累計部数3000万部を超える大ヒットマンガ『進撃の巨人』(作:諫山創、講談社)。その人気は日本国内にとどまらず、韓国語・中国語(台湾)・英語などに翻訳され、世界中に広がっている。

なかでも香港では熱心なファンを生み出しているという。

「われわれ香港は、イギリスの植民地支配という『壁』に守られて百数十年の発展を遂げてきた地域ですが、現在は壁を破ってやって来た中国という『巨人』に食べられようとしている。このマンガは、まさに現代の私たちの社会を象徴していると感じます」

そう語るのは香港の芸術家・ケイシー・ウォン(黄国才)氏だ。

『進撃の巨人』の舞台は、人間を捕食する「巨人」によって支配された世界。人類は高い「壁」を円形に築き、その内側で平和な生活を営んでいた。しかし、あるとき出現した超大型巨人が壁を破壊してしまう。追い詰められた人類は巨人との戦いを決意する――。そんな作品の世界観が、香港の時代背景とシンクロしているというのだ。

香港は1997年にイギリスから中国に返還されたが、中国資本によるメディア支配や中国人移民の激増で、従来の自由な空気が損なわれたと感じる地元住民が少なくない。

今年44歳のケイシー氏もそんなひとりだ。彼は香港理工大学デザイン学院の教授を務める傍ら、香港の民主化運動に積極的に参加する「戦うアーティスト」として知られている。

「私が初めて『進撃』を読んだのは昨年のこと。作画はイマイチながら、深みのあるストーリーが素晴らしいと感じました」

中国は、巨大な経済力を武器に香港人を「食う」

そんな進撃ファンのケイシー氏が、昨年7月1日の大規模な対中国抗議デモにあたり制作したのが「進撃の共人」と題したオブジェだ。

赤く巨大な“共人”には中華人民共和国の象徴、黄色い星が描かれ、右手には香港市民を模した2体の人形が、今にも捕食されそうな状態で握り締められている。

「中国は、巨大な経済力を武器に香港人を『食う』。そんな現実を表現したかったのです」(ケイシー氏)

ところで『進撃』の原作では、ストーリーが進むと、主人公エレンとともに戦ってきたはずの仲間に、実は巨人側に立つ敵が含まれていたことが判明する。“巨人化”の能力を持つ彼らは、ある目的のためにエレンたちをだましていたのだ。そしてエレンと、かつての仲間との愛憎劇が描かれる。

ケイシー氏はこの設定もお気に入りなのだという。

「自身の身を巨人に変え、こっそり敵側と通じている仲間……。これはまさに『共産党に屈服した香港人』を描いていると言えませんか?(笑)。やっぱり香港の状況と似ていますよね」(ケイシー氏)

理不尽で、圧倒的で、抗(あらが)い難(がた)い存在=巨人。投影する存在は違えど、その“リアル”な描写で、『進撃の巨人』は国境を越えて支持されている。

(取材/安田峰俊、取材協力/姜誠)

■週刊プレイボーイ23号「アジアにおける『進撃の巨人』の意外な読まれ方」より