もうすぐ、すべての国民が12ケタの番号で一元管理される時代がやってくる――。来年1月から“国民背番号制”こと「マイナンバー(社会保障・税番号)」制度が始まるのだ。

自分が番号で管理される、と聞けばなんだか気持ち悪いが、決して悪いことばかりではないよう。社会保障や税の事務手続きが効率化され、負担が軽減。さらには、災害時に安否確認がスムーズに行えるようになるなど国はそのメリットを強調する。

しかし、本当にメリットばかりが強調されていいのか? 実際、すでにこの制度を導入し先輩といえるアメリカや韓国では個人情報の漏洩をめぐり混乱が起きている。さらに…。

●非現実的な「公平・公正な税負担の実現」今年3月に出版された『共通番号の危険な使われ方』の編著者のひとり、市民団体「反住基ネット連絡会」の白石孝氏は、マイナンバーのウリである「『公平・公正な税負担の実現』も怪しい」と指摘する。

「例えば、マイナンバーを導入してもサラリーマンに比べて税金の徴収漏れがはるかに多いといわれる自営業者の正確な所得把握は難しいでしょう」

自営業者は毎年、税務署で確定申告を行なっている。総収入から総経費を引いた所得が低いほど税負担も低くなるわけだが、確定申告では経費(旅費、接待費、消耗品費など)を証明する領収証の添付は不要だ(ただし、保管義務はあり)。そのため経費を水増しして申告する不届き者がいないとは限らない。

つまり、マイナンバーで正確に所得を把握しようとするなら500万人以上いる自営業者にすべての領収書に個人番号を記載させ、提出させるしかない。およそ非現実的な話である。

また、自営業者に加え、一部の富裕層の正確な資産の把握についても白石氏は「無理です」ときっぱり。

「資産を海外に移せばいいだけの話。当然、そこはマイナンバーの管轄外ですから」

国が、富裕層が資産を移すことの多いシンガポールをはじめ海外各国との連携強化に努め、先回りして情報網を張り、“資産隠し”を防止するだろう、という見方もある。でも、本当にそんなことが可能なのか。疑問は残る。

完璧な「適切な社会保障の実現」は難しい

●100%完璧な「適切な社会保障の実現」は難しいマイナンバーのもうひとつのウリである「適切な社会保障の実現」はどうか。

データの一元管理によって、年金や生活保護費の不正受給の防止につながるのは確かだ。国の予算の3分の1を占め、さらに増大する一方の社会保障費の抑制を見込める。ただ、別の問題点も出てくる。『Q&A共通番号ここが問題』の著者であり、民間団体「自治体情報政策研究所」の黒田充代表がこう指摘する。

「例えば、生活保護の申請。マイナンバーですべての国民の預貯金が把握されることによって、申請者に受給資格があるにもかかわらず『裕福なこの親戚に頼りなさい』といって却下するケースが出てくるでしょう」

確かに現在、生活保護費の抑制を狙い、“水際作戦”といって窓口に来た人に申請用紙も渡さずに帰す自治体も多いだけに否定はできない。

●医療分野に運用拡大することの危険性検討されている個人カードと健康保険証の一体化についても医療界から懸念の声が上がっている。

前出の白石氏とともに『共通番号の危険な使われ方』の編著者のひとりである神奈川県保険医協会の事務局主幹、知念哲氏はこう話す。

「一体化されると、マイナンバーは患者のレセプト(診療報酬明細書)やカルテ情報を収めた医事コンピューターと連携することになり、予防接種や健康診断を受けた時期、どんな病気をどこで治療したかまですべてわかります」

それはメリットこそあれ、デメリットはないように思えるが、何が問題なのか。

「例えば、メタボ健診をたった一回受け忘れた人がなんらかの生活習慣病になってしまった時に『自己責任です』と治療に必要な公的補助が受けられなくなるといった事態が想定されます」(知念氏)

そもそも医療情報は“最高機密”ともいうべき個人情報。そこには秘密にしておきたい病歴や治療歴もある。

そうした背景を踏まえ、日本医師会などは「保険証をカードと同一化するにせよ、マイナンバーの個人番号とは別の番号を与えるなど別のシステムにすべき」と反対している。

システム構築と維持にはお金がかかる

●巨額のシステム費用当然ながら、マイナンバーのシステム構築と維持にはお金がかかる。

国は今年度、初期の導入費用として1千億円以上の巨費を投じる。その後の年間維持費は数百億円規模の見込み。さらに、国とオンラインで常時接続するシステム構築をしなければならない各自治体もそれなりの予算を組んでいる。

例えば、記者の住む横浜市(人口約371万人)では、15年度予算で個人番号の通知などに約21億円、広報に約2億円、システム改修に約15億円と、計約38億円が計上されている。

とはいえ、自治体には国の補助がつくからいい。本当に問題なのは民間企業などの法人だ。マイナンバーは企業に対しても非正規を含めたすべての従業員の個人番号の一元管理を求めている。

某中堅出版社の社長はこう話す。

「国とのオンライン接続は不要ですが、全従業員の個人番号をすべての帳票(請求書、見積書、給与明細、勤務表など数百種類)と関連づけ、それを一括管理・保守するシステムを新たに構築しなければならない。でも、その構築にかかる費用に国からの補助はゼロ。果たして、いくらかかるのか。国の都合で始めるのになんの補助もないのは腑に落ちません」

そうした状況を踏まえ、前出の白石氏はこう指摘する。

「一番の問題は、それだけの税金や自己資金を投入するというのに現状ではそれに見合う費用対効果があるのか不透明だということです」

果たして、マイナンバーはその狙い通り、国民にとって有益なものになるのか、それとも思わぬ混乱を引き起こすのかーー。

(取材・文・撮影/樫田秀樹)