「オリンピックが東京劣化に拍車をかける。五輪の“狂乱”の後、大量の都民が東京から脱出する最悪の事態が訪れるかもしれない」と警鐘を鳴らす松谷氏

東京劣化――。その意味するところは、東京の“スラム化”だ。かつてない急速な高齢化と労働力人口の減少で東京の財政は悪化しインフラが維持できなくなる。

道路は穴ぼこだらけで空きビル・空き家が激増。年金給付の大幅カットにより数多くの高齢者が住む家を追われ、難民と化す…。

にわかに信じ難い話ではあるが、松谷明彦氏は『東京劣化 地方以上に劇的な首都の人口問題』で「今のままでは確実に東京劣化は始まる」と警鐘を鳴らしている。

―人口減少や高齢化は、地方でこそ深刻な問題。それが一般的な認識だと思いますが、松谷さんの主張は正反対です。

松谷 東京では今後、人口がさほど減らないのに高齢者だけは急増するからです。国立社会保障・人口問題研究所が発表している将来人口推計によると現在、最も高齢化が進んでいる秋田県では2010年から40年までの30年間で65歳以上の高齢者は約32万人から約30万人へと約5%減少します。一方、東京都では約267万人から約411万人と、なんと54%も増加するのです。

―地方では高齢者が減るのに東京で激増するのはなぜでしょうか?

松谷 現在の東京では、働き盛りの中年や若者が多く、高齢者が少ない。しかし中年や若者というのは“高齢者予備軍”ですから、いずれは高齢者になる。推計では東京でも25年を境に年寄りが激増し、働き手が激減する時代を迎えます。

一方、やや語弊のある言い方かもしれませんが、高齢者とは“死亡者予備軍”。今から30年もたてば大部分の方が死亡しますので、地方では今後、高齢者数は逆に減少するのです。

―そうはいっても、今後も東京に若い世代が流入するでしょうから高齢化は防げるのでは。

松谷 高齢化しないとは、生産年齢人口と高齢者人口の比率が現状と変わらないということです。そのためには40年の東京には約1383万人の生産年齢人口がいなければなりません。それは全国の生産年齢人口の約24%にもなります。一極集中が叫ばれる現在でも、東京への生産年齢人口の集中度は11%ですから、それが24%まで高まるなんてことはあり得ないでしょう。

ちなみに東京、名古屋、大阪の三大都市圏で40年も現在の人口構成を維持しようとするなら6185万人の生産年齢人口が必要になります。40年における全国の生産年齢人口の5786万人を上回ってしまうのです。

家賃を払えない高齢者が街にあふれ出す

―それでも働いて稼ぐ人の人数は地方よりも都市部のほうが圧倒的に多いですよね。だとしたら、やはり財政の面などで地方のほうが厳しくなるのではないですか?

松谷 問題なのは、人口構成が急激に変わることなのです。高齢者の割合が高くなると社会保障費などの支出が増えます。老人ホームなども新しくつくらなければなりません。私は、40年の東京では今よりも老人ホームのベッド数が100万床必要になると計算していますが、これをつくるには10兆~20兆円が必要になります。その点、高齢者数が減少する地方では高齢者福祉のコストがこれ以上増えることはなく、財政的には恵まれた環境になります。

国の経済規模を示すGDP(国内総生産)に対し、GRP(域内総生産)という指標があります。私の試算では、東京のひとり当たりGRPの成長率は40年頃に秋田・山形圏を下回るようになるでしょう。

―そうすると、どんなことが起きるのでしょうか。

松谷 今の東京は高層ビルや高層マンションが過密状態にありますが、それでも建設ラッシュは止まっていません。経済が拡大している時ならいいのですが、今までのような技術開発が続くことを前提にしても、10年に比べて65年の東京の経済規模は76%ほどまで縮小すると考えられます。現在、都内にある4分の1のビルが不要になり、借り手のつかない空きビルが増えるでしょう。家賃収入が入らないからメンテナンスもされずに老朽化が進み、取り壊しもできないまま廃墟(はいきょ)となって放置されることになってしまう。

また、都の財政が悪化すると、公共インフラの維持・更新が困難になります。東京の場合、戦後に建設された首都高速道路や上水道管、ガス管といったインフラが近い将来に耐用年数を迎えますが、その時期が急速な高齢化が始まる時期と重なる点が、より問題を深刻化させるでしょう。

さらに、東京の高齢者の4割は借家住まい。年金収支は急速に悪化しており、近い将来、給付水準が大幅に引き下げられる恐れがあります。そうなると家賃を払えなくなった高齢者が街にあふれ出すことになります。

―行政は今、何か手を打っているのでしょうか?

松谷 残念ながら、そうした危機が認識されないまま、今後5年間は東京オリンピック関連のインフラにかなりの財源が食われることになります。国立競技場の建設など公共・民間ともに猛烈な勢いで新たなインフラを増大させているのが実情です。ただでさえスラム化の危険がある東京をさらに悪い状況に追い込んでいる。巨大なスタジアムを建設するだけのお金があるなら、東京のスラム化を防止するための公共投資があってもいいはずなのですが…。今さらながら、オリンピックの招致は“愚かな選択”だったと言わざるを得ません。

“東京劣化”への対処法は?

―このままいくと、五輪後の東京はどうなるのでしょう?

松谷 1970年代のニューヨークでは、インフラの劣化を見た市民が治安や生活環境の悪化と大幅な増税を恐れ、約100万人もの人口流出がありました。脱出したのは富裕層や身軽な若い世代です。東京でも同じことが起きる恐れがあります。

―“東京劣化”への対処として、今できることとは?

松谷 例えばインフラについては遅きに失した感もありますが、新規建設を規制したりするなど国や自治体がしっかりコントロールしていけば、なんとかスラム化を防ぐことはできるはず。また、高齢化の最大の原因は人の長寿命化にある点を考えれば個人にも果たすべきことがあると思います。寿命が延びると働けない期間が延びるので必然的に貧しくなりますが、その貧しくなった部分をすべて公共で面倒を見てもらおうというのは不可能な話。収入が減っても、気持ちの上で豊かに暮らせるような生活様式への転換が個人にも求められるでしょうね。

(構成/興山英雄 撮影/澤村大輔)

●松谷明彦(まつたに・あきひこ)1945年生まれ、鳥取県出身。東京大学経済学部経済学科・同経営学科卒業。大蔵省主計局調査課長、主計局主計官、大臣官房審議官などを経て、97年より政策研究大学院大学教授、2011年より名誉教授となる。専門はマクロ経済学、社会基盤学、財政学で、人口減少研究における日本の第一人者でもある。著書に『「人口減少経済」の新しい公式』『人口流動の地方再生学』(ともに日本経済新聞出版社)、『人口減少時代の大都市経済』(東洋経済新報社)などがある

■『東京劣化 地方以上に劇的な首都の人口問題』 (PHP新書 780円+税)高齢化の最も深刻なダメージとは、“地方消滅”ではなく“東京のスラム化”である―。人口問題研究の第一人者である著者が衝撃的な未来を予測。少子化の主因は出生率の低下ではなく25歳から39歳の女性人口の急減にあり、国の少子化対策は「ほとんど効果がない」と言い切る。本書に描かれている東京の未来は想像以上に暗い。だが、目をそらしてはいけない現実でもある