「東電、社員に賠償金返還要求 ADR和解案拒否も」という見出しが『毎日新聞』朝刊に掲載されたのは、今年1月4日のこと。記事の内容は、東電が昨春以降、社員に対しすでに支払った1人当たり数百万円から千数百万円の賠償金を、事実上返還するよう求めている――というものだった。
福島第一原発で働いていた自分の会社の社員に対する賠償金を「払いすぎたから返せ」と要求するこの問題。今、どうなっているのか?
まず大前提として、文部科学省に設置されている「原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)」が定めた指針では、原発事故により高濃度の放射能で汚染された「警戒区域」や「計画的避難区域」に暮らしていた被災者に対し、精神的損害として1人当たり月額10万円の賠償や、汚染された自宅への一時立ち入りにかかる費用、そして避難先で新しく購入した家電製品などを賠償するよう、加害企業の東電に求めている。
被災者の中には、当然のことながら東電の社員やその家族もおり、一般住民と同様に賠償金の支払いを受けていた。
ところが2012年の秋頃から、社員に対する賠償金の支払いが打ち切られ始める。その理由は“区域外の賃貸住宅に引っ越した時点で、貴方の避難は「終了」している”というものだった。
さらに、翌年の2013年春、そんな社員たちのところに東電から手紙が届く。避難「終了」以降の賠償金請求は無効だとして、“貴方は賠償金をもらい過ぎだ”と通告してきたのだ。“もらい過ぎ”と東電が主張するものの中には、返還請求額が一家で3000万円を超えているケースもあった。手紙は、同封の「同意書」に署名して返送するよう求めていた。
第3者機関の和解案も、東電は拒否!
納得のいかない社員の中には、原賠審の下部組織である「原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)」に和解の仲介を申し立てた人もいる。
第3者機関である原発ADRは、東電側の“もらい過ぎ”との主張を認めなかった。避難は現在も続いているので、社員に賠償金の返還義務はないとし、東電に対しては、一方的に打ち切った以降の賠償金を支払うよう命じる和解案を示したのだった。
だが、東電は原発ADRの和解案を拒否。従って、打ち切られた賠償金の支払いが再開されるメドは立っていない。
原発ADRの広報担当も、自身の紛争解決能力に限界があることを認める。
「こちらの役目は、あくまで和解の仲介ですので。東京電力には和解案を受け入れるよう求めていますが、最終的に拒否ということになった時に、ADRとしてそれ以上何かできるかと言われると、役割上難しいと思います」
和解案を拒否されれば、原発ADRはもう打つ手がないのだろうか。
「そうですね。そこで手続きは終わってしまいます。被害者が裁判の負担まで負うことにならぬよう、東京電力に和解案受け入れを説得しているのが実情です」
和解が不調に終わった社員に残された道は、自らの勤め先を裁判で訴えるか、それとも泣き寝入りするか――。この先、待ち受けているのは、社員と会社が法廷で罵り合う、文字どおりの泥仕合だ。
(取材/明石昇二郎とルポルタージュ研究所)
■週刊プレイボーイ11号「東京電力『賠償金支払い打ち切り&返還請求』の理不尽すぎる実態」より