政府の総合海洋政策本部(本部長・安倍晋三首相)が、22都道府県の158の無人島に名前をつけたのは8月1日のこと。
目的は日本の領海を明確にし、海洋権益を確固とするためだ。中国と領有権争いをしている尖閣諸島で名前のなかった5つの小島もこの措置によって島名が決まり、地図や海図にきっちり記載されることとなった。
これで日本の国益は安泰だ…と、拍手パチパチしながら158の島名を眺めていたら、どうにも違和感のある島名が――。
それは和歌山県すさみ町見老津(みろづ)沖にある「ソビエト」という名の小島、というより5×10mほどの岩礁だ。日本の範囲をはっきりさせるための措置なのに、決まった島名が「ソビエト」って、どういうこと!?
ソビエトといえば、1922年に誕生した「ソビエト社会主義共和国連邦」のこと。今のロシアの前身だ。これじゃ、世界から和歌山沖にロシアの飛び地があると誤解されかねない。
というわけで、デスクからの「なぜそんな島名になったのか、調査せよ!」との命令を受け、記者はさっそく現地へ。「ソビエト」命名の経緯を町役場の担当者に聞いてみた。
「地元では、『ソビエト』は磯釣りの絶好のスポットとして昔から有名です。国から島名を調査して報告すべしとの要請があったものの、調べるまでもありません。すぐに『ソビエト』と回答しました」
ただ、「ソビエト」と呼ばれるようになった経緯は不明だという。見老津港の長老、漁師の西岡正義さん(83歳)もやはり首を傾(かし)げる。
「生きていたらとうに100歳を超えるワシの親父も、あの島を『ソビエト』と呼んどった。けど、どうしてそんな名前がついたのかは聞いたことがない」
この小島、波が荒く、釣り客が波にさらわれそうになるなど、危険な島としても有名だった。実際に記者も釣り船で目と鼻の先まで接近したが、船長から「波が荒すぎる」と、上陸ストップをかけられてしまった。
地元民から貴重な情報が!
一方、ソビエトも冷戦時代は日本にとって危険な国というイメージが。そこで危険な島との意味で、地元民が「ソビエト」と呼ぶようになったとの説も聞こえる。
だが、やはり見老津港の漁師、中山光治さん(82歳)はこの説を否定する。
「それはない。ソビエトという国名を知ったのは大人になってから。それ以前から地元ではあの島のことを『ソビエト』と呼んでいた。『ソビエト』がソ連を意味するなんてことはない」
「ソビエト」という命名はどこからきたのか? 謎は深まるばかりだ。そんなとき、地元民からこんな貴重な情報が!
「あの小島は先端がそびえ立っているように見える。そびえ立つ様子を和歌山では『そびえとる』と言う。この『そびえとる』が訛(なま)って、『ソビエト』になったのと違うかな? 実は隣の江須崎港沖にも『ソビエト』と呼ばれる岩礁がある。こっちも岩の先っぽが尖(とが)ってそびえ立っとるんや」(渡船業を営む谷口清さん・59歳)
昭和53年(1978年)刊の『すさみ町誌』にも、この小島の名前を「ソビエット」とする記載が見える。
現地では「そびえとる」を「そびえっとる」とも発音する。だとすれば、間に小さい「っ」があっても不思議ではない。なるほど、「そびえ立つ島」の意で、「ソビエト」と呼ばれるようになった可能性は高いかも。
どうやら「ソビエト」なるこの小島、旧ソ連とは無関係っぽい。今回、島名が確定したからといって、ロシアと領土紛争になる可能性は少なそうだ。
(取材/ボールルーム)