200人のタリバン兵から生還した、傷ひとつなく柔らかい手

米軍の対テロ戦争がドロ沼化していた2005年、200人以上のタリバン兵に囲まれる絶望的な状況から奇跡の生還を果たした米海軍特殊部隊員の体験が完全映画化された。

アカデミー賞2部門にノミネートされたその『ローン・サバイバー』の日本公開にあたり、作品のモデルとなったマーカス・ラトレルが「戦争」の真実を語る!

■背中を複雑骨折して骨盤も折れていた

Navy SEALs(ネイビーシールズ)は、米海軍が誇る最強の特殊部隊だ。SEALとは「SEa(海)」「Air(空)」「Land(陸)」の略で、水辺のみならず、あらゆるフィールドを舞台に少人数のチームで作戦を展開。アルカイダの司令官オサマ・ビン・ラディンを殺害した2011年5月の“海神の槍作戦”でも知られている。

しかし、マンガやアニメのヒーローとは違い、彼らは常に勝利が保証されたシナリオを演じているわけではない。例えば、ビン・ラディン殺害の約3ヵ月後には、22名のSEALs隊員がタリバンの報復攻撃で殺害された。

そんなSEALsの壮絶な歴史の中でも最大の激闘、かつ最大の悲劇と呼ばれるのが“レッドウイング作戦”だ。

それは05年5月のこと。今回インタビューに応じてくれたマーカス・ラトレルを含むたった4人のSEALs隊員は、タリバンの巣窟(そうくつ)であるアフガニスタンの山岳地帯へ潜入。偵察中に山羊(やぎ)飼いに遭遇したが、逡巡(しゅんじゅん)の末、撃たずに見逃したことで、自分たちの存在をタリバンに通報されてしまう。

200人以上の重武装タリバン兵に包囲され、4人の潜入隊員のうち3人が死亡。救援に来た米軍のヘリも撃墜され、乗員16人が死亡。そんな地獄から、ただひとり奇跡の生還を果たしたのがマーカスなのだ。

取材前に握手を交わしたとき、傷ひとつなく柔らかい彼の手に驚いた。記者がこれまでに会った、アフガニスタンの山岳戦や東南アジアのジャングル戦を戦い抜いた米兵の手は、一様にひどく傷ついていたからだ。

体格に優れた米兵と戦う際、アジアや中東の小柄な戦士は、腕力の差を補うために相手の小指を折ったり、腱を切るなど“小手系”の攻撃を多用する。マーカスのきれいな手は、これらの執拗(しつよう)な攻撃を完全にかわしていた証拠だ。

厚さ4cmの壁を拳で……

「失礼ですが、激戦を経験した戦士の手に見えない……」

記者がそう言うや否や、マーカスはソファからスッと立ち上がると、部屋に備えつけられていたミニバーの扉に正拳突きを見舞った。「ミシャ」という鈍い音とともに、厚さ4cmはある硬質な木製の扉は見事に貫通した。

「これでいいか?」

突如ソファから立ち上がり壁の前に立つと、準備運動もなく正拳突きをしたマーカス

硬質な木製扉を貫通させたマーカス。突然の出来事に周囲は凍りついたが、本人は何事もなかったかのように席へ戻った

周囲のスタッフが一瞬にして凍りつくなか、マーカスは静かに席に着いた。常人ならしばらくは心拍数が上がったままの興奮状態にあるはずだが、すでに殺気は何事もなかったかのように消え去っている。殺傷能力と精神の抑制能力。SEALsが最強といわれる理由を垣間見た気がした。

***

――200人のタリバン兵に囲まれたときには、危険察知能力を最大限に働かせたと思いますが、その能力はどうやって身につけた?

「持って生まれた部分もあるけど、やはり訓練だね。今この部屋にいても、どうやって脱出するか常に考えているよ。ドアまで何歩あるか。周囲に何人いるか。一番危険そうなのは誰か」

――映画を見て、あまりのタフネスぶりに驚きました。あれだけ何度も崖から落ちて、無事に生きているなんて。

「実際には背中を複雑骨折して骨盤も折れていた。這(は)ったまま10kmも逃げながら戦ったんだ。今でも順番に各部の修復手術を受けている。決して無事じゃないよ」

――爆音のするRPG(携行式ロケット砲)をあんなに撃ちまくったり、至近に着弾したりして、耳は大丈夫なんですか?

「人間の体は不思議だね。俺だって通常時にRPGを撃ったら、鼓膜が破れるかと思うくらいうるさくて、しばらく何も聞こえなくなる。でも、実戦では20発、30発とRPGを撃とうが、機関銃を1000発撃ちまくろうが、何も感じないんだ。理屈はわからないけど、そんなものなんだ」

戦うこと、生きること

――200人のタリバン兵に包囲され、こちらは武器も弾数も少ない。あまりに一方的な戦況で、降伏は考えなかった?

「ノー! 降伏なんてあり得ないよ。たとえ降伏したところで、タリバンに首を切り落とされるだけだからね」

――平和に慣れた日本人には、激戦をただひとり生き残ったあなたの気持ちを知ることは難しい。敵に向かって銃の引き金を引くのは国のため? 仲間のため? それとも家族のため? その瞬間、ためらいはない?

「なんのため、というより条件反射だ。無だよ。何も考えないようにトレーニングしている。原始の戦いの本能だけさ。もし自分の判断が遅れ、友が撃たれて死んだりしたら耐えられない。

もちろん、君たちの気持ちもわかるよ。実際、普通の新兵が射撃練習をすると、丸いターゲットは撃てても、人の形をした的にはまったく当たらないものだ。だからこそ、自分と戦友の命を守るための訓練が必要なんだ。ビン・ラディンを撃った仲間に聞いても、『的を撃つのとなんら変わりない』と言っていたよ」

――少年兵と対峙したことは?

「8歳くらいの少年兵と対峙したことがある。それでも銃を持って撃ってきたら、こちらも撃つ。それは当然のことだ」

――逆に、銃を持たない山羊飼いは、タリバンに密告される危険性があっても解放しましたね。

「銃を持たない者は撃てない」

マーカスは、手にしていたレッドブルを一気に飲み干すと、その缶をまるでティッシュでも丸めるようにグシャグシャにして、ゴミ箱に投げ捨てた。

■本当は出動命令がないことを祈っている

国際的なルールからいえば、あのとき山羊飼いを撃たなかったのは“正しい決断”だった。しかし、その決断は、戦友の死という結果を招いた。

――例えば、生き残ったことがうれしいという気持ちより、戦死した友に対して心苦しいと感じることはありませんか?

「いや、自分が生き残ったことを申し訳ないとか、罪悪感を覚えることはないよ。人の生き死には自分で決められることじゃない。ただ、亡くなった友人たちの分まで生きることを考えている」

――とても哲学的な答えですが、いつ、その境地に達した?

「うちは軍人の家系でね。小さい頃から死というものに対する尊厳を常に受け入れている。人はいつか死ぬ。だから生きることを精いっぱい楽しもうとしている」

――その考えは、どこか日本のサムライに似ている気がします。

「そうかもしれない。名誉のために生きる。そして、生きるために死を怖がらない。俺はサムライの武士道精神を尊敬して生きてきたんだ。日本は素晴らしい歴史や伝統を持っているよね。

ところが今回、日本に来てみたら……『草食系』っていうんだろ? 彼らに会って目まいがしそうになった。ガッカリしたよ。俺はテキサスの男だから、息子にも男として生きるということを伝えていきたいと思っている」

戦友たちへの慈愛の言葉

――SEALsの結束力は非常に強いと聞きます。勝利の日、友の命日……どの日が特別な日?

「葬式だね。友を弔(とむら)い、生き残ったことに感謝する。友のためにも生きることを誓う」

――生き残ったメンバーのスペシャルデーは?

「葬式だよ。それしかない」

――映画が完成したとき、「これでやっとミッションが終了した」と言ったそうですね。

「俺は自身の功を誇ろうと思わない。本来、SEALsの作戦はすべて隠密(おんみつ)だしね。でも、戦って死んだ友や、その家族のために真実を語ってあげたかった」

――映画を見た人たちに感じてほしいことは?

「戦争は複雑なもので、誰が正しいとか、誰が間違っているとか、簡単に割り切れるものではない。それを感じてほしい」

――消防士は、新車の消防車を見るたびに、一度も使わず廃車にできたらいいと思うそうです。その考えを聞いてどう思う?

「そのとおりだ。いったん命令が下されて出撃すれば、もう作戦を成功させることしか頭にはない。しかし、本当は出動命令がないことを祈っているんだよ」

***

対テロ戦争に従事したSEALs隊員が、メディアに口を開くケースは極めて少ない。敵の重要人物に銃を向け、時には“死刑執行人”となる彼らとその家族は、報復テロの対象となる危険性が高いからだ。勝っても勝利を語らず、秘密は墓場まで持っていく。それが彼らの流儀だ。

今回、マーカスが取材に応じたのは、自身をモデルにした映画の公開に合わせて海軍から「作戦の真実を語る」という任務を与えられたからである。それでもインタビュー中、饒舌(じょうぜつ)に功を誇るようなことは一切なく、敵地での戦闘の記憶を再びたぐり寄せる苦しさをうかがわせた。

マーカスは現在、「ローン・サバイバー基金」のチェアマンとして、退役軍人とその家族のサポートを行なっている。彼らのために一番必要なものは何かと聞くと、マーカスはこう答えた。

「彼らが特殊な人種ではなく、普通の人間であることを理解してあげてほしい。普通に接してくれることが、彼らにとって一番大切なんだ」

取材中、決して弱気な面を見せなかったマーカスが唯一、感情を込めて口にしたのは、傷ついた友に対する慈愛を求める言葉だった。

(取材・文・撮影/近兼拓史)

●マーカス・ラトレル(MARCUS LATTRELL)米南部テキサス州出身。1999年3月、米海軍入隊。2002年1月、過酷な訓練とテストを経て特殊部隊Navy SEALsの一員となる。2年間のイラク派遣を経て、05年1月、アフガニスタンへ派遣。06年、ブッシュ大統領(当時)から英雄的戦闘行為に対し海軍十字章が授与された。著書に『アフガン、たった一人の生還』がある。現在は退役軍人のサポートを行なっている

取材を受ける際も、いつでも動き出せるようやや半身に構え、常に鋭い眼光で周囲の様子を監視していたマーカス