中国広東省・東莞(とうかん)市に先月、異変が起きた。市内の風俗店約300ヵ所に、警官6525人が動員される大規模なガサ入れが発生。わずか3日間で920人を逮捕、485人が拘束される事態となったのだ。

中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」では、「東莞」が人気検索ワード上位になり、ネット掲示板でも関連スレが次々と立つ騒ぎになり、香港など華人圏各地でも、この摘発劇が新聞の1面を飾った。

なぜ、地方都市の風俗摘発がここまで話題になったのか。それは同市が、中国どころか香港や台湾、果ては一部の日本人にまでその名を轟(とどろ)かせる、アジア随一の「性都(シンドゥー=エロ都市)」だったからだ。一説には、大規模摘発前の東莞で売春に従事していた女性は30万人に達したとされている。

社会主義国の中国では、タテマエ上、売買春はご法度だ。ましてや香港、マカオ、深センなど中国でも特に大きな都市が近接する「大都市のはざまにある田舎町」で「性都・東莞」はなぜ生まれたのか。深セン市で不動産業を営む、30代の中国人男性はこう話す。

「まずは立地環境的な要因。東莞市は、広州(GDP中国国内3位)と深セン(同5位)に挟まれ、香港からも列車で1時間、付近の富裕層が羽を伸ばしに来るにはちょうどいい立地です。また、パナソニックやサムソンなど、台湾・香港・韓国・日本といった各国メーカーの工場進出が非常に盛ん。駐在員や出張者が多い街なのです」

市内にはサラリーマン向けの日本料理や韓国料理の店も多く、レベルも高い。お金がある単身の男性が集まる環境ゆえに、外来者向けの産業(風俗含む)の需要がどんどん伸びたのだ。

東莞市に風俗嬢が増えていった理由とは?

「広東省は北京から3000kmも離れ、経済的にも中国で一、二を争う豊かな地域です。距離とカネゆえに中央に干渉されにくい立場なのをいいことに、香港の黒社会(ヘイシャーフイ)と現地の役人が結託、風俗産業を発展させました。ただ、中国経済が成長した2006年頃からは、広州・深センなどの大都市では『街のメンツにかかわる』と規制が強化され始めます。結果、経営者や女のコたちが田舎町の東莞に大挙して流入したのです」

また、働く女性側の要因もある。最大の契機は、2008年の世界金融危機で現地の主要産業だった製造業が大打撃を受けたことだ。

「精密機器の製造業は腕力が不要なため、女子工員も多い。しかし世界金融危機後、東莞市内の中小企業の工場はほぼ全滅。大量の失業者が生まれました。また、生き残った大企業も、昨年に中国人工員の自殺事件の多発で話題になったフォックスコン(iPhoneなどの部品製造企業)をはじめ、厳格な管理体制下での低賃金労働が当たり前の職場。失業や重労働を嫌った女性たちが大量に風俗に転職したんです」(前出・深センの不動産業者)

東莞市内の女子工員の平均月収は3500元(約5万6000円)程度だが、風俗や水商売ならば同じ額を数晩で稼ぎ出せる。やがて彼女らが「いい仕事がある」と地元の友達を呼び寄せたり、ブローカーが田舎から女性を連れてきたりしたことで、風俗嬢の数はどんどん増えていった。

フランス国営ラジオ『RFI』中国語版によれば、今回の大規模摘発による経済損失は、関連産業も含めれば500億元(約8000億円)以上。東莞市のGDPの約10分の1が丸ごと吹き飛んだという。

(取材/安田峰俊)

■週刊プレイボーイ12号「中国『エロ都市』弾圧最新現地ルポ “風俗嬢30万人”が突然消えた街を歩く」より