「安全基準を乗り越えたものについては、再稼働を判断します」

年頭の会見で、原発の再稼働に意欲を見せた安倍首相。

経産省関係者が言う。

「電力会社や財界からの強い要請もあって、安倍政権としては今年6月から7月にもなんとか再稼働1号を出したいと考えています。その候補は、原子力規制委員会に安全審査の申請を済ませた7電力会社の9原発16基のうち、川内(せんだい/鹿児島)、玄海(佐賀)、伊方(愛媛)などが有力視されています。これらは3・11で事故を起こした福島第一原発のように沸騰水型(BWR)ではなく、加圧水型(PWR)の原発のため、世論の理解を得やすいという利点がありますから」

とはいえ、国民の原発アレルギーはまだまだ根強い。直近の世論調査でも、6割前後の人が原発の再稼働に反対している。

いったい、原発立地では原発の再稼働をめぐり、どのような動きが起きているのか? 再稼働第1号の有力候補に浮上している愛媛県の伊方原発を訪ねてみた。

■巨大地震源域に立地する伊方原発

松山市の西方60km。佐田岬半島の付け根にへばりつくように、四国電力の伊方原発はある。サイトは全部で3基。1号機(1977年運転開始・56.6万キロワット)、2号機(1982年運転開始・56.6万キロワット)、3号機(1994年運転開始・89万キロワット)で、四国電力はこの3基の建設に5200億円以上をつぎ込んでいる。

再稼働に向け、準備の進む伊方原発だが、一方でその安全性を疑問視する声は小さくない。

「伊方原発をとめる会」の和田宰(つかさ)事務局次長が言う。

「原発からわずか6km沖の海底に、日本有数の巨大活断層である『中央構造線』があるんです。しかも、巨大地震に直結するスロークェイク(深部低周波地震)が、佐田岬半島の直下で起きていることもわかってきた。もし南海トラフ巨大地震が起きれば、伊方原発は震度7クラスの強烈な揺れに見舞われかねません。福島第一原発のようにひどい事故が発生し、放射性物質が瀬戸内海に流れるようなことがあれば、閉鎖性水域の瀬戸内は死の海になってしまう。伊方原発は再稼働してはいけない。廃炉にすべきです」

伊方原発の敷地は約86万平方メートル。同じく3基のサイトを抱える女川(おながわ)原発(宮城)の半分ほどしかない。この狭さでは万一、汚染水が発生しても福島第一原発のように、貯蔵タンクを増築するスペースはない。大量の汚染水が発生すれば、瀬戸内の海に放出する以外にないのだ。

もうひとつ、伊方原発の弱点として指摘されることがある。

佐田岬半島の地勢は山がちで、中央部分にメロディラインと呼ばれる国道197号線が通っているものの、あとは海沿いの急峻(きゅうしゅん)な崖にくねくねと細い旧道があるだけだ。車のすれ違いもできない道も少なくない。伊方原発の正門ゲートもそうした崖沿いの細い道の先にある。

伊方原発をとめる会事務局の松浦秀人氏が言う。

「こんな道では原発事故時、被害を復旧しようとしても大型車両は通れない。電力会社や警察、自衛隊の車両も迅速に駆けつけることは難しいでしょう」

周辺住民の安全も危惧される。

原発西側に細長く延びる佐田岬半島の長さは約40km。そこに伊方町の全人口1万780人(2013年11月現在)のうち、約5000人が暮らしている。

愛媛県では万が一の場合は「放射性物質が放出されるより先に、原発近くを横切って東側に逃げてもらう」と言っているが、整備された道路が国道197号しかない状況では5000人が避難できず、半島西部で孤立してしまう恐れがあるのだ。

■俺たちは「ステミン」とつぶやく地元民

実際に伊方原発から九州行きのフェリーが出航する三崎港まで車を走らせてみた。

国道197号は連なる山と山の間を縫うように走っており、トンネルや高架橋も多い。三崎港までトンネルの数を数えてみると、13ヵ所もあった。確かにこれでは地震による崖崩れなどで、トンネルが1ヵ所でも通行止めになれば、住民の避難はできなくなってしまう。

残る避難ルートは海路か空路だが、これも悪天候が重なるとままならなくなる。

長年、伊方原発を取材してきた元南海日日新聞記者の近藤誠(まこと)氏が証言する。

「一昨年の10月に県が伊方原発事故を想定した避難訓練を行なったときのことです。バスや車で避難できない住民のために、三崎港からフェリーを出す手はずだったんですが、悪天候で出航できなかった。そのため、大勢の住民が風雨の中、三崎港の埠頭(ふとう)で立ち尽くすはめになってしまいました。海路だけではありません。当日は空路、ヘリコプターで避難する訓練も予定していたのですが、こちらも悪天候で飛べずじまい。結局、伊方町が想定したヘリとフェリーによる4ルートの避難はいずれも中止に追い込まれてしまいました。今の避難計画では5000人の住人が無事に避難することはできません」

三崎港に着き、ジャンパー姿の中年男性に出会った。すぐ近所に住んでいるという。男性に「原発事故時、どうやって逃げるつもり?」と尋ねてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「大きな地震があったら、たぶん、道路は通れんようになるやろ。小さな漁船を持っている。それに乗って大分県のほうに逃げるしかないやろな。そやけど、船のない人はどうするんかな? 県や町に聞いてもはっきりとした答えはない。原発から西の佐田岬の住民は『ステミン』じゃけ。仕方ない」

「ステミン」とは聞き慣れない言葉だ。どういう意味なのか、重ねて聞いてみた。

「捨てられた民や」

ポツリとそう漏らすと、男性は足早に立ち去ってしまった。

脱原発を主張する元経産省官僚の古賀茂明氏が言う。

「アメリカの安全基準なら、伊方原発は廃炉の可能性が高い。5000人の住民が避難できる担保がないまま、原発設置が認められることはありません。事実、アメリカでは悪天候の際、実効性のある住民避難ができないという理由で、一度も稼働していない原発が廃炉に追い込まれています。ただ、日本でアメリカ並みの厳しい安全基準を適用すると、ほとんどの原発が廃炉となりかねない。あらゆる事態を想定して避難計画を作っていないからです。原子力規制委員会もそのことをわかって、あえて避難計画の不備をチェックせず、『国と自治体に作っていただく』と逃げを打っている。とんでもないことです」

■柏崎刈羽原発もいずれは再稼働に?

それでは「安全性に疑問が残る」と、泉田裕彦(いずみだひろひこ)新潟県知事が再稼働に強く反対している柏崎刈羽(かりわ)原発はどうなのか?

新潟県原子力発電所の安全基準に関する技術委員会の委員を務める田中三彦氏が言う。

「1月下旬から16人の技術委員が東電の示した安全基準について、個別に質問する予定になっています。その項目は何十項目にもなります。そのひとつひとつについて東電はきっちりと答え、なおかつ県との合意を得ないといけないので、かなりの時間がかかる。常識的に考えて、今年前半に再稼働できるようなタイムスケジュールではありません」

しかし、現地ではこんなささやきが絶えない。

「確かに泉田知事の頑張りはすごい。簡単には再稼働にゴーサインを出さないでしょう。しかし、原子力行政は国の所管であり、県知事に許認可権はない。規制委員会が安全とのお墨付きを与え、柏崎市と刈羽村の首長が同意すれば、泉田知事がひとりでいくら抵抗しても、結局は再稼働となりますよ」(原発立地の議会関係者)

(取材・文/姜 誠)