脱法ハーブの取り締まりが本格化してきた一方、日本でも拡大してしまった「本能解放」市場を狙って、とんでもないドラッグが広まる危険性が出てきた。
■本能を解放されると人は人に噛みつく?
8人の死傷者を出した、池袋の“よだれ男”暴走事故から1ヵ月。この事件で脱法ハーブの危険性は日本中で知られるようになったはずだ。しかしその後も、運転前のハーブ吸引による交通事故は続いている。7月11日には東京・新宿区で。12日には大阪で2件。15日にはまた新宿区で……。
脱法ドラッグ一掃までの道のりは遠そうだ。こんな状況のなか、元公安外事捜査員で犯罪病理学者の北芝健氏はこう語る。
「現在、警視庁組織犯罪対策部と、厚生労働省の麻薬取締部が、日本での広がりを最も恐れているドラッグのひとつが『バスソルト』です」
バスソルトとは何か? 粉末や半透明の結晶で、一見、本物の入浴剤のようだ。商品パッケージもおしゃれ。しかし、これを水に溶かし、あぶって吸ったり、またはハーブに噴霧(ふんむ)して吸ったりすれば、もはや「人間」でなくなってしまうという。……どういうことか?
脱法ドラッグはアメリカでは「デザイナードラッグ」と呼ばれる。「成分をデザインしたドラッグ」という意味だ。バスソルトもそのひとつで、2010年からアメリカで広まったが、その存在に全米が震撼したのは、12年5月、いわゆる「マイアミ・ゾンビ事件」である。
フロリダ州マイアミのハイウエーで、31歳の男が66歳のホームレスを襲い、目や、顔の半分以上を18分間にわたって食いちぎり続けたのだ! 男は全裸状態で、駆けつけた警官に射殺された。そして警察サイドは、犯人はバスソルトを吸っていたらしいと語った。
実はこの後、男の体内からバスソルト成分は検出されず、確認されたのはマリファナ成分だけだったが、マリファナだけでこれほどの凶暴化はあり得ないと専門家から指摘が続出し、今も議論中だ。
「どちらにせよ確かなのは、当初、警察もバスソルトだと確信したほどに、この事件以前から、バスソルト吸引による噛みつき事故がアメリカで多発していたわけです」
すでにバスソルトは日本に上陸している!
しかし、そんな「残虐化するドラッグ」を、なぜそれほど多くの人が求めるのだろうか?
「脱法ドラッグ全般にいえることですが、簡単に作れて安価な上、吸引してすぐ、脳内でドーパミンがあふれ出て、とてつもない多幸(たこう)感が得られるのです」
多幸感とは?
「卑近な例でいえば、1000円拾っただけで1億円の宝くじと同じ喜びを得られる。カップラーメンで5つ星レストランと同じ喜びを得られる。どんな相手でも世界一の美女とセックスしている喜びを得られる」
いいですね……。
「その代わり、本能が異常なまでに解放される。性欲だったり食欲だったり攻撃性だったり、本能のどの部分が一番強く解放されるかは、ドラッグの種類によります。バスソルトは、そうしたドラッグのなかでも多幸感を非常に強く得られる代わりに、攻撃性が異常に激しくなり、人の顔に噛みついたりするわけです」
そういえば! 今から1ヵ月前、世界中で話題となった「噛みつき男」がいた。そう、W杯ウルグアイ代表、スアレスだ。試合中だけで3度目というから、もはや噛みつき常習犯である。
「マイク・タイソンも試合中に噛みついていましたが、彼らは闘争本能が解放されやすい性質なのでしょう。でも、そもそも人類の祖先は、手足でなく噛みつきが主な攻撃手段でした。『噛みつき』は、原始の記憶まで本能が解放された結果とも言えます」
そんな「本能解放」状態に、あらゆる人を陥らせるのがバスソルトなのだ。そしてこの薬、実はもう日本に入ってきているらしい。
「12年頃から、広島や埼玉などで発見されています。バスソルトの代表的な成分であるMDPVは12年から麻薬指定され、同じくカチノン類も昨年、包括指定されましたが、今後も分子構造を少し変えてくるはず。そもそも、これだけ取り締まっていてもMDMA(押尾学事件で知られた合成麻薬。通称エクスタシー)が一掃されないように、ドラッグの売り手は“市場”をとことんしゃぶり尽くそうとします。むしろ、脱法ドラッグで広まった市場を狙い、暴力団の参入が本格化する可能性も高いと思われます」
最近の事件を受け、脱法ハーブ(違法ハーブ)の取り締まりは厳しくなっている。しかしここで心配なのが、有名な、警視庁と厚労省・麻取の仲の悪さである。
「警察は広い捜査ネットワークに、麻取には少数精鋭のプライドがある。両者が積極的に協力するのはまだ難しいです」
もう、そんなこと言ってる場合じゃないと思うのだが。