F-16Dブロック70。この戦闘機はAESRレーダーや最新電子機器を搭載。世界ではまだ台湾とフィリピン、そして写真のバーレーンしか導入していない(写真:アメリカ空軍)
米政府が、フィリピンへのF16戦闘機売却を承認した。その数は20機。ウクライナ空軍(以下、ウ空軍)がビビるほど、まとまった数の配備だ。
報道によれば、関連機器を含めて推計約56億ドル(約8400億円)。そして、そのF16の内訳は、16機が単座のF-16C、4機が複座のF-16Dで、これらはパイロットの訓練に使用される。また、F16のタイプはブロック70/72と最新型だ。ウ空軍の中古F16レストアとはモノが違う。
世界中の戦闘機を撮り続ける航空ジャーナリスト・柿谷哲也氏はこう話す。
「台湾空軍にも納入されたF16と同じタイプ、ブロック70で、台湾は計66機購入します。台湾ではF16Vと呼ばれ、中国はフィリピンと台湾に同じF16が配備されることを非常に警戒しています。
なぜなら、F16ブロック70/72型は対艦攻撃能力があり、中国空母を容易に攻撃可能です。また空対地攻撃も多様で、南シナ海で係争している島に対しても攻撃可能となります」(柿谷氏)
フィリピン空軍(以下、比空軍)のF16が最大限の実力を発揮すると、例えば下記のようなことが可能になる。
比空軍F16が対レーダーミサイル・HARMを射程148kmから発射し、中国軍人工島の地対空ミサイルを無力化。空対地スマート爆弾・GBU39を搭載したF16が、中国軍南シナ海の人口島要塞を最大射程110kmから攻撃。
対する中国軍はすぐに切り札の空母艦隊を派遣。空母から飛ぶJ15戦闘機には、中距離空対空ミサイル・PL17を搭載。
しかし比空軍はF16に、AIM120 AMRAM(中距離空対空ミサイル)と、1機2発ずつの空対艦ミサイル・ハープーンミサイルを搭載して、中国空母がいる南シナ海に飛べば問題ない。
F16搭載のAIM120 AMRAMの射程は180kmで、J15に搭載されているPL17は射程70km。はるか彼方からあっさりと撃墜できる。さらにF16はハープーンミサイルを発射。このミサイルが4発命中すれば、中国空母は撃沈可能だ。
そんなF16が、台湾とフィリピンで計86機もそろっているのだ。中国には脅威でしかないだろう。実際、比空軍の現在の陣容はどうなっているのだろうか?
「比空軍は、韓国製FA50を12機導入し、1機墜落して現在11機を装備しています」(柿谷氏)
比空軍は、この攻撃にも転用可能な韓国製練習機を対ゲリラ戦に投入し、対地攻撃に使用している。
フィリピン空軍の主力戦闘機となっている韓国製のFA-50戦闘機。開発にはロッキードマーチンが支援しており、F-16の小型版ともいえる(写真:フィリピン空軍)
しかし、この陣容で中国には対応可能なのか? 航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務め、外務省情報調査局へ出向経験のある杉山政樹氏(元空将補)は、これまでの比空軍についてこう語る。
「比空軍と日本の航空自衛隊(以下、空自)は、どちらも米空軍の指導下という似たような環境で育ちました。比空軍が最初に導入したジェット戦闘機は、空自と同じF86でした。次に空自が導入したのはF104でしたが、比空軍はF5フリーダムファイターを導入しました」(杉山氏)
フィリピンのクラーク基地に並ぶF-5A戦闘機。2005年までは主力機だった。映画「地獄の黙示録」ではナパームを落とすシーンの撮影に協力している(写真:柿谷哲也)
そして、比空軍はさらに米海軍から中古の艦上戦闘機F8クルセイダーを購入し、防空任務と対地攻撃に使用した。しかし、F8は1991年の火山噴火で機体が損傷したのをきっかけに用途廃止(=処分)された。
アメリカはF-8Hクルセイダー戦闘機以来、初めて最新鋭機のF-16Vブロック70の輸出を許可した。映画「13デイズ」の撮影に協力している(写真:柿谷哲也)
一方、F5は2005年10月に退役。比空軍から戦闘機部隊は消えた。
「その後、対ゲリラ掃討のために、韓国から軽攻撃機にも使用可能な練習機FA50を12機、配備しました」(杉山氏)
これまでも何度か、比空軍は米国から中古のF16を購入するという話はあった。しかし、その価格が高過ぎたため購入できなかったのだ。
それが一転して、20機も配備することになった理由は、中国への脅威にある。さらにそのF16は最新型。このF16ならば米軍のバックアップと、その傘下に入ることでネットワーク戦を利用した組織戦闘が可能なのではないだろうか?
「まず、比空軍にネットワーク戦はできません。ネットワークの整備と維持、それを管理するまでのレベルは今の比軍にないからです」(杉山氏)
すると、F16が対中国軍相手に、前出のように縦横無尽に大活躍する道はないのか......。
「いいえ、比空軍にF16が20機ある意味合いは大きいです。それは、日米同盟における"対中連合"です。そこに比空軍のF16が加わることで大きな戦力になります。特に南シナ海に中国の注意を向けるのに、重要な役割を果たします」(杉山氏)
しかし、ネットワーク戦を基本とする組織戦闘は不可能だ。
「比空軍のF16の運用方法は、ウ空軍のF16と似てきます。比空軍のF16は残存性を高めて、単機でゲリラ的に南シナ海の中国軍に茶々を入れに行く。それがベストでしょう」(杉山氏)
そんなことを比空軍にできるのだろうか......。
「技術的には可能ですよ。比空軍はジェット戦闘機を操れますから。ただ、中国軍への攻撃を比空軍が単独でやるかどうかは疑問です。比空軍が目的意識を持ち、自分たちでやる気にならないとダメなわけです。
比国が中国の脅威を感じているのは確か。だけど、自国だけでは戦えない。だから、そのためには、さきほど言及した日米同盟における対中連合に比空軍のF16が加わる。
そして、その集団の一翼を担うために『頑張ってくれよ』と米国、日本が後押しする形ならば、比空軍は戦うと思います」(杉山氏)
それは単機だが、前出のように対地攻撃、対空母攻撃と多岐に渡る。
「すると、隣国に弱みを見せたくない中国は、そんな力を持った比空軍のせいで南シナ海に空母艦隊、戦闘機などを配備しないとならなくなる。
今、やっと台湾を包囲することが可能になった中国軍は、南シナ海に余分な戦力を配備すれば他国への侵略が不可能になります。そんな効果を、比空軍F16、20機がもたらすのです」(杉山氏)
つまり、F16によって、中国軍の台湾侵攻が難しくなるのだ。ならば、ぜひ比空軍にはF16を配備して大活躍して欲しい。
ただし、前出の柿谷氏がいくつか危惧があると、言っていた。
「F16は20機で総額8400億円。予備部品まで購入するほどの資金はあるのか、操縦士、整備士の教育シラバスは作れるのか心配です」(柿谷氏)
ビジネスマンであるトランプ大統領は、未払いを絶対に許さないはずだ。