実験走行でも毎回多くの報道陣が押し寄せていたが…

昨年末の12月についに着工したリニア中央新幹線事業。第一期となる東京から名古屋までの工事だけでも約5兆5千億円、名古屋から大阪までの第二期の工費も合わせると9兆円超という超巨大事業だ。

ところが、これだけ注目される一大事業なのに、住民らの反対運動や懸念される問題についての報道がほとんどない。週刊誌に限れば、繰り返し報道しているのは本誌と『週刊金曜日』、新聞も一部の地方紙くらいのものである。

そもそも、リニアを取材するマスコミ記者及びフリージャーナリストともに限りなくゼロ。その一因に、広告クライアントとしてJR東海の存在が大きい媒体は計画に物申す記事を載せられないことが考えられる。

実際、JR東海がスポンサーのひとつである雑誌に記者がリニア問題を扱う企画を出して通ったことは一度もない。東京電力というクライアントに「配慮」し、3.11までメディアが原発を検証する記事を掲載しなかった構図とも似ているといえる。

具体的な事例として、例えばこんなことがあった。

●事例1 報道されない市民運動2013年8月29日、山梨県都留市。その日は、県のリニア実験線がそれまでの約18キロから約43キロへと延伸され、2年ぶりに実験走行が再開された日だった。

それに先立つ出発式では、JR東海の葛西敬之会長(当時。現在は名誉会長)と太田明宏国土交通大臣がリニア実現を願うスピーチを行ない、100人以上のマスコミ記者が押し寄せていた。ひとつのお目当ては、新型車両L0系に試乗できることだ。

だが、記者たちも一斉に驚いたのが式典会場を出た途端、約50人の市民団体メンバーが横断幕やメッセージボードを掲げ、ときにシュプレヒコールを挙げ、リニア計画の見直しを訴えていたことだ。

スポンサーに気を遣うのは事実です

多くの市民団体がリニア計画に反対の声を上げているものの、その声がマスコミを通じて届くことは少ない

「世界遺産をめざす南アルプスにトンネルを掘るな!」「NO!電磁波」「JR東海はすべての情報を公開して疑問に答えて」…等々、目の前を通る記者たちに次々と訴える声ーー「お願いしますね! 報道してくださいね!」

そんな反対運動の出現に少なくない数の記者が急遽、写真撮影し、ビデオカメラを回し、短いインタビューまで始まった。そこで、記者は逆に報道陣の何人かに質問をした。

「リニアの問題はほとんど報道されません。JR東海がスポンサーだと難しいんですか?」

すると、「基本的には記者とデスクの問題意識に拠(よ)りますが、最終的には上の部署の判断です。スポンサーに気を遣うのは事実です」との答え。

そして、果たしてどこも報道はされなかった。メディアの紙面を躍った言葉はほぼ横並びーー「夢の実現にあと一歩」。住民の声は封じられた。

●事例2 極めて異例な出版停止上の部署の判断ーー。実は、記者も似たような体験をしている。

2014年9月に「“悪夢の超特急”リニア中央新幹線」(旬報社)と題した単行本を上梓、だがそれは本来、半年前に別の出版社から刊行される予定だった。

某月刊誌での連載を基に構成、すでに3千部を印刷し、さぁ翌週には書店に並ぶぞというタイミングで、その出版社の上部組織である某大学から「待った」がかかったのだ。

大学曰く、「本校において、研究者や卒業生で鉄道関連の事業に携わる者もいる。(リニアを批判する)この本の内容が大学の意図と思われるのは困る」。

そして出版停止。3千部刷られた本は日の目を見ることなく断裁されてしまった。

印刷後の出版停止は「極めて異例」

かつて、ロックバンド、RCサクセションの反原発ソング「サマータイムブルース」を収録したアルバム「COVERS」が発売直前に東芝EMIの判断で発売中止となったのはよく知られた話だが、まさか、同じようなことが起こるとは想像もしていなかった。

再び出版先を探すのに約5ヵ月費やし、一時はもう無理ではと諦めただけに、救いの手が差し伸べられ刊行にこぎ着けた時は心から安堵した。

せめて、校正段階での出版停止ならわかるが、印刷後の出版停止はどんなベテランジャーナリストに尋ねても「極めて異例」との反応だった。本当に大学側の言い分だけが理由のすべてなのか…あるいはなんらかの圧力があったのか、未だ真相はわからない。

●事例3 NHKでも放送内容がNGもっとも、同様の事件は、天下のNHKでも起きたーー。

昨年12月8日。『クローズアップ現代』番組内で、リニアによって膨大に発生する建設残土の処分先がないことをテーマに放映。無視できない環境問題だとして、番組スタッフが市民団体「リニア新幹線を考える東京・神奈川連絡会」の天野捷一代表を延べ10時間近くも取材していたものだ。

リニア問題が計画沿線住民に認知されたのは、JR東海がおおよその計画書である「環境影響評価方法書」を公開した2011年からだが、以降、NHKは一度もリニア問題を報道したことがなかった。

それが、『クローズアップ現代』では残土問題を切り口にリニア計画の問題点を炙(あぶ)り出すということで、天野さんは趣旨に賛同、協力を惜しまなかった。ところが、オンエア前日の12月7日、携帯電話に番組のスタッフから連絡が入ったーー「申し訳ありません。天野さんや住民、川崎市職員の生の声を放映できなくなりました」

自身のアレンジで取材に応じてくれた住民にもただ申し訳なく、天野さんは「取材対象の信頼を失う行為だ」と伝えた。中止の理由は詳細には教えられなかったが、上からの圧力があったことは間違いない。

NHK会長人事問題がやはり背後に?

結局、番組においてリニア関連で放映されたのは、各県で発生する残土の量をイラストで紹介、JR東海の住民説明会に参加した男性の「残土問題は困る」とのコメントを紹介するのみであった。

もっとも、天野さんはじめ、リニア計画に異を唱える市民団体の多くは、NHKの会長人事が安倍首相やそのブレーンである葛西敬之・JR東海名誉会長に握られていることを把握している。首相の経済ブレーンである財界人の集まりが「四季の会」で、その幹事役を務めるのが葛西名誉会長なのだ。

リニアという超巨大事業は、公共放送にもまるで問題点を報じられることなく、不都合な真実を検証すらされず着々と推進されている。このまま国民的議論を喚起することなく、報道の役目を果たすことなくメディアはリニア計画を看過することになる。

スポンサーがらみの検証報道がなされないのは、リニアに限った話ではない。だが史上最大規模の環境問題(残土問題や水枯れなど)が起きうるかもしれない巨大事業に沈黙し、監視者としての責任を放棄していいはずはない。

同じように、その危険性が指摘されながら国民的検証がないままに推進され、大事故を起こしたのが原発ではないかーー。

(取材・文/樫田秀樹)

「“悪夢の超特急”リニア中央新幹線」(樫田秀樹・著/旬報社)