東日本大震災から4年が経ったが、福島第一原発事故で避難生活を余儀なくされている人たちの復興が進まない。

その原因のひとつに、東京電力が雇った弁護士軍団がある。彼らは損害賠償請求の裁判で、とんでもない論理を展開し、被害住民をさらに苦しめているというのだ。(参照記事→http://wpb.shueisha.co.jp/2015/04/03/45974/

これまでの裁判で登場してきた法律事務所は、実力もお値段も超一流とされるところ。原発事故で破綻し国費が投入された結果、現在は事実上の国営会社となっている東電が、こうした弁護士費用をどのように捻出しているのか、大いに気になるところだ。

取材を進めたところ、東電は2012年9月の電気料金値上げの際、弁護士費用を「発電原価」の中に紛れ込まそうと画策していたことが判明した。しかもその理由は「原子力損害の被害者の方々の目線に立った『親身・親切』な賠償を実現することが不可欠」というものだ。

が、値上げ申請を査定する経済産業省資源エネルギー庁によって、その企ては阻止されていた。エネ庁は弁護士への報酬を、

「被害者に対する賠償支払い業務の迅速化のみに用いられる賠償対応費用であると認められない」

すなわち、弁護士を雇うのは被害者からの賠償請求に対抗するためであり、賠償額を減額させたり、賠償金の支払いを先延ばししたりするための費用を「電気料金値上げ」の理由にはできないとして門前払いしたのだ。そしてその際、東電の弁護士予算の全体像がバレた。

12年7月に公表された経産省の「東京電力株式会社の供給約款変更認可申請に係る査定方針」によると、東電が「発電原価」として考えていた弁護士費用の予算は年平均で36億2000万円。値上げ申請では3年分の経費が計上されていたので、36億2000万円×3年=108億6000万円となる。これには原発ADR(裁判外紛争解決手続き)のための弁護士報酬も含まれている。

これが認められなかったとなると、東電はどうやって弁護士費用を捻出しているのか。エネ庁に尋ねたところ、“弁護士代は、他の経費を削って工面しなさい”ということのようだ。

皆、本紙の取材に回答無視

実際にそうしているのか、東電広報部に尋ねると「回答は差し控えさせていただく」とのことだった。

今回の取材では、電力会社の「代理人」を務めている弁護士たちに、弁護士費用を「発電原価」として認めないエネ庁の判断を法律の専門家としてどう思うかも尋ねてみた。

だが、明朗な回答を寄せてくれたのは、全国各地の「原発差し止め訴訟」で電力会社側の代理人として登場し、別名「電力会社の守護神」とも言われる山内喜明法律事務所(東京・港区新橋)の山内喜明弁護士だけだった。その山内先生が言う。

「入れるべきじゃないの、むしろ。発電原価から外す理由がないもん。だって事故ってさ、いっぱいあるのよ。だから今回の事故だけ特別に扱うなんて、おかしくない?」

では、どんな弁護士たちが電力会社の「代理人」をしているのか。

山内先生の場合、電力会社からの仕事はすべて随意契約(任意で選んだ相手との契約)で、報酬額も「一切、向こう任せ」なのだそうだ。

電力会社も一目おくような大弁護士は別格として、近年は弁護士の採用に競争入札を導入したとも聞く。そこで電力会社の「代理人」を務めている弁護士の皆さんに「電力会社の代理人の仕事は、競争入札でとったものか、それとも随意契約か」を尋ねたのだが、山内先生以外は誰も教えてくれなかった。

被災者を逆なでする手法?

その中のひとり、シティユーワ法律事務所(東京・千代田区丸の内)に所属する棚村友博弁護士のプロフィールを見ると、早稲田大学政治経済学部卒業後、科学技術庁(現・文部科学省)に入庁。その後、司法試験をパスし、前出の「ふじ合同法律事務所」を経て“準大手”とされるシティユーワ法律事務所に移籍していた。

棚村弁護士は東電に対する賠償請求裁判を数多く手がけており、千葉県に避難した福島県民が国と東電に損害賠償を求め、千葉地裁で現在争われている集団訴訟でも東電の代理人を務めている。

今年1月16日、その裁判の原告である被災者への本人尋問が始まった。この日は、自宅を改築したばかりの飯舘村(村内全地域が「計画的避難区域」に指定)から親族のいる千葉県へと避難した60代男性が法廷に立った。

一緒に避難していた90代の父親は、避難後に認知症を発症。80代の母親とともに特別養護老人ホームに入所した。父親は12年1月、母親は13年12月に相次いで他界。男性は「故郷を失い、両親を亡くして家族もバラバラになった」と、被災者でなければ語れない苦悩を切々と訴えた。

そんな被災者に対し、東電側の代理人と国側の代理人は反対尋問で「あなたの父親は、原発事故以前から認知症だったのではないか」と追及したのである。

東電と国はこの日、原発事故による避難と、父親の認知症発症との因果関係を争う姿勢を鮮明にした。そして、父親が原発事故以前に通っていた病院のカルテには認知症に関する記述がないとわかると「あなた(原告)は、事故前からそういう兆候をつかんでいたんじゃないですか?」などと連携して畳み掛けた。

クールな法廷戦術と司法のジレンマ

事実による反証ではなく、被災者を傷つける言動で動揺を誘っているのか、怒りを誘って冷静さを奪い、裁判官の心証を悪くする作戦なのか。ともあれ、事実さえ捻じ曲げようとする我田引水ぶりには、ただただ驚かされるばかりだ。

こうした悪質極まりない法廷戦術が、東電が電気料金値上げの際に目指すとした「被害者の方々の目線に立った『親身・親切』な賠償を実現する」との賠償方針に反しているのは誰の目にも明らかだろう。それでも、棚村弁護士は取材に対し、こう答えるのだった。

「担当弁護士としての具体的なコメントは差し控えたい。東電も頑張っているので、温かく見守っていただきたいと個人的には思っております」

そんな「弁護士の仕事」について、被災者側の代理人を務める、ある弁護士はこう解説してくれた。

「弁護士というのは、依頼人の最大利益を追求します。私でも、相手方の弁護士の立場だとしたら(被災者を追及するような質問を)やる。やらなければ、東電のために最大限の弁護をしなかったことになる。

あくまでも『法廷戦術』なんですね。だから、そういう尋問を敢えてしないほうが東電のためになるのであれば、やらない。裁判というのはクールなものなんです」

取材の結果、見えてきたのは「依頼人の最大利益」を追求すべく、双方の弁護士が頑張れば頑張るほど、被災者の救済が遅れるという、司法制度が抱えるジレンマだった。そして法曹界は、その解決策をいまだ何も用意できていない(※)。さらに、だ。

ただでさえ被災して傷ついているのに、東電の代理人から責められ、被災者たちがさらに心に傷を負う――。これでは“弁護士ハラスメント”である。

「依頼人の最大利益」の追求が使命とはいえ、目に余るような過度な弁護が許されてもいいのだろうか。

(※)裁判を経ずに賠償の和解を進める「裁判外紛争解決手続き」(原発ADR)は、法曹界が原発事故を機に編み出した解決策であるとの意見もある。だが、原子力損害賠償紛争解決センター(ADRセンター)が示した和解案を東電が拒否する事例が続出し、今や有効に機能しなくなっている。

(取材・文/明石昇二郎&ルポルタージュ研究所)