恋人とのデート直前、たまたま職場に忘れた財布を取りに行こうと路線バスに乗った際、痴漢と勘違いされ逮捕。女性側の証言以外に証拠がなく、常識的に考えて多くの状況が無罪を示していても、検察は起訴し第一審は有罪判決。「推定無罪」の原則などまるで意味のない、理不尽すぎるえん罪の現実にジャーナリスト・江川紹子が迫る。

■手錠姿で職場の近くの病院に……

これから恋人とデート。クリスマスのプレゼントは何にしようか……。そんなうきうきした気分でバスに乗っていた東京都三鷹(みたか)市の中学校教諭・津山正義(まさよし)さん(現在30歳、当時27歳)が、痴漢の疑いをかけられ、逮捕されたのは2011年12月22日の夜。無実を叫び続けたが受け入れられず、一審では有罪判決が下され、今年7月、控訴審でようやく逆転無罪となった。

今年9月には、やはり痴漢をしたとして一審で有罪となった神奈川県横浜市の会社員が、控訴審で逆転無罪となっている。痴漢えん罪事件を描いた映画『それでもボクはやってない』が話題になってから7年。今なお続く身近なえん罪の現実を、津山さんに語ってもらった。

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その日は、2学期の終業式だった。当時の津山さんは、3年の学級担任でサッカー部の顧問。クラスの生徒を送り出した後、午後6時頃まで部活動の指導をした。夜は、JR吉祥寺(きちじょうじ)駅近くで、教師仲間の懇親会に参加。会には、やはり教師の恋人も出席した。その後、ふたりはクリスマスのデートをすることになっていた。

「12月24日は私の母の誕生日で、親戚も集まってパーティをやるので、デートができない。それで、この日の夜にデートすることにしたんです」

ところが、津山さんは職員室の机の引き出しに財布を忘れてきたことに気づく。

「普段なら、彼女にお金を借りて済ますんですけど、借りたお金でプレゼントをするのでは格好がつかない。それで、新宿駅で待ち合わせることにして財布を取りに行きました」

女子高生に手をつかまれ、バスを降りる

バス停に並んだ。ふと気が変わって、津山さんは「一緒に行かないか」と言うつもりで、恋人の携帯電話を鳴らした。だが、彼女は出ない。メールを送るつもりで文を書きかけたところで、バスが来たので乗り込んだ。車内はかなり混雑。津山さんはリュックサックをおなかのほうに回して下げ、バス後方に立っていた。

しばらくして、恋人からメールが来た。

〈ちゃんと学校に戻ってる?〉

着信履歴に気づいた彼女は、津山さんが学校に戻るのをやめて、自分を探しているのではないかと思ったのだった。

当時、津山さんが使っていたのは、折りたたみ式のいわゆるガラケー。書きかけの文を消し、あらためてメールを書いた。

〈ちゃんと戻ってるよ。あと1時間くらいかな〉

メールを送信して間もなく、前に立っていた高校の制服姿の女の子が、振り返って津山さんをにらんだ。目をそらしたが、敵意に満ちた視線を感じ、再び目を合わせた。すると、女の子が何か言った。

「後で女の子の証言を聞くと、『何か謝ることがありますよね』と言われたようです。でも、そのときは聞き取れませんでした。ただ、絡まれるのがイヤで、『ごめん、ごめん』と言っておけばやり過ごせると思ってしまったんですね。すると、女の子が、ばっと僕の手をつかんで『降りましょう』と言う。学校に向かっているバスなので、地域の方々が乗っているかもしれない。高校生と言い合いをしているのを見られたらみっともないと思って、降りたんです」

教師になって2年目。ベテランより指導力が未熟な分、いろんな人と会って相談し、地域の人たちと協力することが大事だと思い、津山さんは地元のお祭りやボランティア活動に積極的に参加していた。その分、地元では顔を知られている。人の目がよけいに気になった。

バスから降りると、女の子は「痴漢しましたよね」と言った。身に覚えのない津山さんは「知らないよ」と反論。「しましたよね」と詰め寄る女の子に、強い口調で「知らん!」と断言した。勢いに押されたのか、女の子は「じゃあ、帰ってください」と言った。

手錠姿で近くの病院へ

(人を痴漢扱いしておいて、謝罪もなく「帰れ」とはなんだ)

そんな思いをのみ込んで、津山さんは歩き始めた。すると、まもなく後ろから男性に抱きつかれた。「おまえ、痴漢しただろ」という声を聞いて、津山さんの脳裏に、過去に見た痴漢えん罪のニュースがよみがえった。

「あんなふうに、僕も無理やり犯人にされてしまうんじゃないか、と思い、手を振りほどいて逃げてしまいました。途中で転び、男性3人に取り押さえられ、三鷹警察署から来たパトカーに乗せられたんです」

そのまま三鷹署へ。女子高生の着衣の繊維が手に付着していないかを調べる「微物(びぶつ)鑑定」について説明され、「ぜひ、やってください」と頼んだ。逮捕状が出て、手錠がかけられた。留置場に入る前に検診を受けるよう指示され、手錠姿で近くの病院に連れていかれた。

「本当にみじめで悔しかった。うなだれている姿を知っている人に見られたら誤解されるので、せめて胸を張って顔を上げていようと思いました」

■「私の仕事は君を有罪にすることだ」

取り調べで、自白を求められた。「やっていない」と言い続けると、刑事に「目撃者が何人も出ているんだから、いいかげん、自分の口で話しなさい」「車載カメラに君の姿が映っているんだから、自白しなさい」と言われた。ショックだった。

「それが事実なら、僕は自分がまったく記憶していないところで、最もいやな行為をしていたことになる。自分はそんな人間なのか、どういう人格をしているんだ……と考え始めると、自分の存在すらも否定しなければならなくなるんです。

そもそも僕は、声を上げられない生徒たちの声を拾いたいと思って教師になりました。その僕が高校生の女の子に対して、そんな行為をしていたとしたら自分で自分を許せない。自分で自分を疑わなければならないのは本当に苦しかった」

弁護士に相談すると、「本当にカメラ映像があるなら、(警察は)それを示して、『ほら、触っているだろ』と言ってくる。それがないのは映像がないからだよ」という答えが返ってきて、少しほっとした。実際、裁判になってから、目撃証言もなければ、車載カメラには痴漢の場面が映っていないことがわかった。嘘で精神的な揺さぶりをかけられていたのだった。

話したことが、そのまま調書に記載されない

刑事からは、「私の仕事は君を有罪にすることだ。そのために捜査をし、証拠を集めている」とも言われた。

取り調べには難儀した。話したことが、そのまま調書に記載されないのだ。左手でつり革をつかんでいたと言うと、「右手は?」と聞かれる。「普通にしていました。ポケットに入れていたか、だらんと垂らしていたのか……」と答えると、調書では「右手は垂らしていました。しかし、本当にそうだったのかわかりません」といった書き方をされる。

「ニュアンスが間違っているんですけど、僕も車内での自分の一挙手一投足をすべて正確に覚えているわけではない。『覚えてないんでしょ』と言われたら反論できない」

検察官とはこんなやりとりがあった。

「揺れるバスの中で、手がぶつかってしまったことはないのか?」

「僕の記憶では、そういうことはないです」

「可能性もないの?」

「可能性は否定できませんが」

この瞬間、にやあっと笑った検察官の顔を、津山さんは今も忘れられないという。

出来上がった調書を見ると、「女の子に触ってしまったことは否定できません」となっていた。懸命に抗議して訂正してもらった。

「頑張りきれずにサインしてしまったら、自白したことになるんですよね。調書って、そうやって作られていくんです」

*この続きは明日、配信予定!

●取材・文 ジャーナリスト 江川紹子 早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。新宗教、司法・えん罪の問題などに取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)

■週刊プレイボーイ48号(11月17日発売)「30歳中学教師『痴漢えん罪』2年半の戦い」より