「経済格差が広がり、貧困層も拡大。自殺者数も年々増え続けている」
現在の日本についてこのようなイメージを持っている人は多いのではないだろうか? しかし、家計調査データに目をやると、むしろ経済格差は縮小の傾向にあり、人口動態統計データによると自殺者数は長い目で見れば、戦後間もない頃の水準に戻っただけ……。 大学卒業後からシンクタンクで日々膨大な量の統計資料に触れてきた“数字好き”の本川裕氏は、『統計データが語る日本人の大きな誤解』で世間のイメージとは大きく異なる日本の姿を伝え、必要以上に暗いムードになっている日本人に警鐘を鳴らす。
―なぜ日本人から自信を失わせてしまうような情報が多く流布しているのでしょうか?
本川 最も大きいのは、物事の悪い側面ばかりマスコミがピックアップすることでしょう。
―どんな事例がありますか?
本川 例えば、図表1の厚生労働省の人口動態統計のデータを見ると、日本の他殺による死亡者数は1998年に808人でピークとなった後、減少傾向が続き2012年には383人と14年間で半数以下になっています。これはもちろんいいニュースなのですが、毎日のように殺人事件を報道する新聞やテレビはこうした統計データをまず伝えません。
この例に限らず、失業率、賃金カット、不況、孤独死、病気などの話題も同様に、悪い面が改善されているというデータは公表されにくく、悪化した際にだけ「深刻化している」という形で出回ることが多いんですよね。
(図表1 ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/01/32075/)
同じ調査でもグラフの作り方で印象が変わる
―確かに、この数字には驚きです。
本川 マスコミ側としては、消費者の不安をあおり「自分にどんな被害が降りかかるか、どうしたら対策がとれるか」という側面のほうが、食いつきがいいので仕方ないといえば仕方ないのですが。
ほかにも、面白い例がありますよ。図表の2-Aと2-Bを見てください。これはどちらも2005年にISSPが調査した、ストレスに関する結果を表したグラフです。
(図表2-A、2-B ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/01/32075/2/)
―えっ! これを見ると、Aだと日本はストレスが少ない国。Bだとストレスが多い国という印象を受けます。
本川 そうなんです。AのグラフはOECD(経済協力開発機構)がBのグラフの数字のうち「いつもある」「よくある」「ときどきある」と答えた「ある群」を足してまとめ直したものです。対して、Bは「いつもある」の多さのみで上から順に並べたもの。まったく同じ調査結果でも、グラフの作り方や数字の扱い方でこんなに印象が変わってくるんですね。
―これは目からうろこです。
本川 マスコミは自殺問題などを取り扱う際、Aのグラフは捨てて、都合のいいBのグラフを使用し「日本はこんなにストレスの多い国なんだ」とあおるでしょう。実際にそんな例もありました。ストレスが「ある」と答えた人の数に着目すると、必ずしも日本がストレスの多い国とは断言できないのですが。
―なるほど。では、私たちがデータには偏りがあると見抜く方法はあるのでしょうか?
本川 まずはデータの出典を確認する習慣をつけることですね。確認するポイントとしては、(1)国勢調査のように定期的に実施されている調査なのか、特定の目的の単発調査であるのか。後者の場合、アンケートの設問、グラフなどが、もともと証明したい仮説ありきで作られる可能性があるので、疑う必要があります。また、(2)国内調査か国際調査かという点も確認するといいでしょう。国内の統計データは国民へのメッセージを含むものになりがちですが、国連・世界銀行・OECDなど国際的な統計データは、特定の国を意識して編集されているわけではありません。偏りのない情報なので意外な発見があることも多いですよ。
男性より女性のほうが幸せ?
―本書の中ではほかにも、男女の幸福度の差に関する調査結果も意外でした。男子としては見逃せません!
本川 図表3-A「幸福度の男女差」を示す統計データですね。日本の場合「あなたは幸せですか」という設問に対して「非常に幸せ」「やや幸せ」と回答した割合が2010年に男性が82・2%、女性が90・4%。男性より8%以上も多くの女性が幸せを感じていることがわかりました。女性のほうが幸せと感じている結果に多くの男性は驚かれたのではないでしょうか。
―さらに驚いたのは世界各国との比較です。
本川 図表3-Bのことですね。日本は世界で最も女性の幸福度と男性の幸福度にギャップのある国という結果が出ています。
(図表3-A、3-B ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/01/32075/3/)
生まれ変わるとしたら男がいいか?
―なぜそんな結果になってしまったのでしょうか?
本川 この結果をひもとくデータとして図表3-C「生まれ変わるとしたら男がいいか女がいいか」という調査結果があります。1958年から2008年までの50年間で「女に生まれ変わりたい女性」は44%も増えています。以前の日本の女性は雇用・資産相続などの問題で不利な立場にあったとされていますが、現在はその問題も改善されつつあり社会的地位は明らかに向上しています。このことがそのまま女性の幸福度の高さと直結しているとは言い切れませんが、一因であることは間違いないでしょう。
(図表3-C ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/01/32075/4/)
―では、男性の幸福度についてはどうでしょうか?
本川 女性の地位が向上したとはいえ、主に働くのは男性でしょうから仕事のストレスなどは感じやすいと思います。ほかに注目すべきは、お隣の国、韓国も女性と男性の幸福度のギャップが5位と世界の中で上位であるという点です。日本と韓国の共通点である儒教思想に鍵があるのではないかと考えられます。
―具体的にどういうことでしょう?
本川 「男は黙って女性や家庭を支えていかなければならない」という価値観が意識の中に植えつけられ、そのことによるプレッシャーやストレスも常に感じているのではないかということです。
―それで幸せを感じにくくなっているということですか?
本川 はい。さらに興味深いのは「男に生まれ変わりたい男性」がほぼ横ばいで高値にあることです。たとえ幸福を感じることが少なくても「男でありたい」というようなプライド意識がうかがえます。「男である」という見えないプレッシャーとも闘っているんでしょうね。
男はプライドを捨てるしかない?
―われわれ男性が「幸せ」をもっと感じられるようにするにはいったいどうしていったらいいんでしょうか?
本川 変なプライドやプレッシャーを捨ててしまえば男性も、もっと幸せになるのでは……。というのは簡単ですけど、なかなか意識の中に根づいているものを取り払うのは難しいですよね(笑)。
―では最後にまとめとして、情報であふれかえる現代を生きる私たちに必要な心構えを教えてください。
本川 ネットなどで簡単に情報が手に入る今、重要なスキルはデータのウソを見抜くこと、誤解が生じている事例をたくさん学ぶことです。社会の通説を疑ってかかる姿勢が真実にたどり着くこともあると知ってもらえるとうれしいですね。
■本川 裕(ほんかわ・ゆたか) 1951年生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒業。同大学院単位取得済修了。(財)国民経済研究協会研究部長、常務理事を歴任。現在、アルファ社会科学(株)主席研究員、立教大学兼任講師を務める。インターネット上で『社会実情データ図録』【http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/】を主宰。著書はほかに『統計データはおもしろい!』(技術評論社)など
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