30代になっても実家暮らしを続ける独身男が増えている。低所得が原因のひとつだが、彼らの話を聞いてみると、理由は単純に「ひとりで暮らすための収入がない」というだけではないようだ。
営業職で300万円ほどの年収だという田中繁さん(仮名・38歳)は今まで都内の実家から出たことがないという。
―生まれてからずっと東京の下町で生活をされているとか?
田村 下町からも実家からも出たことないよ。高校を卒業してから25歳になるまでは、近所の居酒屋でバイトしながらお笑い芸人を目指してて。まあ、自信なくて諦めちゃうんだけど。で、地元の友達の紹介で町工場に就職したけど、そっちはリーマン・ショックでリストラ。今は近所の会社で営業やってるってわけ。
ウチの地元って横のつながりとか家族ぐるみの付き合いも多いから、夏はバーベキュー、冬はスノボって感じで楽しくやってるし、あえて外に出ていく必要を感じないんだよね。
―じゃあ、自立願望みたいなものもあまりないんですか?
田村 まあ、実家には自分の部屋があるから「城」も持ってるわけだし、毎月お金も入れてるから自立に近い暮らしをしてるんじゃないのかなぁ。
―後ろめたさもない?
田村 ないない! ぶっちゃけ、ムダな家賃を払うぐらいなら貯金したほうがいいと思う。
―貯金してるんですか?
田村 まあ、特に趣味もないし、出費ってたばこ代と昼飯代ぐらいだからね。狭めの新築マンションのひと部屋ぐらいキャッシュで買えるんじゃねぇの(笑)。それにウチの親って過保護だから「出てけ」なんて言わないしね。となると尚更、家を出る理由がないんだよ。
―ご両親はむしろ実家にずっといてほしいと思ってるとか?
田村 かもねぇ。俺、2歳年上の兄貴がいるんだけど、兄貴もまだ実家暮らしでさぁ。晩ご飯は必ずみんなで食べてるよ。NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』とかを見ながら、母親と俺でツッコミ入れたりね。
彼女いたことないけど、童貞じゃねぇ!
―微笑ましい(笑)。
田村 まあ、兄貴はあんまり会話に入ってこないし、オタクっぽくて何を考えてるかわかんないとこあるから微妙だけどね。たぶん、アイツは結婚には縁がないんじゃねぇかな(笑)。
―いやいや、田村さんだってまだ独身じゃないですか。
田村 俺? まぁね。
―彼女はいるんですか?
田村 いないよ。つーか、これまでもいたことないしね。
―なんでまた?
田村 …そこもやっぱ芸人を諦めたのと一緒で、自分に自信がないってことなんだろうなぁ。だけど、童貞じゃねぇから。そこは勘違いすんな! たまに安いソープとか行ってっから。
―そ、そうですか(笑)。結婚願望はないんですか?
田村 ああ…。家族持ちの連中とか見てて、羨(うらや)ましくないと言ったら嘘になるし…そうだな、願望はあるし子供も欲しいよ。いや、それが実は今アタックしてる女がいるんだよ。
―地元の女性ですか?
田村 いや、隣町に住んでる同い年の女でバツイチ。地元の友達にはバレたくないから内緒で遊んでるんだけどね。
―バレたくないのはなぜ?
田村 俺、20代の後半から禿(は)げ始めて、完全にイジられキャラになってるから女と遊んでるのがバレるとバカにされそうでさぁ、それがイヤなの。隣町も地元みたいなもんだからさ。
―なるほど。でも、きっとご両親も孫の顔が見たいと思ってるんじゃないですかねぇ。
田村 そこんとこ、ちゃんと確かめたことないんだよなぁ。
なぜ院の博士課程に8年も…
もうひとりは、都内の大学院で社会学を学び、博士課程を終えたばかりの倉持智幸さん(仮名)。しかし、32歳で年収が70万円! 現在は研究職に就くための活動をしている最中だという。
―先日まで大学院の博士課程に在籍していたんですよね。
倉持 今年3月まで、東京の大学院の博士課程に8年間ほどいましたね。今は研究員として院に残りながら就職先の大学を探しています。4年くらい前ですかね、月12万円の奨学金を打ち切られて収入がゼロになり、かといって必死にバイトするなんて絶対イヤだし、それだったらってことで実家の長野から長距離バスで大学へ通うようになりました。まあ、いわゆるひとつの苦学生というやつです。
―わざわざ長野から…という話の前に、博士課程って8年も在籍できるんですか!?
倉持 最高9年いられます。だけど、8年もいたのにはいろいろ理由があるんですよ。元々、僕のような大学院生の経済的困窮は何度も社会問題になってきたんです。そこで、僕が博士2年の時に先輩から「院生が働いて収入を得ながら研究できるような会社をつくろう」という話を持ちかけられて…。
―手伝ったんですね。
倉持 僕としてもそういった環境は魅力的でしたから。でも先輩や提携企業とのゴタゴタに巻き込まれて、結局タダ働きに終わってしまいました。博士の2、3年目って院生には大事な時期なんですが、そこでちゃんと研究できなかったから8年も在籍するハメになったんです。僕はね、完全に被害者ですよ。
―被害者って…。でも学部で4年、修士で2年、博士で8年、トータルで14年も大学にいたわけですよね。一体、何を研究していたんですか!?
倉持 僕、社会学を専門に研究しているんですが…えっと、アダム・スミスとかマルクスってわかります?
―なんとなくですが。
倉持 ほう。だったら話が早い。僕の研究というのは、彼らのように現代社会の歪(ゆが)みや問題点を見つめて、市民社会をいかに成熟させていくべきかを考察することなんです。現在の日本には市民社会というものが、そもそもにして成立しにく…。
今の経験はフィールドワークです
―あの、現時点ではいつ頃、先生になれる見通しなんですか?
倉持 …(無視して)僕は元来、資本主義の価値観にはなじまない人間で、給料のためにあくせく働く人生には向かないんです。お金にとらわれず社会貢献ができる生き方、それが研究者の道だということです。
―とはいえ、生きていく上で金は絶対に必要ですよね。現在の実家での生活費は…?
倉持 学費や交通費は、融通が利いて収入もいい治験のバイトを不定期でやったりして賄(まかな)ってますが、生活費は全部両親です。
―言い切りましたね。
倉持 理解のある両親だから、むしろ僕が研究職に就くことを応援してくれてます。ひとりっ子だからカワイイっていうのもあるんでしょうね。父親は65歳ですが、僕のためにタクシー運転手として今でもフルタイムで働いてくれていますから。
―それ、親に申し訳なく思ったりしないもんですか?
倉持 そ、そりゃあ親には悪いと思ってますよ! 僕のせいで自分たちが楽しい人生を送れてないことはわかってますから。
―じゃあ、なんで自立しようとか、家に金を入れようとか考えないんですか!?
倉持 あなたは知らないかもしれないが、学者界隈では32歳の無職は普通です。それに僕の実家暮らしや不定期のアルバイトも、デフレ社会の問題点を体験的に学ぶ、いい機会なんですよ。フィールドワークです。この経験は、僕が理想的な市民社会モデルをつくる上で大きな意義があるに違いないですから。
(構成/藤村はるな 河合桃子)