「道路は時間とともに変化していくもの。ネット上の情報と異なる点を見つけて持ち帰るのも楽しみのひとつです」と佐藤健太郎氏

日本の大動脈ともいうべき国道。ともすれば日常風景のなかに溶け込んでしまい、特に関心を持つ機会のないものだが、このジャンルを徹底的に掘り下げ、探求しているマニアは一定数存在する。本業はサイエンスライターという佐藤健太郎氏が書き下ろした『ふしぎな国道』は、まさしく旺盛な好奇心と研究心の集大成だ。

―道路の起源が7世紀にさかのぼるという事実など興味深い情報が満載の一冊です。身近なものでありながら、国道について知らないことが実にたくさんあることに驚かされました。

佐藤 日本で初めて国家が管理したとされる道路は、現在も奈良県にその一部が「竹内街道」として残っているんです。関東一円にも鎌倉時代に整備された「鎌倉街道」というのがあるし、山梨方面の国道はルーツをたどると大抵、武田信玄が絡んでいる。道路と歴史は密接に関わり合っているんですよ。

―階段なのに国道に指定されている場所や、まったく整備が行き届いていない通称“酷道”など、実に多彩ですね。

佐藤 ほかにも、アーケードなのに国道に指定されていたり、大きな岩が転がっているような山中の国道があったり…。それぞれにそうなった事情があるのがまた面白いんです。

―このジャンルに目覚めたのはいつ頃からですか?

佐藤 原体験は小学3年生くらいですね。親が運転する車に乗って、茨城県の自宅から仙台へ向かったのですが、まだ常磐自動車道が通っていない時代ですから国道6号をひたすら北上するんです。その際、身近にあった国道6号という道路が「どこまで続いているのか」に注目したら、宮城県に入ってから国道4号に変わることがわかった。なるほど、国道というのはこうやってつながり合って全国に広がっているのかと、妙に納得したんです。それが国道マニアとしての原点だったと思います。

マニア用語で“おにぎり”“だんご”って?

―インターネットのない時代ならではの素朴な発見ですね。

佐藤 当時は自分で道路マップを買うこともできませんでしたからね。だから大人になって自動車免許を取得したら、すぐに近所の国道408号を走りに行ったんです。この道路はどこまで続いているんだろう、と。すると、成田空港までつながっていることがわかった。つまり、この道路は筑波の研究学園都市から成田空港を結ぶための道路だったんだという発見があるわけです。

―道路にもそれぞれ存在理由がある、と。

佐藤 そうです。じゃあ409号というのはどこにあるんだろうと地図を広げてみると、アクアラインのことだったりする。こういう発見の連続でどんどんハマった感じですね。

―インターネットが浸透した現在はそうした調査も楽になったのでは?

佐藤 確かに、ストリートビューを使えば家にいながら現場の風景がチェックできますが、やっぱり実際に現地を走りたいのがマニアなんですよね。道路は時間とともに変化していくものですから、ネット上の情報と異なる点を見つけて持ち帰るのも楽しみのひとつですよ。

―逆三角形の国道標識のことをマニアの皆さんは“おにぎり”と呼ぶんですね。

佐藤 はい、マニア用語です。他にも例えば、1本の国道が複数の路線に指定されていると国道標識がふたつ、3つ並んでいたりしますが、あれを“だんご”と呼びます。また、交差点などに立てられている横長のボードは“そとば”。これらの用語は、ネット上でマニア同士が交流するようになってからなんとなく生まれて、いつの間にか定着したものだと思います。

―鉄道マニアというのはよく耳にしますが、国道マニアも一定数存在しているんですね。

佐藤 鉄道マニアに比べればおそらく何百分の一程度の規模にすぎないのでしょうけど、それでも皆さんが想像しているよりは多くの人が国道を楽しんでいると思いますよ。スタイルも様々で、例えば国道1号を起点の東京から終点の大阪まで何時間で走れるかというタイムアタックに精を出したり、あえて国道を一切使わずに目的地を目指してみたり、あるいは車載動画にBGMなどで演出を加えて公開したり、とか(笑)。

「第三京浜道路」が国道に昇格したのは謎

―本書で紹介されている、おにぎり標識のスペルミスもマニアを喜ばせているようですね。

佐藤 そうですね。「ROUTE」が「ROUTO」や「RUTE」になっていたり…。なぜこうしたミスが起こるのかは謎で、業者のいたずらではないかと疑いたくなりますが、残念ながらこうした標識はどんどん撤去されていて、いっそう貴重なものになっています。

―ちなみに今、最も関心を持っている国道は?

佐藤 福島第一原発の付近を通っている6号が復旧してから、まだ一度も走れていないので現在どうなっているのか見に行きたいとは思っています。それから、謎という意味では首都圏の「第三京浜道路」。これは1993年、開通から28年目にして突然、国道に昇格しているのですが、その理由はまったくの謎なんです。一体どういう事情が背景にあるのか、探ってみたいですよね。

―まだまだマニア道はどこまでも続いていきそうですね。年末年始に遠方へ車を走らせる読者にとっても新しい楽しみが生まれそうです。

佐藤 国の事業計画上、もう新しい国道は生まれないのでは、ともいわれています。しかし、普段ほとんど意識していない道路だからこそ、これまで見落としていた新たな発見が楽しめるかもしれません。視点次第で国道はとても面白いものだということを、ぜひ多くの人に知ってもらいたいですね。

●佐藤健太郎(さとう・けんたろう)1970年生まれ、兵庫県出身。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教などを経て、サイエンスライターに。2010年に『医薬品クライシス』(新潮新書)で科学ジャーナリスト賞を、2011年に化学コミュニケーション賞を受賞。『炭素文明論』(新潮新書)、『「ゼロリスク社会」の罠』(光文社新書)ほか著書多数。国道マニア歴17年、これまでに47都道府県およそ32万kmを走破

■『ふしぎな国道』講談社現代新書 980円+税誰にとっても身近なものでありながら、謎多き「国道」の世界。なぜ国道60号や国道99号は存在しないのか。階段なのに国道に指定されている339号の事情。マニアならではの着眼点に基づく、深淵なる国道ワールドへご案内!