江差駅に到着した最終列車。混雑に対応するため、普段より長い、キハ40の3両編成となった

東京から新幹線を乗り継いで5時間。青函トンネルの先にある木古内(きこない)と、ニシン漁や北前船で栄えた歴史のある江差(えさし)を結ぶ、JR江差線が5月11日、78年の歴史に幕を下ろした。その最後の一日を朝から晩までひたすら追いかけた。

■「これぞ北海道のローカル線」な江差線

まず江差線の沿革を簡単に説明しておこう。江差線は1936年に開通。江差と木古内、函館を結ぶ足、海産物や木材を全国へ送り出す輸送機関として、大きな役割を果たした。だが車社会の到来と少子化による乗客減で、列車は一日わずか6往復に。2011年の輸送密度(利用状況の指標となる一日1km当たりの通過人員)は、採算ライン4000人を大きく下回る41人。年間3億円以上の赤字路線として、再来年の北海道新幹線、函館開通を待たず、江差~木古内間が廃止されることになった。

江差線の魅力を、全国およそ1万すべての駅を鉄道で訪問し、大ヒットマンガ『鉄子の旅』にも登場する横見浩彦氏はこう語る。

「江差線はこれぞ北海道のローカル線といった風景がつまっていました。湯ノ岱(ゆのたい)のスタフ交換(後述)、吉堀(よしぼり)~神明(しんめい)の峠越え、板張りの神明のプラットホーム、吉堀と桂岡の車掌車を改造した駅舎。乗客が少なくて近代化されなかったゆえに、かつての国鉄時代の風景が残ったんです。僕はここ3、4年で15回は来てます。正直、同じ風景で飽きてるんですけど(苦笑)、来ちゃうんですよね。まあ“葬式鉄”としても最終日は来ないわけにいかないですし、今回は3日前から現地入りしました」

ちなみに“葬式鉄”とは、鉄道の廃止に集まる鉄ヲタのこと。

「ラストは混んでいて、いつもの雰囲気が味わえないからイヤって声もありますけど、やっぱり最後は見送りたいですよね」(横見氏)

各地のセレモニーも大盛況

主だった駅では、列車の到着や発車に合わせてセレモニーを開催。江差駅では朝から駅前広場で名物のにしんそばや、海産物が売られている。さらにステージも作られ、完全にお祭りモードだ。その一角には昭和40年代の江差駅前を再現したジオラマが。製作したのは北海道大学鉄道研究会。

「江差の方に依頼されて、昨年の夏から月に数回こちらに来て作りました。苦労したのは建物ですね。当時の写真を見ながら、プラ板を切って再現しています」(4年生・岩崎健太さん)

列車を待つ間にはさまざまなイベントが。JR北海道の社長や江差町長が参加した餅まきは大盛況!

大きなにぎわいを見せたのは12時55分の列車が到着したとき。上空には列車を追いかけてきたヘリが3機も飛び、3両編成(定員288名)から降り立った満員の乗客をJR北海道の社長や、江差町長、ゆるキャラ「しげっち」が出迎えた。

最終日で最高記録を樹立

鉄ヲタが多く集まったのは湯ノ岱。江差~木古内間で唯一、駅員のいる駅だ。ここで見られるのが、日本ではほとんど残っていないスタフ交換。単線で正面衝突が起きないよう、スタフという通行許可証を列車同士で交換する。その受け渡しシーンが人気の撮影スポットだ。また、切符売り場も大混雑。入場券は前日に売り切れ、残っているのは回数券だけ。回数券といっても特別なものでなく、JR北海道で共通の回数券用紙に乗車区間と有効期限をその場でスタンプしただけ、しかも廃止されるので明日以降使用不可。それすらほとんど残らない状態だ。湯ノ岱駅ができて以来、最高の売り上げだったとか。

列車が着くと、鉄ヲタは一斉にきっぷ販売窓口へ。あっという間に大行列ができてしまい、きっぷを買うため数十分待つことに

一方、この駅で鉄ヲタの暴走による残念な事件があったことも報告しておく。事件の当事者で『ゆりてつ』など鉄道マンガを手がけた松山せいじ氏が語る。

「スマホでセレモニーを撮影していたら『ジャマだ、どけ!』と、“撮り鉄”に突き飛ばされ、スマホは線路に叩き落とされ、警察に被害届を出すことになりました」

同じ目的を持った鉄ヲタ同士、譲り合いの気持ちを大切にしたい。

■楽しみ方いろいろ、江差線最終列車

江差線の「最終列車」となる、木古内発江差行きに乗車した。発車は20時50分。5分ほど遅れて出発した。満員になるものと思っていたが、鉄ヲタ、家族連れを含めて乗車率は7割程度だ。

だが、それもしょうがない。この列車の終点は江差。折り返し列車は回送になるため、戻る公共交通機関がないのだ。乗っているのは地元民か、コアな鉄ヲタだけ。

ホームを埋め尽くす表情はさまざま

車内では「最終列車乗車記念証明書」が配られた。鉄ヲタは風を感じるべく窓をフルオープン。この時季、北海道の夜はまだ寒い。だがそんなこと気にせず、顔を出して風を受け、カメラで撮影。先頭車両ではビデオカメラを回す人。マイクを持って走行音や車内放送を録音する人もいる。近くを走る道路では、朝からずっと車で江差線との併走を続けていた“撮り鉄”が最後のドライブ。

各駅では、住民が集まって最後の別れ。渡島(おしま)鶴岡駅では大漁旗が。そしてサイリウムが暗闇に振られ、まるでアイドルライブのよう。大きな集落のある上ノ国(かみのくに)駅では数十人がホームに。「ありがとう~」「さようなら~」。旗を振り、乗客と別れの言葉を交わす。

22時過ぎ、終点も近い。

「間もなく終点江差~、江差に止まります。この列車は江差線最終列車となりました。皆さん、長い間ご利用いただきありがとうございました」

車掌が万感の思いで車内放送。自然と拍手が起こった。

定刻から15分遅れ22時7分、最終列車が江差に到着。ホームを埋め尽くす人、人。こんなに江差駅に人が集まったことがあっただろうか。笑顔、悲しい顔。さまざまな表情で列車を見つめている。

22時22分。「プォオオオーーー」。聞いたことがないぐらい長い汽笛が鳴り、ディーゼル音を響かせ、乗客を乗せない本当の最終列車が江差駅から去っていった。

最終列車到着直後の江差駅。乗客と住民、全員興奮気味でテンションが高い。まさにお祭り気分だ

その日は江差で宿泊。ちなみに街中のホテルは鉄ヲタですべて埋まったらしい。

翌朝、駅に行くと、あれだけにぎやかだった駅前広場に何もない。駅舎では工事が始まっている。駅名標が取り外され、「江差駅」と書かれた看板も下ろされていた。ホームから線路に下りる。レールはまだピカピカ光っていた。今日も列車が来るような気がした。

(取材・文・撮影/関根弘康)