吉崎エイジーニョよしざき・えいじーにょ
1974年生まれ。福岡県北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語専攻卒業。時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く執筆。著書に『学級崩壊立て直し請負人 菊池省三、最後の教室』(新潮社)、『メッシと滅私 「個」か「組織」か?』(集英社新書)など
4月4日、韓国で大混乱の騒ぎになっていた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の罷免が決まった。次期大統領筆頭候補である李在明(イ・ジェミョン)氏は対日強硬派として知られ、就任したら「日韓関係がまた悪化するのでは」という声もある。果たして、今後の日韓関係はどうなるのか!? 判決日当日の現地ルポと併せてお届けする!
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「さあ、みんなで踊りましょう!!」
尹錫悦大統領の弾劾判決宣告直後、反尹派(左派)のデモ隊リーダーが放った第一声だ。4月4日、韓国のソウル市安国洞。憲法裁判所近くで行なわれたデモ現場はお祭り騒ぎだった。主催者発表によると10万人が集結していたという。
午前11時22分に尹大統領の罷免が確定すると、ステージ上のリーダーがマイクを通じて叫び、老若男女が大音量の音楽に合わせて一斉に踊る。
「市民が内乱首謀者から民主主義を取り戻した!」
現場にいた30代女性は踊りながらそう叫んでいた。
4日、弾劾判決宣告直後。反尹大統領の左派陣営では人々が歓喜の声を上げ、お祭り騒ぎに
K-POPグループ少女時代のデビュー曲『また巡り逢えた世界』に合わせて喜びのダンスを踊る若者
昨年12月に尹前大統領が「北朝鮮に従う勢力が国政を妨害している」として戒厳令を宣布。多数野党の国会を封鎖するなどの目的で、国会などに軍隊を送り込んだ。その後、国会で弾劾訴追され、判決が下されるまで実に123日。当初の予想よりも1ヵ月近く長い時間がたっていた。
この間、韓国社会は弱りに弱った。ソウルの繁華街、弘大のバー経営者は言う。
「リーマン・ショック、コロナ禍を超えて、1997年のIMF通貨危機の頃みたいに不景気です。政情不安に萎縮して、みんな外出もしない。企業も次の大統領選まで大きな決断ができないんですよ」
外国為替市場ではウォンの価値が昨年12月から最大で3.1%下落。これが原材料費の高騰を呼び、物価高も起きている。デモ現場での歓喜は、ようやく不安定な期間が終わることへのリアクションでもあったのだ。
しかし、日韓関係にとって厄介な事態になるという声もある。それは、6月3日に行なわれる次期大統領選の筆頭候補が〝要注意人物〟だからだ。現地メディアの政治担当記者は語る。
「次の大統領選では、政権交代が起きて左派『共に民主党』系の李在明政権誕生の可能性が高いです。尹前大統領らを輩出した右派政党『国民の力』の支持低下は必至。次の候補もはっきりと決まっていません。
一方の李氏は党首として党内を掌握してきた上で、9日には代表辞任を発表し、出馬表明。次期大統領の最有力候補でしょう」
「共に民主党」といえば、2017年から22年まで大統領を務めた文在寅氏らを輩出した党。「日本帝国主義の残骸を駆逐してこそ、正しい韓国社会が形成される」という思想に基づき、文大統領の任期には日本製品の不買運動が起きるほど反日ムードが高揚、「戦後最悪」といわれる日韓関係となった。
4日、親尹大統領の右派のデモで掲げられた「韓米日同盟は重要」と訴える垂れ幕。これは「中国に寄るな」という左派への牽制でもあるだろう。それにしても、韓国のデモでここまで堂々と日の丸が掲げられるとは驚きだ
3日の夜、右派のデモにて。プラカードには「詐欺弾劾 当然棄却」のメッセージが。右派は「そもそもこの弾劾裁判が無効」「議論するに至らない」という主張を続けていた
そして、李氏も近年、強烈な「反日発言」で物議を醸した。22年10月7日、東シナ海での日米韓合同軍事演習についての発言だ。
「今、深刻な問題が起きています。韓米日合同軍事訓練です。現在の日本は、朝鮮戦争の5年前まで韓国を武力支配していた国です。過去について真摯に反省し謝罪していません。人権侵害、慰安婦、強制徴用問題についても、むしろ継続して問題視しています」
ただ、これには韓国内でも「反日よりも安全保障を優先すべき」と強い批判を浴びた。
こうした背景を持つ李氏が新大統領になることで、再び「最悪」の日韓関係になるのではと危惧されているのだ。しかし、韓国の識者による見通しは意外なものだった。
「日本では『反日回帰』を心配しているのですか? 韓国の現状を見ると『それどころではない』というのが本音です。
なぜなら、アメリカに第2次トランプ政権が生まれ、関税への対処など、日本と共にやるべきことが多いのが実情。反日政策をやる可能性もありますが、明らかに韓国にとってもマイナス面が大きいです」
こう語るのは韓国メディア『アジア経済』産業部記者で、経済政策を中心に取材を進めるキム・ヒョンミン記者。李氏について、キム記者がむしろ注目すべきと考えるのが、これまでの〝働きぶり〟だ。
李氏は10年7月から18年3月までソウル近郊の京畿道城南市長を務めた。この時期に公約実行率約80%を誇り、評価を高めた。韓国では「市長時代のスタイルで大統領を務めるだろう」とみられているという。その人となりについて、キム記者はこう評する。
「経済的な利益感覚があり、考えを変えられる人。必要とあれば人を呼んで公開議論もする。いい意味で言えば柔軟で、無条件な決めつけをしない。悪く言えば、前言を覆す人物。そして、大統領になりたくて仕方がなく、そのためならなんでもする人です」
確かに、筆者自身が韓国でよく耳にする李氏のイメージは「仕事はできるけど、なんか嫌な人」。この3月には公職選挙法違反などの裁判でなんとか事実上の逆転無罪を勝ち取るなど、疑惑も多いが、それを〝働きぶり〟で封じ込めてきた人物だ。
先の李氏の日米韓合同軍事演習に関する過激発言があった22年10月、中道の一般紙『韓国日報』は背景をこう分析した。
「民主党の支持者を集結させる狙いがあった」
「(政権にあった)右派陣営を攻撃するのに〝親日批判〟を使う左派の伝統的手段」
同紙は「国内で短期的に支持率を上げる必要がある場合に『反日カード』を使う可能性はある」とみる。
ただ、キム記者の言うとおり、今の韓国での反日政策は政権に不利にも思える。韓国ではコロナ禍が鎮静して以降、日本旅行ブームが起きた。24年だけでも881万人もの韓国人が日本を訪れた(海外旅行先として圧倒的1位)。李氏の実利感覚はこうした世情をどうとらえるだろうか。
また、今の韓国は一連の騒動で国内経済が弱り切り、大統領不在の間に第2次トランプ政権が誕生したため、国際政治で大きく出遅れている。短期的な支持率アップのために反日政策を行なうかは、大いに疑わしいだろう。
1974年生まれ。福岡県北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語専攻卒業。時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く執筆。著書に『学級崩壊立て直し請負人 菊池省三、最後の教室』(新潮社)、『メッシと滅私 「個」か「組織」か?』(集英社新書)など