専門用語が並び、学問の研究成果をまとめた「論文」。
大学へ進めばほとんどの人が書き、その内容は真面目なものだったはず。しかし、世の中には「何、そんなこと調べてんだよ!」と思わずツッコみたくなる論文が潜んでいる。
それらをまとめて紹介しているのが、『ヘンな論文』(KADOKAWA/角川学芸出版)。タイトル通り、「おっぱいの揺れ」や「不倫男の頭の中」、「古今東西の湯たんぽ」などについて研究した論文を紹介している。「これを書いた人たちは暇だったのか?」と言いたくもなるが…。
「この論文を書いた本人たちは『ヘンな論文』を書こうと思ってない。これ自体が本人たちの本気なんですよ。『自分のメインの、ちゃんとした研究があって趣味的な論文を書いている』っていうのは逆で、本気でやりたいことが詰まっているのがこういう論文なんです」
というのは、ラジオ「東京ポッド許可局」などでピンでも活躍する漫才コンビ「米粒写経」のサンキュータツオ氏。同書の著者だ。表現論を主にした日本語学を長年学び、一橋大学の非常勤講師を務める立派な研究者でもある。
サンキュータツオ氏は、珍論文探しをライフワークとしていて、今回まとめたそう。しかし、なぜ探しはじめたのか? 正直、ヘンな論文を探すのが趣味というのもなかなかヘン…いや、珍しい。
「研究者なら、自分のやっていることってすごく小さくて無駄なことなんじゃないかって不安を常に抱えているはずなんですよ。そういう時に他の領域の人たちはどんなものを研究しているのか、気になって他のものを読んでみたんです。まあ現実逃避ですよね」
そこでまず出会ったのが「歯」の論文だった。それも医学的な「歯」ではない。
「日本語学で『歯』っていう漢字の歴史を調べている人がいたんです。1千年以上昔の文献から、今の漢字の『歯』が正しいっていうルールができるまで、すべての文献から『歯』って文字だけを探して、時代ごとにどんな変遷を辿(たど)っていたのかという研究。それを読んで『マジ、ハンパねえ、もう勝てねえ』と、その熱量に感動したんです。人の脳みその中を見てみたいというのもありますけどね」
ほとばしった情熱を感じてみるか!?
世間で論文といえば当然、堅いイメージであり、紹介されるものはそうしたものばかり。イグノーベル賞を除けばヘンな論文が日の目を見ることはない。だが、ひとつの楽しみとして提案できないかと今回まとめることになった。
「この本では、論文の内容だけでなく、著者にもスポットを当てました。たとえばスポーツなら超人性が理解しやすいんですけど、研究の領域ではそれが理解されにくいんですよ。でもこの人たちはもう、みんな好奇心が人一倍強いし、執着心が普通の人と比較したら尋常じゃない。世間から見たら確実に変人枠ですけど(笑)」
特にその好奇心や熱量が垣間見れるのが、湯たんぽ研究の伊藤紀之先生だ。論文の最後に書かれた「湯たんぽの謎は深まるばかりである」という一文は名言だとサンキュータツオ氏はいう。
「研究者にとっては、解よりも謎を見つけることが大変なんですよ。それでノイローゼになる人もいるほど。でも、そのセリフには世界中の美術史、家政学の知識、全てを動員する価値のあるものを見つけたぞ、という研究人生の最後を締めくくるにふさわしいテーマを見つけた喜びがあのセンテンスからにじみ出てくる。ただ最初に読んだ時は爆笑ですけどね、それを明らかにするのがあなたの仕事だろって(笑)」
ちなみにこの伊藤先生、あまりに湯たんぽにハマり込み過ぎて、大学に湯たんぽを寄贈しようとして拒否されたらしい。
「この本に載せた以外でも、ラブホテルがいつからそう呼ばれ始めたのか歴史を辿った研究や、恋愛における別れ方に関する研究、男女の下着の好みの研究、そして多少は実用性のあるものとして、デートの誘い方とデート内容がどう影響しあっているかという研究など様々なヘンな論文が世の中にはあるんですよ。言葉は難しいかもしれないですけど、一度読んでみて、そのほとばしった情熱を感じてみてほしいですね」
普通の社会人にとって、論文はハードルが高い。正直、どこにあるのかもわからない。そんな人にサンキュータツオ氏がオススメするのが、CiNii(http://ci.nii.ac.jp/)というサイト。一部だが論文が無料掲載されており、キーワード検索で探せるのだ。
ちなみに「セックス」で検索すると出てきたのが「(1)大学生が恋人とセックス(性行為)をする理由とセックス(性行為)満足度と関係満足度及び自己愛との関連(ロングセッション,研究発表C)」(著者:澤村いのり)。なかなか期待できそう…? 暇つぶしのひとつとして「ヘンな論文」探しをしてみてはどうだろうか。
■『ヘンな論文』(著者:サンキュータツオ KADOKAWA/角川学芸出版)
(取材・文/週プレNEWS編集部)