。
これまでは「なんとなくリベラル系?」というイメージすらあったGAFAMのような巨大テック企業は、なぜ、アッサリと「MAGA」(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)を掲げるトランプ政権の足元にひざまずいてしまったのだろうか?
「アメリカの巨大テック企業がこれほどあからさまにトランプ政権にひれ伏したのには私も驚きましたが、落ち着いて考えれば、それも『予想の範囲内』だと言えるかもしれません」
こう語るのは、国際的な巨大テック企業に対する規制の必要性を主に市民運動の立場から訴えてきたPARC(アジア太平洋資料センター)共同代表の内田聖子(しょうこ)氏だ。
「確かに、以前の巨大テック企業は表向きだけかもしれませんが、リベラルなイメージをアピールしていましたし、社会の多様性を重視するようなポリシーを掲げていることも多かった。
実際、第1次トランプ政権が誕生した際に大きな問題になったロシアによるフェイクニュースの拡散などについても、彼らは一定の対策を取りました。また、2021年の連邦議会議事堂襲撃事件では、前年の大統領選挙の結果に関して意図的な誤情報を拡散するトランプ自身のアカウントを停止するといった措置が取られたこともありました。
しかし、その後、アメリカを含めた世界中でGAFAMなどの『メガプラットフォーマー』の肥大化した力が問題視され始めるようになると、EUでは個人情報保護や、巨大テック企業による過大な影響力を防ぐ法規制を導入。アメリカのバイデン前政権もEUほどではないものの、巨大テック企業の規制に関する取り組みを進めていた。
おそらく、こうした規制強化の流れに対して巨大テック企業の側が不満を膨らませ、『大胆な規制緩和でイノベーションを推進する』というトランプ政権の側についたのでしょう」
次々と巨大テック企業に要請を行なうトランプ氏。その目玉は、DEI(多様性)プログラムからの撤退だ
ただし、実際にはそれよりはるか以前から、自分たちの影響力と利益の拡大を追求する巨大テック企業の変質は進んでおり、それに応じてこうした企業の基本ポリシーも変更されてきたという。
「グーグルが創業当時から会社の重要な行動規範のひとつとして掲げてきた『邪悪になるな』(Don't Be Evil)という一文が18年に削除されたことは、当時も話題になりました。ただやはり、今のこのトランプ政権への擦り寄り具合を見れば、これまで彼らがアピールしてきたリベラルさはしょせん、ビジネスのためでしかなかったことが証明されたと思います」(内田氏)
では、巨大テック企業とトランプ政権が結びついたこれからの4年間のアメリカと世界で何が起きるのか?
憲法学者でデジタルプラットフォームやAIの規制に関する政府の有識者会議の委員も務める慶應義塾大学の山本龍彦(たつひこ)教授は、「メガプラットフォーマー」と「国家」を強大な権力を持ったふたつの異なる「怪獣」にたとえ、その両者が一体化してしまった世界の危険性を訴える。
「インターネットやSNSの存在はすでに社会に欠かせない基本インフラになっています。しかし、そこで表示される内容は、巨大なプラットフォーマーがネット上から収集した個人情報と、彼らがプログラムしたアルゴリズムやAIによって決められている。
つまり、メガプラットフォーマーはネット上の情報空間で私たちが見るもの、聞くものをコントロールする強大な権力を手にしていて、その権力は国境を超え、今や国家をしのぐほどに影響力を増しています。
ただし少し前までは、この両者の間に緊張関係があり、お互いがにらみ合い、牽制(けんせい)し合うことで一方の権力が暴走することを防いでいました。
例えば、21年1月に起きた米連邦議会議事堂襲撃事件の際に、巨大テック企業の多くがトランプや彼の支持者の暴走を止めようとしたのも、そうした両者の緊張関係が機能していたからです。私はこのふたつの怪獣がお互いを牽制し合いながら、一定のルールの下で共存する世界が必要だと考えていました。
では、そうした巨大テック企業の権力が、国家という巨大な権力と結びつくとどうなるのか? 今、アメリカで起きていること、例えばトランプ政権とXを率いるイーロン・マスクの関係は、まさにその典型と言えるかもしれません。
巨大テック企業の基本的なビジネスモデルは、いわゆる『アテンションエコノミー』といって、利用者の興味を引きページビューを稼ぐことが利益の拡大につながるものです。これと、真偽などお構いなしで、人権や倫理を無視してでも刺激的な言葉でアピールし、社会の分断と対立をあおることで支持者からの政治的なエネルギーを得ているトランプ政権の手法とは、残念ながら非常に相性がいいのです」
Metaはファクトチェックを廃止し、Xと同様、コミュニティノートを使用すると発表した
そして、こうした巨大テック企業とトランプ政権の一体化は、これまで私たちが当然だと考えていた民主主義という仕組みそのものを揺るがしかねないと指摘する。
「トランプ政権と米国の巨大テック企業は規制緩和で結びつき、『表現の自由』の実現を多方面に訴えています。
しかし、彼らの訴える『表現の自由』は、いわゆるヘイトスピーチのような差別や、他者への誹謗(ひぼう)中傷、さらには自分たちに都合のいい"もうひとつの真実"のような誤情報など、人間の心の中に潜む利己的で差別的な感情を、ネット上の空間で拡散する自由を求めているようなものです。
この先、トランプ政権と巨大テック企業が結びついた世界でそうしたむき出しの感情を刺激する差別的な言葉がネット上で飛び交い、それがアテンションエコノミーの仕組みによってこれまで以上に拡散し続ければ、さらに社会の分断が進み、混沌(こんとん)とした状況になるでしょう。
そもそも民主主義というのは、そうした自分たちの内側に潜む感情を抑え込む一種の『壮大な痩せ我慢』の上で成り立つ仕組みです。人々がそれを放棄してしまえば、もはや民主主義そのものが成り立ちません。そしてネット空間が国境を超えた影響力を持つ以上、これはアメリカ一国だけではなく、日本を含めた世界全体の問題でもあるのです」
では、GAFAMがトランプ政権に服従してしまったように見える今、EUや日本などが、そのネガティブな影響を少しでも減らすためにできることはあるのだろうか?
「巨大テック企業への法的な規制やAIの社会実装に伴うリスク対策など、本来は多国間で協力すべき『グローバルな課題』の多くは、トランプ政権のアメリカがこうした規制の流れに背を向けたことで、この先、厳しい現実に直面することになるでしょう。
特に、先行するEUなども参考にしながら、これから法整備を進めようとしていた日本は、法規制に反対するアメリカの強い圧力にさらされる可能性が高いと思います。
その上で私たちが意識しなければならないのは、日々、ネットを通じて私たちが得ている情報が実は『無料』ではなく、私たちの個人情報や興味が商品としてアテンションエコノミーの中に組み込まれているということ。
そして、ネットを通じて私たちが見聞きする情報は、メガプラットフォーマーのアルゴリズムを通じて見せられた『現実』でしかない。そうである以上、自分がそれに対して怒りを覚えたとしても『それは自分の本当の怒りの感情なのか?』と一瞬、立ち止まって考えることを心がけるぐらいしか、具体的な対処の方法がないかもしれません」(山本氏)
GAFAMがトランプにひれ伏した先に待っているのは、民主主義が崩壊し、最新のAIとトランプ政治が支配する21世紀のディストピアかもしれない?
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。