警察庁の発表によると、振り込め詐欺の一種、いわゆる「おれおれ詐欺」の2013年の被害額は、前年比53・0%増の約171億円!
この詐欺の被害が拡大した03年以降、警察は広報活動と詐欺組織の摘発を強化、銀行は振り込み額の上限(*1)を設けるなどして対策を講じた。その結果、09年には被害額を約50億円まで抑えることに成功する。しかし、それが今や10年前と同じ水準にまで戻ってしまったというのだ(図表1参照)。
その背景にあるものは? 振り込め詐欺組織の知られざる実態を描いたルポ『振り込め犯罪結社』(宝島社)の著者であるノンフィクションライター・鈴木大介氏に話を聞いた。
【注1】ATMでの現金振り込みの限度額は10 万円。窓口だと、本人確認書類の提示と取引を行なう目的、職業の確認をパスした場合のみ10 万円以上の振り込みが可能。キャッシュカード使用だと、銀行やカードごとに上限額が異なるが、約200 万円が相場(本人確認済みの場合)
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―なぜ、「おれおれ詐欺」の被害額はこれほどまでに膨れ上がったのでしょうか?
鈴木 その理由は大きく分けてふたつ。ひとつは、一発の詐欺で奪う金額が増えたこと。今“振り込め”も含めた詐欺業界は、ターゲットを「金持ちの高齢者」に絞っています。しかも、一番狙うのは“銀行口座の中”ではなく、“家の中”にある大金、つまり「タンス預金」。詐欺業界では自宅に現金があるターゲットは「金庫」と呼ばれます。振り込み額に上限がある銀行の取引を介さない分、詐欺一発の単価は当然上がる。
現在、振り込め詐欺組織の多くは「ウケ子」(現金を手渡しで受け取る役)を利用した集金手段をとります。「社長の娘を妊娠させてしまった」「不倫をしたことが相手の旦那にバレて慰謝料を請求されている」などの“シナリオ”は以前からある「おれおれ詐欺」と同じですが、旧来と違うのは、ウケ子が自宅にまで赴いたり、呼び出したりしてターゲットと直接会い、現金を徴収することです。
(図表1 ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/08/32341/)
「第4世代」による新興組織の出現
―もう“振り込め”じゃなくなっていますね……でも、そんなことをしたら詐欺だってすぐバレるんじゃないですか?
鈴木 バレても金を払わせるのは可能なんです。なぜなら、この集金方法で稼いでいる詐欺組織は、高精度の「名簿」(*2)を入手しているから。「名簿」とはターゲットの情報で、“高精度”とは、その情報が正しく、詳細であるということ。「名簿屋」は、国勢調査を装ってターゲットの家族構成、資産額はもちろん、「相談できる地域の仲間がいるか」「息子の職場や部署、直属の上司の名前」「詐欺の被害に遭ったことはあるか」など本当にこまごまとした個人情報を調べ上げています(*3)。
【注2】「名簿」の“精度”は詐欺の成功率を左右する。「400 人分の情報が載っているのに1件しか詐欺に引っかからないという『名簿』もあるし、噂で聞いた話で、どこまで本当かわからないのですが、“打率5割”の『名簿』も存在しているらしいです」(鈴木氏)
【注3】鈴木氏いわく「ウケ子」を使った詐欺で、特に狙われやすい高齢者のタイプは「独居」「地域とのつながりが薄い」「子供とも疎遠」「金庫」「少しボケている」など
その情報=「名簿」を使って追い込みをかければ、被害者はたとえ詐欺だと気づいていても「向こうはこちらのことをなんでも知っている。警察に通報でもしたら、自宅に押しかけたり、別居している息子や孫に暴力を振るうかもしれない。でも、金さえ払えば……」と、正常な判断ができなくなるものなんです。年を取ると、思考力や判断力が低下しますから。
―もはや詐欺というより、恐喝ですね……。被害額が激増した、もうひとつの理由は?
鈴木 それは振り込め詐欺に関わる者が増えたこと。僕は最近になって関わるようになった者たちを便宜上「第4世代」と言っていますが、この世代は特に「プレイヤー」(詐欺の電話をかける役)の人口が増えています(図表2参照)。
第3世代までの振り込め詐欺組織におけるプレイヤーは「少数精鋭」が基本でした。関わる人間が少ないほど逮捕のリスクが小さくなるし、「金主(きんしゅ)」(詐欺組織のオーナー。詐欺行為に必要な経費や人件費を出資し、見返りを得る)からの締めつけがあったから。もちろん「番頭」(詐欺実行のリーダー)が組織から独立するなんてのはご法度(はっと)で、その際には相応の覚悟が必要でした。でも、第4世代からは“上”の縛りが緩くなって、新興組織がどんどん出てくるようになった。それに伴い、プレイヤーも増えていったんです。
(図表2 ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/08/32341/2/)
「番頭」は20代の地方出身者中心にシフト
―縛りが緩くなった理由とは?
鈴木 要因のひとつは関東連合が「準指定暴力団」に指定されたことです。関東連合を正式に名乗れる“元メンバー”の中で、振り込め詐欺の「金主」だった人はほとんどいませんが、関東連合の“周辺者”とか“友好団体”にはこの詐欺で食っていた人がたくさんいて、彼らが芋を引いた(おじけづいた)んですね。
―つまり、以前の「金主」が振り込め詐欺への投資をやめた、と。
鈴木 そういうことです。「金主」からカネが降りてこず、組織の締めつけもない。すると、ようやくその下にいた者たちが独立して、“自分たちが稼いだ資金”で詐欺稼業をするようになったわけです。
―「第4世代」の人たちの特徴は?
鈴木 一概には言えませんが、僕が知っている限りでは、今、詐欺組織を回している「番頭」は20代の地方出身者中心にシフトしています。かつてのような、いわゆる「半グレ」といった東京の不良ではなく、地方で不良だったコが上京して、「ダシ子」(振り込まれた金を引き出す役)や「ウケ子」といった末端から「プレイヤー」までを経験し、修業して自ら上に立つという時代なんです。彼らの、裏稼業で成り上がろうとするモチベーションはスゴイですよ。
―しかし、地方の若い世代は、上昇志向が昔ほどなくなり、上京をイヤがる人さえ増えている、とよくいわれますが。
鈴木 僕は地方に住む若いコたちも何度か取材したんですが、確かにそういうコが増えているし、“不良”というにはあまりにも安定志向です。でも、なかにはやたらモチベーションの高いコもいる。地方の不良コミュニティでもほとんどは“本物の不良”を「ちょっとイタいよね」「何考えてるかわからないし、危ないよアイツ」と敬遠するようになっているけど、そのコミュニティからはじかれた“本物の不良”は、“悪い先輩”や同郷のヤクザのツテで振り込め詐欺を始め、「番頭」にまでのし上がるという流れがある。
(図表3 ⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/07/08/32341/3/)
振り込め詐欺組織の“正論”とは?
―なぜ彼らは地元の空気に従わず、“不良”を極める道を歩んだのでしょうか?
鈴木 僕が見た20代の「番頭」たちで多かったのが、地方の中でも特に貧しいエリアの出身者です。具体的な地名は言えませんが、学級崩壊は当たり前、夜中に絶対に出歩けないほど治安も悪くて、自治体の行政も経済も何もかも崩壊している。そんな極貧地区出身でモチベーションの高いコたちは「貧乏に飼いならされない」よう必死にサバイブしてきた。そういうコたちが振り込め詐欺の「第4世代」を担っているのです。
ちょっとビックリしたのは、ある極貧地区出身の不良と話したとき、彼は笑いながら「関東の輩(やから)って、『金のためなら人殺し以外、なんでもやる』とか言うじゃないですか。それ聞いたとき、ちょっとクスッてしちゃったんですよね。俺ら『金のためなら人も殺す』んで。ちょっと温度が違いますよね(笑)」と言ったんです。東京に住んでいる人は“東京基準”でモノを考えるから理解し難いですけど、極貧地区の不良にとっては、それが基準なんですよね。彼らはかなりの気合いと覚悟で詐欺稼業に手を染めているわけです。
―「貧困が子供を犯罪加害者にする」は鈴木さんがさまざまな著書で何度も主張されていますが。
鈴木 僕が取材した「番頭」は、「プレイヤー」候補を育成する研修で、若いコたちにこのようなことを言ったそうです。
「裕福な高齢者からお金を奪うということは『最悪の犯罪』ではない。俺たちは何百万もの金をその日に用意し、振り込むことができる財力の持ち主をターゲットにする。『最悪』とは合法の下、金を持っていない奴からさらに搾り取ることだ。これに比べれば、振り込め詐欺は最悪でもなんでもない」
これを詭弁(きべん)だと突き放すのは簡単です。しかし、高齢者ばかりに富が集まり、若いコは貧乏クジを引き続ける社会に住む僕たちは、この言葉を否定できるでしょうか。「振り込め詐欺は最悪の犯罪なのか?」という問いは、社会に向けられています。振り込め詐欺組織が育ち、若いコたちがついていくのは、そこにある種の“正論”があるからなんです。
■鈴木大介(すずき・だいすけ) 「犯罪者の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会・触法少年少女らが生きる現場を中心に、取材活動を続けるルポライター。著書に『家のない少女たち』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版社)、『家のない少年たち』(太田出版)など。現在『週刊モーニング』で連載中のマンガ『ギャングース』のストーリー共同制作を担当
■『振り込め犯罪結社200億円詐欺市場に生きる人々』 宝島社 1300円+税