青森県・大間原発から直線距離にして20kmに位置する北海道函館市。工藤市長は、原発建設の差し止めを求めて提訴した

4月3日、北海道函館市は国と電源開発株式会社に対して、青森県「大間原発」の建設中止を求めて東京地裁に提訴した。地方自治体が初めて、国と電力会社を相手取り、原発の建設中止を訴えた裁判として、大きな話題になっている。

建設中の大間原発は青森県の最北端に位置し、世界初のフルMOXの発電所として知られる。フルMOXとは、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを混合したMOX燃料のみを使うことを意味する。

函館市が今回最も問題視するのは、その大間原発で万が一の事故が起こった場合の防災・避難計画について。

3年前の福島第一原発事故以前は、防災対策を重点的に行なう地域は原発から半径8kmから10km圏内とされ、EPZ(防災対策重点地域)と呼ばれた。しかし原発事故後、その範囲は半径30km圏内と定める、UPZ(緊急時防護措置準備区域)に変更されることになった。ところが、新基準の圏内に入る函館市には、大間原発建設についての具体的な説明はなく、しかし防災・避難計画についてだけは各自治体に義務づけているという。

大間町と函館市の距離は直線にして約20km。世界三大夜景の函館市が臨める函館山山頂から、大間原発は肉眼で見渡せる近さだ。しかし国は大間原発の建設にあたって函館市などには一切口を挟ませず、避難計画だけは押しつけるという理不尽な対応を続けてきた……。もはやガマンの限界!と立ち上がった函館市。その先頭に立つ工藤壽樹(としき)市長に、国を相手に戦いを挑む胸中を聞いた。

大間原発は多くの面で世界一危険!

■世界一テロに弱く、世界一危険な原発

――今回、函館市が考える裁判の争点を教えてください。

「福島第一原発事故前から原発の建設の際には、EPZ圏内にある地元市町村の同意が必要とされていました。しかし、原発事故後にUPZとしたのに、大間原発の工事再開について函館市や道南地方の自治体に説明会さえ開かれないのです。発言権や同意権も認められないまま、30km圏内の市町村には防災計画だけが義務づけられています。

しかも大間原発の建設工事が再開されたのは12年10月、民主党政権下で原子力規制委員会の新たな規制基準も明らかにされていない頃です。つまり大間原発は福島の事故より前の古い基準に基づいて建設しようとしています。建設ありきで安全性が二の次になっているのは明白です。われわれは原発が安全か危険かを論ずるのではなく、こんな乱暴な進め方は許されるのか?ということを問いたいわけです」

――提訴後、菅義偉(すがよしひで)官房長官は早速、「大間原発はすでに原子炉設置許可を受けており、新増設には当たらない」と反論しています。

「いえ、われわれは新増設だから反対とはひと言も言ってません。官房長官のコメントは言葉の遊びでまったく噛(か)み合わない。政府が原発の新増設を今後は認めないという方針を出しているなら、このコメントもまだスジが通っています。しかし、政府は新増設について立場を明らかにしていないわけです。逆に政府に、新増設はしないということですか?と聞き返したくなりますね」

――政府は4月11日、エネルギー基本計画を閣議決定し、原発は重要なベースロード電源と位置づけました。原発重視を表明した国を相手にケンカを売るというのは相当の覚悟がいると思います。どのように戦いを進めていくつもりですか?

「確かに国相手に戦うのは大変な覚悟がいりますが、真正面から行くしかないと思っています。大間原発はそもそもさまざまな問題を抱えている原発ですから。一番はフルMOXの危険性ですね。プルトニウムを燃やすということでその強い毒性が危惧されていますし、事故が起きたときの被害は通常の原発の比にならないといわれています。もしメルトダウンしたら、毎秒10mの風速で、大間町や下北半島はもちろん、道南地域にも約30分後に死の灰(放射性物質)が降り注ぐという調査結果もあります。

それから津軽海峡は国際海峡で、あらゆる種類の船舶が通行可能です。領海は通常の12海里(22km)ではなく、3海里(5.5km)しかない。テロ対策も講じにくいのです。しかも大間は原発をこれまで扱った経験のない電力会社『電源開発』がやるわけです。つまり大間原発とは世界一テロに弱く、世界一危険な原発なんです」

――避難計画を作ることは可能なんですか?

「事故が起きたらほとんどの市民は道北、札幌方面に避難するでしょう。しかし札幌に向かう道路は国道5号線の一本で、途中に大沼峠があり、ゴールデンウイークなどは大渋滞。冬に吹雪ともなれば立ち往生してしまう。函館市の人口は27万人です。国道5号線に市民が殺到する非常時に、『あなたは大間から30km圏内だから先に行って!』『あなたは圏外だからちょっと待って!』なんて計画的に指示できるわけがない……。避難計画なんて無理なんです

最終的な狙いは一時凍結

■裁判官が結論を出しやすい争点に

――市長は東日本大震災の直後から建設停止を求めて、経産省や電源開発などに計4回、陳情に行っています。対応はどんなものでしたか?

「政務官、時には副大臣が会ってくれたこともありました。でも皆さん困った顔をされるだけでね(苦笑)。11年6月、最初に電源開発に要望書を持っていったときには、『日本のエネルギーの確保のためにもわれわれは安全に万全を尽くします』なんてしきりに言われて……。事故からまだ3ヵ月ですよ。よくそんなこと言えるなと。こりゃダメだなと思って、もうその頃から場合によっては訴訟も辞さず、と考えていました」

――現在も全国各地で市民による原発訴訟が続いていますが、司法の側は規制委員会の安全審査の結果を待っているのか結審を下さず、ずるずると時間稼ぎをしている印象です。函館市が速やかな結審を促し、しかも勝つために裁判の力点をどこに置いていますか?

「一番の主眼はたったひとつ。函館市の同意をキチンと得てほしい、ということだけです。原発が安全か?危険か?というテーマになると裁判は延々と続くと思うんですね。われわれが抱える弁護士には住民訴訟を手がけている人もいますが、争点をそこにしないで原発訴訟にも影響しますから。

われわれはあくまで大間の建設の手続き、手順のいいかげんさで争います。しかも求めているのは建設の撤回ではなく、一時凍結です。それなら裁判官は結論を下しやすいだろうと思っています。これは、原発事故を起こしたわれわれの世代が急いで結論を決めるのではなく、次の世代に託しませんか?という提言でもあります。第一審の結審までは3年が一応のメドと弁護士とは話しています」

――訴訟を起こすタイミングをこの時期にした理由は?

「もっと早くに訴訟を起こすこともできましたが、再稼働について盛り上がっているのが、今の時期だと思ったんですね。函館市の議会では都知事選の告知前に訴えろと言ってきた会派もあったんですが、私はかたくなに拒否しました。もし都知事選で脱原発の候補者が負けたら、マイナスにしかならないと思ったんです」

――読みが当たりましたね(笑)。最後に、原発の是非について、市長の考えを聞かせてください。

「市長という公的な立場にいる私が私見を述べることは控えてきました。今回の訴訟にあたって反対派、容認派を含めて地元のすべての人の賛同をいただきたいと思っているので。ただ再稼働に関しては相当慎重であるべきとは話しています。電力会社は電気料金を上げないためには再稼働が必要と言いますが、そんなのウソっぱちですよ。工事費も燃料を買うのも取引相手の言い値に従って、かかったコストに利益を上乗せして国民に負担させる、総括原価方式という制度がそもそも間違っています。

それよりも電力の自由化を積極的に進めていけば、通信の世界のようにコスト競争が始まり、2割から3割の値下げは当たり前になると思います。私は日本ではドイツのように倫理観に基づいた“脱原発”は難しいと思うんです。現実的には原子力ムラが弱らない限りは無理でしょう。だから電力自由化の動きを促進するとか、結果としてもっと安くて安全なエネルギーが生まれていく環境づくりを整えていかないと始まらないと思います。“脱原発”だけを唱えていても何も変わらないんです」

(取材・文/長谷川博一)