2014年は「イスラム国」や「ボコ・ハラム」などの新興テロ組織が大暴れした一年だった。だが、今年はもっとヤバい年になる?

14年に跋扈(ばっこ)したテロリストたちの傾向を振り返り、今年の展望を占うとともに、台頭するであろう新勢力も紹介。日本がテロに脅かされる…。

アラブのテロ組織は、大きく「アルカイダ派」「イスラム国派」に分けられる。『イスラム国の正体』(ベスト新書)の著者で、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏がこう説明する。

「もともとイスラム国はアルカイダに忠誠を誓う、下部組織という位置づけでした。しかし、シリア内戦の主導権をめぐって両者は対立。その後、同胞のムスリム(イスラム教徒)をも殺戮対象とするイスラム国の残虐行為に、アルカイダの最高指導者ザワヒリが激怒し、2014年2月に破門されました。それでも暴走を止めないイスラム国は6月にイスラム国家の樹立を宣言し、最高指導者のバグダディがイスラム教教祖ムハンマドの後継者を意味するカリフ就任を宣言したのです」

まずアルカイダの現状について、13年まで公安調査庁に所属し、国際テロ組織の情報分析を担当していた『国際テロリズム101問』(立花書房)の著者、安部川元伸氏はこう話す。

「アメリカの無人飛行機の爆撃などで9・11に関わった多くの幹部が死亡し、戦闘員も母国に帰国したり、給料が高いイスラム国へ流出。最盛期には1万人以上いた直属の兵士は、今や300から400人程度まで減少しました」

だが、その脅威は今も健在だ。

「自前でのテロ実行は減りましたが、その代わり関連組織に向けた司令塔の役割に徹してます。そして、自国(アフガニスタンなど)の政権打倒だけでなく、『アメリカを狙え』と今も発信している。その意思に最も忠実なのが『アラビア半島のアルカイダ(AQAP)』です」

『アラビア半島のアルカイダ(AQAP)』

イエメンを拠点にするAQAPは、09年12月にアメリカ・デトロイト上空で航空機爆破テロ未遂事件を起こした。

「犯人は23歳の若い戦闘員。下着の股間部分に縫いつけた袋の中に特殊な粉末を入れ、注射器に入った化学物質をその袋に注入すると爆破する仕組みです。その戦闘員はこれを起爆させ、自分の衣服と機内の壁に着火しましたが、幸いにも飛行機は墜落せず、乗客2名が負傷する程度の被害にとどまりました」(安部川氏)

この特殊な起爆装置の開発者はAQAP内にいる。

「名はアブ・サラーハ。彼は32歳の若さにして爆弾製造のエキスパートです。粉末爆弾のほか、プリンターの中に起爆装置を仕掛けて米国に送りつけた“プリンター爆弾”、入手が容易なマッチ棒と圧力鍋を使う“鍋爆弾”の開発に携わりました」(前同)

AQAPが恐ろしいのは、高い宣伝力も備えている点だ。

「多くのイスラム過激派組織がアラビア語で情報発信をするなか、AQAPは広報部門に英語が堪能な戦闘員を数多くそろえています。彼らが発行する機関紙『インスパイア』は英語表記で、その全文をネットで配信し欧米諸国における“自発的なテロ実行”を呼びかけている。

ちなみに、10年7月の創刊号の特集のタイトルは『ママの台所で爆弾を作ろう』。台所にある身近な材料を用いた爆弾製造法が詳しく列記され、その中のひとつに“鍋爆弾”がありました。これを使った爆破テロが死者3人、約200人が負傷したボストンマラソンテロ事件(13年4月)です。米国在住の兄弟2人による犯行でしたが、AQAPは『インスパイア』誌上で、実行犯の兄弟を褒めたたえました」(前同)

クールなテロ組織・イスラム国は真の“殺人集団”

AQAPは今も英語圏に居住するイスラム教徒に“自発テロ”を促している。ここに、最近のテロ組織の傾向が見て取れると、安部川氏は言う。

「かつて、例えばアルカイダでは、中枢部隊で訓練を受けた正規の戦闘員が他国に侵入してテロを実行するのが主流でした。しかし最近は、欧米諸国に居住するムスリムの過激化を促し、母国でテロを実行させる『ホームグロウン・テロ(母国育ちによるテロ)』が頻繁(ひんぱん)に起きています。遠隔でテロを実行でき、成功率も高い。自前で兵士を用意するよりも効率がいいわけです」

そして、その手法を最大限に活用しているのが14年に世界を震撼(しんかん)させたイスラム国だ。前出の黒井氏がこう話す。

「イスラム国のネットを駆使したリクルート活動はAQAP以上に先進的。YouTubeなどにアップされている彼らのプロモーションビデオは、CGなどの映像技術を使った“クールなテロ組織”をアピールする映像が数多く、戦争映画を見て戦闘に憧れる一般人の心理を突いた、非常に緻密なつくりになっています。

また、外国人戦闘員に向けてイスラム国がいかに理想の集団であるか、欧米がいかに堕落した社会であるかを力説する宣伝映像も配信している。その映像はSNSで拡散され新たなイスラム戦士を誕生させる温床になっています」

今、最も危険視されるテロ組織「イスラム国」。その恐ろしさは宣伝力だけではない。残虐性も世界トップクラスだ。

「政府軍の将兵や役人を拘束したら、拷問(ごうもん)や即時銃殺、斬首処刑を行なうのは当たり前。それどころか、ムスリムや一般市民までをも標的とし、銃殺したり、斬首した大勢の人々を街中で晒さ らし首にして、その様子を撮影した動画をネット配信しています」(黒井氏)

安部川氏もうなずく。

「アルカイダはイスラム教徒や一般市民までは殺さない“矜持(きょうじ)あるテロリスト”といえますが、イスラム国は、真の“殺人集団”です」

日本でのテロの可能性は?

暴走を続けるイスラム国は14年9月22日、空爆に参加するアメリカ、カナダ、フランスなどを名指しして「イスラム教徒はこれらの国民をどんな方法を用いても殺害せよ」との声明をツイッターで発表。すると、これに呼応するように各地でテロ事件が続発した。

「アルジェリアでは22日にイスラム国を支持するグループ『カリフの兵士』がフランス人登山家を拉致し、フランス軍の空爆参加中止を要求。それをフランス政府が拒否すると24日に人質を斬首する場面の映像をネットで公開しました。10月20日にはイスラム国に傾倒した25歳の若者がカナダ兵ふたりを車で轢(ひ)き、ひとりを殺害しています」

その2日後にはイスラム国に合流しようとしていた32歳の若者がカナダ連邦議会議事堂を銃撃し射殺された。テロの連鎖はその後も続く。

「12月16日にはオーストラリアの都市シドニーにあるカフェで、自称イスラム聖職者が多数の人質を取り、警官と銃撃戦、2名が死亡しました。犯行動機はいまだ不明ですが、犯人はイスラム国に感化されていた可能性が指摘されています。今後もイスラム国に共感する個人、あるいは少人数のグループが、こうしたテロを各地で引き起こすことが懸念されています」(黒井氏)

その流れで、日本でテロが起きる可能性はあるのか?

「イスラム教が浸透していない日本では、その可能性は小さい。ただ、将来的に自衛隊が米軍支援を目的に中東諸国に派兵されることもあり得ます。そうなると、自衛隊撤退を要求するイスラム過激派の標的になりますので、テロのリスクは高まる。同時に、アルカイダやイスラム国の過激思想に共感した一部の日本人がテロリストになる可能性はゼロとは言えません」(黒井氏)

14年10月、イスラム国に加わる目的でシリアに渡航しようとしていた北海道大学の男子学生(26歳)が警視庁公安部の事情聴取を受けた事件は記憶に新しい。

「すでに何名かの日本人がイスラム国入りしているという情報もあります」(安部川氏)

新世代テロの脅威は、日本にとっても対岸の火事ではないのだ。

(取材・文/興山英雄)