霞が関で働く現役のキャリア官僚が匿名を使い、真実をベースに「ノンフィクション・ノベル」という形で原発利権の闇を鋭く突いた話題作、あの『原発ホワイトアウト』の続編が登場した。

その名も『東京ブラックアウト』。今回、著者の若杉冽(わかすぎ・れつ)氏が描くのは、「某国」のテロリストが高圧送電線網を破壊したことをきっかけに、深い雪に閉ざされた日本海側の原子力発電所で重大事故が発生! 首都・東京をはじめ、日本全体が再び深刻な危機へとのみ込まれてゆく…というストーリー。

前作同様、現役のキャリア官僚だからこそ知り得る事実が、今作でも小説の軸となっているだけに、そのリアリティと説得力はハンパじゃない。小説としてだけでなく、複雑な「原発問題」の全体像を理解する上でもオススメの一冊だ。

―まず伺いたいのですが、本書で描かれている「送電線破壊」による原発の重大事故は、現実に起こり得ることなのでしょうか?

若杉 はい、十分に起こり得ると思います。高圧送電線が警備もなく、むき出しでテロリストにさらされていることに、私自身、恐怖を感じています。

また、この小説の基本を構成しているのは私が直接、見聞きした事実と、間接的に見聞きした事実ですから、純粋な「想像」はほとんどありません。

―話題となった前作から1年3ヵ月。なぜ今、続編ともいえる作品を刊行したのでしょう?

若杉 前作を書いたとき、私は「政治」「官僚」「産業界」がそれぞれの利権を通じて深く結びついた「モンスターシステム」の存在こそ原発問題の核心だということを示しました。

その事実を国民が知ることで原発推進への動きが止まればと考えたからです。ところが現実はまったく変わらないどころか、むしろ酷(ひど)いことになっています。

原発推進、再稼働に向けた動きが着々と進み、その一方で事故が起きた際の避難計画は穴だらけです。避難計画を策定している官僚自身も、住民に説明する自治体も、当の住民だってそのことをわかっているのに、誰も再稼働への流れを止められない。こうした現状に対する「怒り」がこの作品の根底にあります。

官僚の8割は「風見鶏」

―今作では、日本海側で起きた原発事故の深刻な影響が東京にも直撃します…。

若杉 仮に何か事故が起きたとき、「被害」がその地域だけにとどまるのであれば、最悪、地元の自治体や周辺住民の同意が取れればいいのだ…という考え方もあるかもしれません。

しかし「原発」はそういうものではありません。事故が深刻であれば、その影響を受けるのは立地自治体だけにとどまりません。大都市の住民もまったく無関係ではいられないのです。原発問題がいかに一地域の問題ではなく、日本全体の問題なのかということを、原発立地自治体だけでなく都会の住民にも「当事者意識」を持って理解してほしかったのです。

―「原発問題」といっても、実際には多くの問題が複雑に絡み合っています。この小説はそうした「原発問題の全体像」を理解する意味でも格好の教科書でもあると感じました。

若杉 原発問題というのはあまりにも大きな問題ですから、ひとりひとりの目に入っている問題の範囲は限られていて全体像は見えにくい。

私はたまたま、官僚としてそうした情報の「結節点」みたいな場所で、この問題の全体像を把握しやすい立場にあった。実際のところ、そうした立場の人間は政府の中でも決して多くはないと思います。

私がここで見たことを国民の皆さんにお伝えしなければ、この先も、「民は之(これ)に由(よ)らしむべし、之を知らしむべからず」(為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はないという意味)という政治が続いてしまうという意識がありました。

―また、興味深かったのは、この小説に出てくる官僚たちの生き方や考え方、意思決定に関する優先順位です。「官僚という生き物の習性」が一般人にとってはリアルで新鮮でした。

若杉 それは書き手としては「うれしい誤算」というか…。私としては自分が普段見ている、ごく当たり前の景色を描いたつもりですが、外から見れば「ビックリ」という部分もあるのでしょうね(苦笑)。

ただ、「役人の世界」がすべてゆがんでいるかというと、実際にはそんなこともないわけです。ザックリと分類すると「酷いやつら」が1割、一方、私と同じような気持ちの人たちも1割ほどいて、残りの8割は「風見鶏」といった感じでしょうか…。

原発に関しても時々、内部から「不祥事」のニュースが流出しますが、そういうのは私と同じような「1割」が情報をリークしているのだと思います。

「金の力」が情報や民意をゆがませている

―原発推進へと進む現状が「変わらないどころか酷くなっている」と指摘されましたが、このままだと4月、5月以降には川内(せんだい)原発(鹿児島県)が再稼働しそうです。

若杉 そうですね。川内原発を再稼働した後は、しばらく様子を見つつ、集団的自衛権に関する国会議論の陰で、秋以降に向けて粛々とほかの原発の再稼働準備を進めるのではないでしょうか。

政治・官僚機構・産業界のモンスターシステムが全力で原発推進への動きを推し進める一方で、自民党への政権交代後、参議院選挙、昨年末の衆議院選挙で「原発を見直そう」という国民の意識がなかなか政党の得票に結びつきませんでした。

民主制がきちんと機能していれば民意が反映されるはずなのですが、モンスターシステムの「金の力」がメディアを通じて伝わる情報や民意をゆがませているので、原発推進の機運が止まらないのです。

ほかの産業と違い「地域独占」が制度的に認められている電力産業には、より高い「規律」が求められているはずなのに、彼らはむしろそれを悪用しているので非常にタチが悪い。

私は今、我々日本人の「心の持ちよう」が問われているのだと思っています。モンスターシステムがどんなに強力でも、我々ひとりひとりの「心の中」までは買えないはずです。

だからこそ、私は希望を捨てていないし、こうして本を書いている。モンスターシステムの側も、それを恐れているから、血眼で私の正体を暴こうとしているのだと思います。

(構成/川喜田 研 撮影/有高唯之)

●若杉冽(わかすぎ・れつ)東京大学法学部卒業。国家公務員Ⅰ種試験合格。現在、霞が関の省庁に勤務。著書に『原発ホワイトアウト』(講談社)がある

■『東京ブラックアウト』(講談社 1600円+税)原子力ムラから政治家へ金が流れる仕組み…。政治、官僚、産業界が一体となってつくり出している「原子力モンスターシステム」の全貌を暴露して話題となった『原発ホワイトアウト』から約1年半。著者で現役官僚でもある若杉氏が、多くの国民の声を無視して進められようとしている原発再稼働のウラにある欺瞞だらけの避難計画の中身と、懲りない原子力ムラの内情を再び告発する